現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
2007年最後は志摩マリンランドのペンギン写真を並べて帰郷
2007年12月31日 (月) | 編集 |
マリンランドのペンギン-1

FUJIFILM FinePix S2 pro+VR Nikkor 24-120mm f3.5-5.6



 今年最後は、志摩マリンランドのペンギン写真で締めくくり。
 大晦日の昼を回ってのんびりしてる場合じゃないので駆け足で写真だけ並べておきます。もう田舎に向けて出発しないと。どうやら雪の心配はなさそうだ。

マリンランドのペンギン-2

 入り口から入ってすぐの光景。
 人影のあまりのまばらさに一瞬戸惑う。
 雰囲気としては、南知多ビーチランドに似ている。

マリンランドのペンギン-3

 ペンギンの数はけっこういた。4種類くらいいると案内板には書いてあったのだけど、フンボルトペンギンくらいしかいないような気がしたのは気のせいだったか。

マリンランドのペンギン-4

 ペンギンもいろいろ性格があるようで、仲間と固まってるのが好きなやつや、こうしてひとりたたずむやつもいる。
 水のキラキラがきれいだった。夏場なら涼しげに感じただろう。ペンギンにとってはこの寒さがちょうど心地いいのかな。

マリンランドのペンギン-5

 泳ぐペンギン。水の中を飛ぶようだ。
 地上ではトコトコ、ヨロヨロと足取りもおぼつかないペンギンも、水の中に入れば人が変わる。普段おとなしいのに車を運転すると突然乱暴なスピード狂になってしまう人のようだ。
 一眼でも追い切れないほど速い。

マリンランドのペンギン-6

 ちょうどエサやりタイムが始まって、飼育員のお姉さんに群がり集まるペンギンたち。
 ここでも要領の悪いやつはいて、なかなかありつけないでいた。食いしん坊は人のやつまで奪い取って食べてしまう。

マリンランドのペンギン-7

 水中で食べるのが好きなやつは、プールの中に魚を投げてもらって、それをキャッチして食べていた。
 けっこう大きな魚を丸呑みだ。こういう姿を見ると、やっぱり鳥っぽい。

マリンランドのペンギン-8

 後ろ姿の後頭部がなんとなく猫を思わせてキュートだった。

マリンランドのペンギン-9

 閉館間際のペンギンプールは、見る人もなく、けだるい雰囲気に包まれていた。
 ペンギンはそれぞれの家に入ってくつろいでいた。そこに家の絵が描かれていることをペンギンたちはたぶん、知らない。

 今年も一年遊びにきていただきどうもありがとうございました。
 来年も変わらず書き続けると思うので、よろしくお願いします。
 ちょっと松阪までいってきます。
 けど、明日も元日早々更新はするのです。


何もない賢島の断片風景から思う何もないことの贅沢
2007年12月31日 (月) | 編集 |
賢島断片-1

FUJIFILM FinePix S2 pro+VR Nikkor 24-120mm f3.5-5.6 / DMC-TZ1



 宇治山田駅から賢島行きの普通列車に最後まで乗っていたのは、私と写真の女性の二人だった。平日の昼過ぎはいつもこんなものなんだろうか。ここまで貸し切りに近い状態になるのはバスでもめったにないことなのに、電車となると更に珍しい。ありがたいような申し訳ないようなだ。近鉄、大丈夫だろうかと心配になる。切り捨て御免の名鉄ならとっくに廃線になっていたかもしれない。ただ、賢島はこの電車が頼りというところがあるから、なくなってしまったら困るだろう。
 近鉄の急行は、縦シートと横シートのものがあるようで、この地下鉄タイプよりも旅行スタイルの方が私は好きだ。あれの方が旅気分になれるし、駅弁とかも食べられる。この中でお弁当を広げると突然不自然な感じになってしまうのはどうしてだろう。おにぎりでぎりぎりセーフかアウトか。縦と横では大違いだ。

