現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
小幡緑地東園で見つけた初冬風景と鳥少々
2007年12月15日 (土) | 編集 |
小幡緑地東-1

PENTAX K100D+TAMRON 70-300mm f4-5.6 Di



 日没が一番早かったときから1分遅くなったとはいえ、まだまだ日没は早く、夕方写真を撮れる時間は限られる。今日も短い時間の中でどこへ行こうか考えて、久しぶりに小幡緑地東園へ行くことにした。
 小幡緑地といえばつい最近登場したところなのだけど、そことはまた別のところで、東園は尾張旭市にある。本園と西園と3つあって、かつては全部をつなげるという壮大な計画があったようなのだけど、どうやらいつの間にか立ち消えになってしまったらしい。飛び地のまま3つの緑地がそれぞれ独立した格好になっている。
 東園は狭くてそれほど見所のあるところではない。芝生広場と小さな池があるくらいのものだ。あとは野球場や児童公園などが隣接している。
 今日の目的は一応、鳥だった。こことは相性がよくて、行くと何らかの収穫がある。カワセミも見たし、カラ類の混成チームに遭遇したこともあった。カモ類は少ないから期待できない。
 30分ほどかけて鳥を探しながらぐるっと一周して写真を撮ってきた。二本立ての二本目は、小幡緑地東園編となる。

小幡緑地東-2

 この一角はなんだか外国っぽい。北欧かカナダかそんな感じだ。
 背景の山のオレンジも、初冬の風情だ。

小幡緑地東-3

 午後は曇っていたけど、夕方近くになって日差しが戻ってきた。やっぱり光というのはありがたいものだ。こんなシーンは光がなければなんの面白みもないところだけど、光があるだけで被写体になる。
 広角側70mmは、PENTAXの場合1.5倍換算だから、105mmになってポートレートとしても使える。Canonの望遠レンズだと広角75mmで1.6倍換算だから140mmになって使いづらい。

小幡緑地東-4

 このレンズはデジタルコーティングのわりには逆光に弱い。フードもつけているのに、派手にフレアが発生しているし、コントラストも落ちている。
 昔はシグマが逆光に弱かったけど、最近は傾向が変わってきただろうか。

小幡緑地東-5

 深い青色が出た。自然界には様々な色があって、人が作った色の名前や絵の具では追いつけない。
 今の時期は池全体を枯れ葉が覆っていて、カモたちには泳ぎづらい環境になっている。もう少し季節が進むと枯れ葉が底に沈んで、水面が表れてくるから、そうするとまたカモもやって来る。

小幡緑地東-6

 逆光の紅葉は見た目がすごく印象的なのだけど、写真にすると弱くなる。画像データを落とすために圧縮保存をすると、ますます鮮やかさが失われる。ただでさえ写真の枚数が多くなっているのに、これ以上データ量は増やせない。サイズもできればもう一回りくらい大きくしたいのだけど。

小幡緑地東-7

 落ち葉の道。向こうからおじさんが一人。
 カップルならもっと絵になったけど、そうなると正面からは撮りづらくなる。

小幡緑地東-8

 母子の散歩風景。ちびは寒さをあまり感じないものだろうか。
 暑い寒いと言い出すのは中学生くらいからかもしれない。私だって小学生のときは冬でも半ズボンを履いていた。もう無理だ。今半ズボンを履くのは季節にかかわらずきついものがあるけど。

小幡緑地東-9

 そういえば今日も目的は鳥だった。アオサギを見て思い出す。
 アオサギさんも寒いのか、首をすっこめていた。今日は寒い日だったし、水辺は風が冷たい。鳥だって寒かろう。

小幡緑地東-10

 サギも警戒心が強くてちょっと近づくとすぐに飛んで逃げる。考えてみるとサギを至近距離で見ることはめったにない。せいぜい5メートルくらいだろうか。
 このときもふいに飛び立って慌てて流し撮りをしたけど追い切れなかった。ピンぼけが少し、手ぶれもおこしてるかもしれない。
 こういうとき連写機能が弱いK100Dでは厳しい。K10Dはまだ値崩れしてこないから買えるのは先になりそうだ。

小幡緑地東-11

 お馴染みのシジュウカラだ。今日はカラ類混成チームは見かけなかった。メジロやエナガなどもいるかと期待していったのだけど。最近、ヤマガラさんも見ていない。

小幡緑地東-12

 芝生にハクセキレイ。これも常連さんだ。
 今年はまだ地面のツグミも撮ってない。
 結局、今日の収穫はこんなところだった。初冬の風景としてはまずまず、鳥は物足りなかった。初顔に出会いたいと思いつつ、この冬はまだ出会えてない。
 紅葉も終わったし、そろそろ鳥撮りに本腰を入れよう。さて、次はどこへ行こうか。


歴史の跡地に立つ神社と夢のあとの野原 〜金沢街道を行く
2007年12月15日 (土) | 編集 |
鎌倉宮-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4 / TAMRON 70-300mm Di



