 PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4
東大寺大仏殿と中門と鏡池と鹿。欲張って全部入れてみた。とても奈良らしい風景だ。奈良へ行ってきましたという証拠写真としてこれ以上はないといってもいい。 現在、奈良公園には約1,300頭の鹿がいるといわれている。鹿密度としてはどうなんだろう。至るところに点在しているとはいえ、イメージの中ではもっと密集して群れになっているような思い込みがあったから、今回行ってみて意外と少ないようにも感じた。1,300頭といわれてみれば、なるほどそれくらいかなと納得する。 あまり意識されてないと思うけど、奈良公園の鹿は国の天然記念物に指定されている。もちろん、ペットとして飼ってはいけないし、傷つけたりすると処罰の対象となる。 あいつらは一体誰の所有物で誰が世話をしているんだと疑問に思ったことがある人も多いんじゃないだろうか。基本的にやつらは野生なので誰のものでもなく、誰も世話をしていない。勝手にあそこで暮らして、勝手に繁殖している。強いていえば国のものであり、奈良の鹿愛護会というところが世話をしているということになるだろうか。鹿せんべいの売り上げが保護活動資金の主な財源となっている。 ただ、鹿せんべいが彼らの主食ではなく、あれはおやつに過ぎない。主食は草や木の実や皮などだ。観光客が少ないシーズンオフの平日はさぞやおなかを空かせているだろうなどと心配することはない。鹿は鹿せんべいなしでも生きていける。もしあれがなければ生きていけないのなら、店先で売ってる鹿せんべいはあっという間に襲撃されてなくなっている。おみやげ物屋のおばちゃんと鹿たちの激しい攻防戦が日々繰り広げられているという話も聞かない。なんでも店先に置いてある鹿せんべいには決して手をつけないんだそうだ。意外と賢いというか律儀な鹿さんなのだった。
今日は奈良公園で撮ってきた鹿写真コレクションをお送りします。紅葉とのセットではほとんど撮れなかったのが残念だったのだけど、鹿はなかなかのフォトジェニックでよかった。中でも人と絡んでいる鹿が奈良公園らしくて、そういう写真が多くなった。最後には私まで登場してしまっている。
 春日大社の一の鳥居から中に入って浮見堂へ向かう途中あたりに鹿がたくさんいた。やつらは犬のように鼻が利かない。この時点ではまだ私が持っている特製鹿せんべいに気づかず、平和な雰囲気の中で地面で食べ物を探っていた。このあと私が一頭の鹿に自家製鹿せんべいをあげたことで事態は一変することになる。 このあとどういうことになったのかは最後の写真で。
 時系列は前後するけど、興福寺の境内が鹿とのファーストコンタクトとなった。鹿に鹿せんべいをあげるヒルトン姉妹(たぶん違う)。 鹿はかなり広範囲に散らばっていて、ときには県庁や近鉄奈良駅あたりまでやって来ることがあるそうだ。奈良公園近くに住んでいる人は自分ちの庭に鹿がいても驚かないのだろう。夜はJR奈良駅でも目撃例があるという。 そもそもどうして奈良に鹿がいるのかといえば、それは春日大社と大いに関係がある。 かつて春日大社がこの地に創建されるとき、鹿島神宮の祭神が神の鹿に乗ってやって来たという伝説が始まりだった。そのため、もともといた鹿が大事にされ、それ以来どんどん増えていって現在に至っている。ただし、戦後は食糧難で鹿の数は100頭を切るところまでいっている。 早起きは三文の得のことわざは奈良の鹿が由来になっているという説がある。昔は鹿に危害を加えたり殺したりすると厳罰に処せられて、不慮の事故でも責任を取らされて罰金刑になったそうだ。それで、もし朝、家の前に鹿の死骸があったりすると三文の罰金が取られたのだとか。早起きして家の前を見て、鹿が死んでないか確認して、もし死んでいたら罰金を逃れるためによそへ持っていくということが行われていて、そこから早起きすると三文の得になるということわざが生まれたのだとか。 たぶん、あとから作られた話だろうとは思うけど、話のネタとしては面白い。