賢島断片-2

 賢島駅のホームにて。S2proを取り出すには照れくさくて、コンパクトデジのTZ1での撮影になった。広角35mm換算では全部入りきらなかった。電車の人となるには、超広角と望遠の二つのレンズが必携となる。
 賢島へ向かう途中、何度か黄色い色をした特急に追い越された。写真の真ん中に写ってるやつだ。近鉄は特急がすべてにおいて優先されるようになっていて、シモジモの急行や普通列車はホームで特急様が行くのを待っていなくてはならない。下手すると10分くらい待たされることもある。
 それはともかく、こんな黄色電車は初めて見た。いつから走ってるんだろう。近鉄特急といえば昔から垢抜けないオレンジと紺のツートンカラーと相場が決まっていたはずだ。あれもまだ走っているけど、この路線は黄色いのがメインのようだった。
 ちょっと調べてみたところ、1994年にオープンした志摩スペイン村への輸送のために導入されたものだそうだ。だから、このあたりを走っているのかと納得した。黄色は太陽をイメージしたカラーなんだとか。
 一度くらい記念に乗ってみたい気もする。シートも急行とは比べものにならないくらい良いのだろう。

賢島断片-3

 賢島駅の裏側はこんな感じになっている。いかにもといった風情だ。駅舎はわりと新しかったから最近建て替えたのかもしれない。
 隣は食堂というのかおみやげもの屋というのか、入るのに勇気がいるところだ。中をちらっとのぞいたら店主らしき人が暇を持て余してるようだった。ここに一人で突っ込んでいってマンツーマンで真珠うどんを食べるほど私は社交的な人間ではない。おなかも空いていたし、記念に食べてみたかったのだけど。

賢島断片-4

 賢島に降り立った観光客の大半は、二手に分かれる。ひとつは表玄関から北の志摩マリンランドを目指すグループ、もう一つは南から英虞湾の周回クルーズに向かう団体だ。私のように無目的に島に行って島の散策をしようなどという人間は少ない。
 なかなか立派な船で、バイキングの海賊船みたいだ。大航海時代の帆船をイメージして作られているんだとか。
 スペイン語で希望を意味するエスペランサと名づけられた船で、一周50分の英虞湾クルーズを楽しむことができる。1,500円ならまずまずか。
 途中で真珠工場に立ち寄って真珠の核入れ作業を見学するそうだけど、それはみんなが望むことなのかどうか。物珍しくはあるだろうけど。

賢島断片-5

 見たときは噴き出してしまった唐突なウルトラマンの人形。真珠とウルトラマンは一切無関係なはずだけど、店主の趣味だろうか。
 実はこのあとここの工房でお世話になるのだけど、ウルトラマンについては訊ねることができなかった。たぶん、これはこれで間違っていないのだ。何度も前を通っているうちに見慣れてきてそう思うようになった。
 まあしかし、至る所が昭和テイストで嬉しくなってくる。

賢島断片-6

 島一番の老舗真珠店、松井真珠店。寅さんのロケ地となった店だということは前回も紹介した。
 こちらはあとから建て増した方で、元々あった店舗はそれはもう年季が入っていた。歩くと床がミシミシきしみ音を立てる。帳場というか作業場も昔の姿そのままで、こりゃすごいなと思わせる。写真を撮ったけど暗すぎてブレブレになって使えなかった。昭和好きならこの店を見るためだけでも賢島に行く価値がある。
 商品の真珠は一級品揃いで簡単には手を出せない。本気で真珠を買いたい人ならいいけど、5,000円くらでちょっとしたおみやげをなんてつもりで入っていくと買えるものがほとんどない。一番安い淡水真珠のストラップとかでも2,000円以上だった。

賢島断片-7

 この島に住む多くの人は真珠関係の人なんだろうと思うけど、中にはこんな立派な家も建っている。真珠のお金持ちの人だろうか。
 かつてこの島は、海の軽井沢にしようということで開発されたところだった。昭和初期に電車が開通するまでは無人島だったのだ。最初から観光地として始まったわけではないから、位置づけが半端になってしまったのだろう。こんな不便なところを別荘にしようとする人は少なく、後付けで観光地にしようにも人を呼び寄せる要素に欠けた。きれいな砂浜でもあれば夏場の海水浴客も期待できたのだけど、そういうところもなかった。今後もこれ以上開発しようとせずに、真珠の島として島民の生活を守ることを第一に考えていく方向のようだ。