 鶴岡八幡宮を出たあと、住宅街をテクテク歩いて最初にたどり着いたのが鎌倉宮(かまくらぐう)だった。こちらは金沢街道から外れた北側のルートにある神社で、お宮通りと呼ばれている道の先にある。金沢街道は「岐れ路」を下(南)へ進んだ方の道だ。
 一つ失敗したのは、鎌倉宮の手前左側にあった荏柄天神社(えがらてんじんしゃ)に寄らなかったことだ。大した神社じゃないだろうと飛ばしたのだけど、帰ってきてから調べたら、九州の大宰府天満宮、京都の北野天満宮とともに日本三大天神とされているところというではないか。しまったにもほどがある。そんな大事なところをスルーしてしまったとは痛恨のミスだった。また行く機会があるといいんだけど。
 なにはともあれ、金沢街道方面巡りはここ鎌倉宮がスタート地点となった。
 入り口では紅白の鳥居が出迎えてくれる。ちょっと珍しいカラーリングだ。源氏の赤と平家の白というそれぞれのシンボルカラーを組み合わせることで仲良くいこうというメッセージだろうか。単におめでたい色だからか。
 入り口付近から人も多く、車の出入りなどもあって雑然とした雰囲気にちょっとたじろぐ。一般的な観光コースからははずれたところだから、もっと深閑としたところをイメージしていた。朝市の旗も立っている。
 ここを訪れたのは、この神社の由来や歴史に興味を持ったからというのではなく、紅葉が目当てだった。予習はまったくしてなかったので、行ったときはここがどういう神社なのかはまったく知らない状態だった。だから荏柄天神社も逃してしまうのだ。

鎌倉宮-2

 入り口は狭かったものの、境内はわりと広く、奥行きもある。左側では朝市なのか骨董市なのか、価値があるのかないのかまったく分からないようなブツがたくさん並んでいた。お宝が埋もれていたとしても、私には判断できない。
 右手は駐車スペースになっている。狭い鎌倉だからしょうがないのだけど、神社仏閣の境内に車がたくさん入っていると景観を損ねる。人が入った写真は好きだけど、神社に車の入った写真は好きじゃない。

鎌倉宮-3

 二の鳥居も白と赤だ。昔からこの色だったのか、最近塗り直したのか、どちらだろう。
 建物の規模としては決して大きくない。どちらかといえばこぢんまりしてるといった方がいい。

鎌倉宮-4

 拝殿の前には大きな獅子の顔がでんと置かれている。なんだこりゃと思う。こんなのは初めて見た。
 帰ってきてから調べたところ、ここの祭神である護良親王(もりながしんのう)が戦のとき兜の中に獅子頭の小さなお守りを入れていたところから来ているんだとか。獅子頭守というらしい。由来も分からず頭をなでておいたけど、それは失礼だったのかもしれない。たむけんはぜひここにお参りに来るべきだ。

 1308年、後醍醐天皇の皇子として生まれた護良親王は、6歳のときに京都の三千院に預けられ、11歳で延暦寺に入って、大塔宮(おおとうのみや)と称されるようになる。現在鎌倉宮が別名大塔宮と呼ばれているのはここから来ている。一般的には「おおとうのみや」、地元の人は「だいとうのみや」というそうだ。バス停も大塔宮となっている。
 20歳で早くも天台座主(てんだいざす)となるも、23歳のとき父親の後醍醐天皇が北条氏の鎌倉幕府倒幕に立ち上がり、還俗して参戦することになる。子供の頃からずっと僧侶として育った天皇の息子が、20歳をすぎてからいきなり戦に参加して戦うというのだから驚く。我々が現在抱いている皇室のイメージとはずいぶんかけ離れている。
 その後2年間にわたり、赤松則祐や村上義光たちと十津川、吉野、高野山などを転々として戦った。足利尊氏は京都の六波羅探題を滅ぼし、一方では新田義貞が鎌倉に攻め込み、鎌倉幕府はついに滅亡することとなる。
 倒幕計画が発覚してすぐに捕まって隠岐(おき)に配流されていた後醍醐天皇は京都に戻り、護良親王は兵部卿・征夷大将軍に、足利尊氏は鎮守府将軍に任命される。
 しかし、この人事に納得がいなかったのは足利尊氏で、自分こそが征夷大将軍だと言い張ってややこしいことになる。こののち二人は対立し、先制攻撃を仕掛けた護良親王が逆に尊氏の策略によって捕まってしまい、鎌倉の東光寺(とうこうじ)に幽閉の身となってしまう。その際、寺の裏の土牢(つちろう)に9ヶ月間入れられていたという伝説があり、今でもその跡地が残っている。神社は拝観料はいらないけど、そこに入るには300円が必要になる。私はいったときは知らなかったけど、知っていてもたぶん入ることはなかっただろう。
 護良親王幽閉後も争いは続き、1335年7月、残党を集めて鎌倉に攻め入った北条時行の軍に、尊氏の弟である足利直義が破れることとなる。このとき、時行に親王を奪還されることを恐れた直義は、家臣の淵辺義博に護良親王暗殺を命じる。暗くて狭い中に9ヶ月も閉じこめられていた護良はまともに戦うこともできず、28歳で波乱の人生を終えることとなる。
 時は流れて明治2年。護良親王の霊を慰めるため、明治天皇が自ら東光寺跡に神社を造ることを思い立ち、名前を鎌倉宮と名づけた。鎌倉の中ではずいぶん新しい神社だったのだ。明治6年には明治天皇もこの地を訪れている。