 サツマイモをあげて鹿たちに襲われる中国人の女の子たち。喜びつつもちょっとひるんでいた。 世界遺産の強さと中国の発展を強く感じる。世界遺産関係の場所はどこへ行っても外国人が多く、中でも中国人は最近すごく増えた。それだけ国に裕福な家族が多くなったということだろう。外国の日本ガイドブックにもかなり偏りがあるようで、世界遺産のところに外国人が集中して、それと同じくらい日本で有名なところでもバタッと外国人の姿がなくなるところがある。そのギャップが激しい。 これは日本人の海外旅行にも同じことが言えるのだろうけど、ガイドブックを見るなら国内向けのものを見た方がいいところを見逃さずに済む。
 立派な角を持ったオス鹿が春日大社の参道にいて、人々がちょっと恐れをなしつつ周りを取り囲んで撮影会になっていた。やはり鹿の角というのは迫力があって、みんなこれを見るとうかつに近づけないでいる。刺されたら痛そうだ。 9月から11月は鹿の発情期だから、オスの角は切り落とされているものが多いのだけど、中には角をつけたままのやつもいる。性格で判断されているのだろうか。 その角はおみやげ屋で売っていて、これが高くてびっくりする。ちらっと見たら1万5,000円くらいしていた。頭にくっつけて街を歩けばみんなよけて通るだろう。
 茶色っぽい粉をなめている鹿がいて、鹿のエサでももらっているのかと思ったら、どうやら玄米を精米したときに出た米ぬかのようだ。米ぬかは鹿せんべいの主成分だから、鹿の好物なのだろう。一所懸命ぺろぺろなめていた。 私の鹿せんべいもそうだったけど、特にせんべい状にこだわる必要はないようだ。わざわざ焼いてせんべいにしなくても、米ぬかとサツマイモをそのまま持っていけばよかったのだ。食感に対するこだわりはないと見た。
 若草山から二月堂などがあるあたりに向かう道路脇には、おみやげ物屋さんや旅館が立ち並んでいる。どこも昭和の香りが色濃い。 鹿もたくさんうろうろしている。観光客が多くて、おみやげ物を買うついでに鹿せんべいも買ってしまうというパターンを狙っているのだろう。店の前で人の後ろに並んでいる鹿もいた。 写真はレンズフードが壊れたあとに撮った写真なので、盛大にフレアが出ている。CGっぽくて私は嫌いじゃないのだけど、これを見るとフードの必要性がよく分かる。あれは単なる飾りではないのだ。光が入り込みすぎることで写真のコントラストも下がってぼんやりした画像になってしまう。 逆光でフードがない場合は、レンズの上に手をかざせばある程度フレアやゴーストは抑えられる。
 鹿の群れを撮っていたら、何の断りもなく突然女の子が走ってフレームインしてきた。うわっ、なにするんだー、と思ったけど、面白いから採用してしまう。これがおっさんなら怒るところだけど、小さな女の子ならかまわない。
 撮りたかったのはこういうところだったけど、これでは要素が全部不足している。絨毯となるイチョウの落ち葉も足りないし、鹿の配置もよくないし、光線も少ない。残念、惜しい。
 夕暮れが近づくと鹿たちのテンションが一気に下がる。メシも食べておなかいっぱいになって、やれやれ今日も観光客の相手は疲れたなとばかりに、とぼとぼとどこかへ歩き去っていく。ねぐらに戻るのだろうか。 そんな後ろ姿を見て思う。鹿の尻って白いんだ、と。
 ツレが撮った写真。鹿を引き連れて歩く私の図。 ものすごい慕われようで、取り囲まれたり、鹿せんべいを入れている袋を噛みちぎられそうになったり、尻に頭突きを食らわされたり、鼻汁を服につけられたり、走って逃げてもどこまでもついてきたりして大変だった。 ここで得た教訓としては、たくさん鹿がいるところで無闇に鹿せんべいを与えてはいけないということだ。調子に乗るとエライ目に遭う。鹿せんべいを与えるときは、2、3頭のところにしておいた方が無難だ。それでもいつの間にか他のやつが駆け寄ってきたりするから油断ならない。
今回の奈良行きの第一の目的であった鹿との触れ合いは、充分達成されたといっていい。鹿せんべいは好評の内に完食となったし、鹿にも触ったり触られたり、写真もたくさん撮った。楽しくもあり、面白くもあった。けど、鹿があれほど凶暴だとは思わなかった。特にオスが荒っぽい。頭突きをしてきたのは全部オスだった。発情期だったということもあるかもしれない。これが子育ての季節ならメスの方が凶暴になるのだろうか。 鹿と遊んでもらって、もうおなかは八分目くらいまでふくれた。残りの2割が紅葉と神社仏閣巡りとなった。そのあたりについては明日以降また書いていきたいと思っている。奈良編はまだ始まったばかりだ。 つづく。
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