賢島断片-8

 港というと潮くさいようなイメージがあるけど、ここはあまり匂いがしない。それだけ海がきれいということなのだろう。港くさいというのは、実はあまりきれいじゃない証拠だ。
 観光地らしい観光地じゃないから海も汚れていない。海に生きる島民が自ら海を汚すようなこともしない。汚い水ではアコヤ貝も育たない。
 普段から風もあまり吹かないところなのか、波はあくまでも穏やかだ。入り組んだ入り江の地形ゆえかもしれない。

賢島断片-9

 のんびり作業をするお父さんとお母さん。
 自分がここに住んでこんな暮らしができるかと自問してみると、それは無理という答えが返ってくる。よそ者として見てるぶんにはいい光景だなと思う。

賢島断片-10

 見回りにきたらしい真珠のおじさん。
 真珠作りなんて、アコヤ貝に核を入れて、あとは真珠になるのをじっと待っていればいいんだろうくらいに思っていたら、そんな簡単なものではなかった。調べてみると、こりゃ大変だと思い直した。
 まずはアコヤ貝を育てるところから始める。小さな状態から親になるまで世話をして育てて、母親となるアコヤ貝に別のアコヤ貝から取った外套膜を細かく切って細胞を核にくっつける。これが真珠の中心となり、これに何層もの真珠層が重なって最終的に私たちが知る真珠となる。
 夏には貝に付くフジツボや貝などを取り除き、冬に水温が下がったら暖かい水温のところへ移動させ、また春になったら戻し、水温や赤潮などに気を配り、エサのプランクトンもきちんと管理しなくてはいけない。ぼーっと待ってるだけじゃ駄目なのだ。
 真珠の出来も熟練の技に運の要素も加わってくるから賭けのようなところもある。天候不順で痛手を負うのは農作物と同じだ。素人が思いつきで脱サラしてやれるようなものではなさそうだ。

賢島断片-11

 電話ボックスらしきものとセルフのガソリン給油機みたいなのがドッキングしていて、何だろうこれと興味を持った。ボックスの中を見ると、料金支払機のようなものが入っていた。今はもう使われてないようだけど、昔はセルフの軽油給油機だったようだ。
 でもやっぱりこれ、電話ボックスだよなぁ。

 以上、私の賢島レポートを3回に渡ってお送りしました。
 なかなかに遠いところだからよかったら行ってみてくださいと気軽には言えないけど、もし機会があれば一度ぜひ。正直、見所は少ないと思う。ただ、不思議な魅力があって、ぼんやりとした印象が長く残るところだ。個人的には行ってよかったし、賢島は好きなところだと今ははっきり言える。中途半端に頑張ってないところがいい。私たちは用意された道具立てに慣れすぎているのかもしれない。楽しみというのは本来、与えられるものではなく自分で見いだすものだ。ここのところをそれを少し忘れていた。
 賢島での一番の収穫は、何もないところだった。それは皮肉とかではなく、我に返るというか、そうかそうだよねと、なんか妙に納得するものがあったのだ。日常を離れて非日常を求めてどこかへ行くとき、それはたくさんの要素が溢れた楽しいところではなく、その対極にある何もないところであってもいい。楽しまなければならないという義務感や時間に追われる切羽詰まったような感覚から解き放たれるには何もないというのが大切なんだと気づく。盆暮れに帰る田舎の退屈さみたいなもので、これは現代の我々にとってはとてもぜいたくなことなのだろう。
 これでいったん賢島編は完結ということになる。あとは賢島番外編として志摩マリンランドが2回か3回に分かれてある予定だ。あそこもまた素敵な昭和水族館だった。これでもかと繰り出される地味水槽にノックアウト寸前の私。途中からヘラヘラ笑いが止まらなくなった。どうやら来年にまたいでしまうけど、そのあたりの写真も紹介したいと思っている。
 大晦日と正月は田舎の松阪で過ごすけど、更新は休みません。今年最後の挨拶は、また明日。




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