鎌倉宮-5

 社務所前にある「もみじの天井」は、なかなかのものだった。ここは色づきが遅いところで、このときもまだ完全には染まりきってない部分もあった。
 これだけを見に行くほどのものではないけど、この時期に金沢街道へ行くなら寄っていって損はない。

鎌倉宮-6

 出口付近にあるもみじの木で、鳥の鳴き声がして、人が上を見上げて何かを撮っていた。紅葉でも撮っているのかなと思ったら、ビクセンのケースを持っていた。あ、鳥の人だ。
 あわてて上を見上げると何かがチョロチョロ動いている。あ、メジロ。紅葉にメジロとはチャンス到来。この組み合わせは撮ったことがない。慌てて望遠レンズに交換したものの、なかなかいいポジションに止まってくれない。枝や葉が重なり合ってオートフォーカスも迷いっぱなしだ。
 なんとか粘ったものの、これで精一杯だった。葉っぱの影に下半身しか写ってない。でも紅葉写真としてはきれいだから、これはこれでよしとしよう。

鎌倉宮-7

 葉っぱの少ないところに移動したところでどうにか撮れたのがこの一枚だ。これでもいい鳥写真とはいえない。少なくとも目はしっかり捉えないと。メジロといえどもちょこまかするから、なかなか手強い。
 TAMRONの70-300mm Diはけっこう優秀だ。期待以上に写りがよくて驚いた。デジタルコーティングが効いているのか。これくらい写れば必要充分だろう。ミニバズーカのTakumar 300mmを持ち出せないような旅行のときはこいつを持っていこう。コンパクトで軽いから助かる。

鎌倉宮-8

 鎌倉宮を出てすぐのところが一番よく染まっていた。
 このあと我々は、瑞泉寺へ向かうことになる。お宮通りの突き当たりにそれはある。

鎌倉宮-9

 向かう途中、テニスコートの横に永福寺跡(ようふくじあと)の石碑が建っていた。永福寺といえば、かつて大きな寺だったというのをどこかでちらっと見た記憶がある。念のため撮っておいた方がいいかなと思って撮っておいて正解だった。ここは頼朝の鎌倉幕府にとって重要な場所の一つだったのだ。それも帰ってきてから知ったことだった。
 源頼朝が建てた寺院といえば、なんといっても鶴岡八幡宮が有名だ。けど、それ以外に頼朝ゆかりの寺社は思いつかない。頼朝はあれしか建てなかったかといえばそうではなく、今はもうなくなってしまった二つの大きな寺院を建立している。一つが勝長寿院で、もう一つがここにあった永福寺だった。
 奥州平泉を制圧したとき目にした中尊寺の豪華絢爛さに衝撃を受けた頼朝は、鎌倉の地にあれを超える寺院を建てたいと考える。奥州攻めで命を落とした源義経や藤原泰衡ら武将の鎮魂をするという名目で、中尊寺大長寿院二階大堂や毛越寺などを模した壮大な寺院を建築したのだった。
 二階堂、阿弥陀堂、薬師堂の三堂を中心とした壮大な伽藍が建ち並び、その前には南北200メートルの池と、京都から庭師を呼んで造らせた広大な庭園を持っていたという。研究者によって再現されたCGを見たけど、これはもう素晴らしく立派なものだ。もし今も残っていたら、鎌倉観光の中心となっていたに違いない。
 鎌倉期に何度か燃えてその都度再建され、室町期には足利氏に保護されたものの、1405年に火事で焼け落ちたあとはついに再建されることがなかった。江戸時代のはじめには廃寺となってしまったそうだ。
 昭和に入って発掘調査が行われたそうだけど、現在は草ぼうぼうの空き地となり果てている。枯れすすき、兵どもが夢のあとといった風情だ。かつての面影は一切残っていない。完全復元は資金的に不可能だろう。

鎌倉宮-10

 落ち葉に埋め尽くされた水路。このあたりは日が当たらず空気がひんやりしている。ここから先は少し山の方に入っていく。といっても、まだ観光コースから外れているわけではないから、人通りはそれなりにあって絶えることはない。思っていた以上にこちらも人気のコースのようだ。鎌倉観光中級者向けといったところだろうか。
 この先は瑞泉寺だ。そのときの話はまたあらためてということで。
 つづく。




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