現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
聴松閣の後編はトンネルやら壁画やら内装の話 ---揚輝荘第4回
2008年01月21日 (月) | 編集 |
聴松閣2-1

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 昨日は聴松閣の後編を書くことができなかったので、今日はそのつづきを書きたい。今回も写真が中心となる。
 上の写真は、聴松閣のミステリーと呼ばれる地下トンネルの出入り口だ。
 総延長170メートル、地下30メートルほどの位置に水平に掘られていて、南北の庭園と東の衆善寮を丁字形に結んでいるという。建物と同時進行で工事が行われたらしく、最初からここにトンネルを掘る予定だったようなのだけど、どんな目的で作られたのかは分かっていないらしい。揚輝荘では戦前からアジアの留学生をたくさん受け入れていたことや、日中戦争が始まった時期から考えて、身内の避難所と皇族や政財界の要人をかくまうためだったのではないかといわれている。
 現在は一般公開されておらず、中に入ることはできない。2007年の夏の一時期、マンション工事で掘り返したときにトンネルが露出して中の様子を見ることができたようだ。今はまた埋められてしまった。トンネルとしての形が残っているところも少なくて、復元は無理のようだ。
 そんな説明をするボランティアのガイドさんと、それを聞いてほうほうと感心する見学者一行が上の図だ。

聴松閣2-2

 地下のトンネル付近の壁には、ヒンズー教の女神などの宗教画が描かれている。有名な画家の作品だろうと喜んで写真を撮っていたら、戦前のインド人留学生が描いたものだと知ってガクッときた。それなりに価値のあるものなのだろうけど、一般人の留学生の絵ではねと思ってしまうのも無理はない話だ。冷静に見てみると、確かにプロの絵ではないなと思う。
 だいぶ傷みが進んでいるから、残すなら早めに手を打たないといけない。

聴松閣2-3

 いろんなパイプが縦横に走っていて、ちょっと怪しげな雰囲気をたたえている。何が通っているのか分からないけど、やや恐ろしげだ。家の中にこんなにもむき出しのパイプがあったら落ち着かない。パイプ自体古いものだし、壁や天井もはがれかけてきている。

聴松閣2-4

 ピアノが置かれた小さな半円形のステージがあって、向かい側はちょとしたホールのようになっている。このピアノも古いものなんだろうと思う。
 ここでは最近もミニコンサートなどが開かれているようだ。
 戦後はここを接収した米軍兵たちが、このホールでダンスなどをしていたのだろう。
 考えてみると、この建物ができたのが1937年だから、すぐに戦争になってしまって、伊藤次郎左衛門祐民一家がここで優雅に過ごした時間は短かった。戦後もすぐには元の生活に戻らなかっただろうし、あまり使わないまま歳月だけが流れて古びてしまったともいえるだろう。

聴松閣2-5

 ホールの奥はキッチンのようになっていたから、米兵たちはここをカウンターバーのように使っていたんじゃないだろうか。
 伊藤家でもパーティーのとき使っていただろう。
 壁の凝ったレリーフと「火の用心」と書かれた張り紙のアンバランスさが面白い。

聴松閣2-6

 古い写真などを見る一行。いろいろ説明してくれていたのだけど、ものこの頃になるとわりとみんな勝手にあちこち見て回ってバラバラになりがちで、説明を聞く人の数は少なくなっている。
 平均年齢は高い。完全にオーバー60だ。でもみなさん、元気で好奇心がある。夫婦連れの参加者も多かった。若者はあまりこういうものに興味は持たない。当然、名古屋嬢とかのギャルもいない。

聴松閣2-7

 撮る人を撮るシリーズは私の定番だ。
 年配の人も今はみんなコンパクトデジやカメラ付き携帯を持っている。年齢層が高いということで、フィルムカメラ派の人も3人くらいいた。これはかなり高い確率だ。最近はどこへ行ってもフィルムカメラの人はあまり見かけなくなった。

聴松閣2-8

 昭和モダンのルームライト。灯りというのは用途を満たせばそれでいいというわけではないということを再認識する。店で売ってる安い実用品のライトでは、本当の意味で部屋を明るく照らすことはできないのかもしれない。私もインテリアというものに対してもう一度考え直すきっかけになった。

聴松閣2-9

 ここもちょっと変わった小部屋で、何のための部屋か分かってないとのことだ。水が使えるようになっていることから、宗教的な儀式に使われたのではないかと考えられているらしい。ただ、この家にはキリスト色がないから、洗礼とは違うのだろう。
 住むための家じゃないから、実用よりも趣味や遊び心を優先させることができたというのもありそうだ。

 ざっと見て回った聴松閣はこんなところだ。実際に自分の目で見ると、いろいろ感じるところもあるだろうから、近くの方はぜひ応募して見に行ってください。一ヶ月先しか予約できないというのがなんとも悠長な話ではあるのだけど。
 揚輝荘シリーズはもう少し続きます。あと1回か2回。私の中でもだんだん印象が古くなってきてるから、早めに終わらせてしまわないと。明日、あさってには完結させたいと思っている。


聴松閣の内部を早足で巡る<前編> ---揚輝荘第3回
2008年01月21日 (月) | 編集 |
聴松閣-1

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 揚輝荘シリーズ第3回は、南庭園にある聴松閣(ちょうしょうかく)へと舞台を移す。
 前回も書いたように、こちらへは往復ハガキの抽選で当たらないと入ることも外観を見ることもできないので、なかなか貴重な体験になる。北庭園と南庭園を分断しているマンションの問題があるから、今後とも自由な一般の出入りは難しいんじゃないだろうか。南庭園全体の整備が進んでいないという事情もある。
 この建物が建てられたのは1937年(昭和12年)というから、日中戦争が起こった年だ。そんな時期に新たにこんな趣味的な建物を建ててる場合かと思うのは、のちの時代から見てるからだろう。このときはまだ誰も戦争が長く続くなんて思ってなかったはずだ。他の多くの建物が空襲で燃えた中、これは一部が焼けただけで生き残った。
 外観は山荘風で、軽井沢だかどこかのホテルを参考にして設計されたとのことだった。上高地の帝国ホテルだったか違ったか(説明を聞いたのに忘れてしまった)。
 地上3階建てで、地下もある。内装は中国、インドなどのアジアのテイストと和洋が入り交じったちょっと変わった趣になっていた。揚輝荘の主である伊藤次郎左衛門祐民がインドやタイなどを旅して回ったときに受けた影響が建物に反映されているとのことだ。
 見学できるのは、1階、2階と地下で、3階へは行けなかった。それでもなかなか見所があったので、そのあたりを写真で紹介したいと思う。

聴松閣-2

 すでに記憶があやふやになりつつあるのだけど、確か1階はそれほど見るところがなくて、見学は2階と地下に集中していたような気がする。見学コースとしては1時間の予定なのでそれほどじっくり見て回っていられないというのもある(結局1時間半近くかかることになるのだけど)。
 玄関の説明が済むと、一行はすぐに2階に上がることになった(はず)。
 このあたりの吹き抜けというのも、一般家庭にはないものだ。普通はこんな贅沢な空間の使い方はできない。ふと、一作目のバイオハザードを思い出した。

聴松閣-3

 たくさんある暖炉の中でも二階の暖炉は特に凝っていて、珍しい瓦が埋め込まれている。どういうつてで手に入れたのか、古い東寺のものや、飛鳥時代のものまで使われている。
 ちょっとすごいなと感心しつつ、そもそもなんで暖炉に瓦を埋め込む必要があったんだろうと思わないでもない。単なる遊び心といえばそうなのだろう。珍しい瓦を手に入れたものの、他に使い道を思いつかなかったのかもしれない。

聴松閣-4

 確かここは書斎のような感じだったと思う。書棚が壁に並んでいたからそうだろうとは思うけど(本は入っていなかった)、部屋の作りは書斎風ではない。中央にテーブルと椅子が置かれている様子は、食堂のようでもある。
 ここは北向きの部屋だったか。日が差してなくて暗くて寒い印象を受ける。光の大切さとありがたみをあらためて感じる。

聴松閣-5

 こちらは西向きのようで光があって明るい部屋だった。居間か何かだったのだろう。
 使われなくなって久しいこの建物だけど、当時の内装がどこまで残っているのかはよく分からない。あとから演出のように手を加えた部分は少ないにしても、上の写真のような乱雑な椅子の配置などはどう解釈していいのか迷う。生活感があるようでない。

聴松閣-6

 こういう使い道のよく分からない部屋もいくつかある。もしくは、私が説明を聞いてなかっただけかもしれない。
 別宅としての建物で家族が毎日生活していた建物ではないので、全部が使われていたわけではないのだろう。
 それでも床は凝っている。自分の思い描く建物を建てることそのものが目的だったとも言えるだろうか。

聴松閣-7

 高そうな籐椅子だ。狭い部屋に置いたら邪魔そうでもある。
 左の方で壁がむき出しになっているのは、内部の調査をするためにはがしたもののようだ。他にもあちこちでこんなふうになっていて、整備の途中だということが分かる。

聴松閣-8

 天井もなにやらすごいことになっている。元々こんなふうだったわけはなく、ここも設計を調べるためにはがしたのだろう。それ以前に痛んでいて自分で落ちてきていた可能性もある。
 木造建築に興味がある人にとっては面白い教材になりそうだ。

聴松閣-9

 当時の生活が想像できるような部分で、ここはよかった。一度に何人も使える洗面所なんていうのも普通の家にはない。昔の小学校みたいだ。
 タイル貼りの流し台に庶民と同じような昭和を見た。

 聴松閣の内部に関しては、実はあまり書くことはない。見て回ってる分には、へぇーとか、ふーんとかいろいろ感じたり思ったりはするし、写真も撮るところは多いのだけど、言葉で説明するといっても特に何かあるわけではない。写真を並べて、まあ、こういうところですと、そういうことだ。
 まだ写真が残っているから、後編につづくということにしよう。余力があれば今日中に。なければまた明日。




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