現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
超高層ビルマニアじゃないけど、気づけばベストテンを制覇しつつある
2008年02月29日 (金) | 編集 |
ランドマークタワー1

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 馬鹿と煙は高いところへ登るというのと、馬鹿は風邪引かないというのが本当だとしたら、高いところへ登れば風邪を引かないことになる。かなり強引な論理だけど、風邪を引いてる人間が高層ビルの展望台から景色を眺めようなんて思わないから、その理屈はまんざらデタラメでもないかもしれない。
 どうして馬鹿は高いところへ登るというのか、あなたは知ってるだろうか。私はさっき知った。高いと他界を掛けて、馬鹿なやつはわざわざ自分の身を危険にさらすようなことをするものだという意味なんだそうだ。へー、なるほど、そういうことか。煙が馬鹿だといってるわけではない。
 これまであちこちの展望台に登ってきて、肝心の日本一にまだ登っていなかった。横浜ランドマークタワーは、1993年(平成5年)の開業以来、15年間日本で一番高いビルであり続けている。これだけ超高層ビルが乱立する中、15年間というのは大したものだ。設計が優れていたというのもあるだろう(設計はアメリカの建築家ヒュー・スタビンスで実質的には三菱地所が担当)。地震列島の日本は、外国とは事情が違う。世界でいえば、ランドマークタワーは44番目でしかない。
 今後の予定を見ると、2014年予定の近鉄阿部野橋ターミナルビルがランドマークを抜いて日本一になるようだ。三重県出身の私としては近鉄というのは地元の電車という感覚が強いのでちょっと嬉しい。
 ちなみに国内高層ビルベストテンは、2位3位が大阪のワールドトレードセンタービル、 りんくうゲートタワービルで、5位6位に名古屋のミッドランドスクエア、JRセントラルタワーズとなっていて、4位のミッドタウンができるまでベスト5に東京のビルが入ってなかったのだ。7位は東京都庁、8位はサンシャイン60、9位が六本木ヒルズで、10位が新宿パークタワーと、このあたりは納得の顔ぶれだ。
 これで私はベストテンの中では大阪の2つと新宿パークタワーを残すだけとなった。ただし、りんくうゲートタワービルの展望台は低いところにあるようだし、新宿パークタワーは一般の展望台はないので、実質的には大阪ワールドトレードセンタービルだけとなった。もしくは、新宿パークタワーのパークハイアット東京に泊まるという手もあるにはある。そこまでするか。
 ビルの高さベストテンではなく、展望台の高さベストテンということで調べ直した方がいいかもしれない。

ランドマークタワー2

 ビルは70階建てで高さは295.8メートル。展望フロアがある69階は、地上273メートルで、これも日本一だ。東京タワーは高さ333メートルでも、特別展望台は250メートルだから、それよりも更に高い。
 スカイガーデンには日本一の速さを誇るエレベーターで一気に登る。その間、わずかに40秒。最大で分速750メートルに達し、2004年に台北101のエレベーターに記録を破られるまでは世界一だった(今でも下りの速さは世界一)。確かに速いには早いけど、耳がすごいことになる。名古屋テレビ塔の情緒溢れるのんびりエレベーターの方が私は好きだ。テレビ塔のエレベーターをランドマークタワーに導入したら、ものすごく時間がかかってしまうけど。
 名目上は360度の展望となっているものの、一部はショップや壁になっていて完全な全方向ではない。ただし、こういうところにありがちな一番いい一角をレストランなどが占めてしまうというのがないのは良心的だ。何しろ1,000円取るくらいだから、それくらいは当然か。JAF割引で900円でも高い。
 雨の日や視界が悪い日は割引があるというのはちょっと面白い。遠くから行く人は日にちを選べないことも多いから、そういうサービスがあってもいい。
 夜は9時までと、案外早い。土曜と夏休み期間は10時まで延長になる。
 行った日は祝日の夜ということで、まずまずの混み具合だった。フロアは広いから混雑ということにはならないものの、窓際は大部分が占領されているから多少の待ちは発生する。座るところは少ない。

ランドマークタワー2

 大きな観覧車でお馴染みのコスモワールドや、コンチネンタルホテルなど、みなとみらい21を代表する風景の一角だ。こちらが東北ということになるだろうか。
 あの観覧車は去年乗った。桜木町駅から歩くとけっこう遠い。直接遊園地方面に行くなら、横浜高速鉄道みなとみらい線のみなとみらい駅からの方が近い。ランドマークタワーもそっちからの方が近いだろう。
 コスモワールドの向こうには赤レンガ倉庫があって、その更に奥が横浜大さん橋ふ頭だ。山下公園は写真では切れてしまっているけど右手にある。写真右下に写っているのが、汽車道だ。
 晴れた昼間は、東京都庁やサンシャイン60、南西には富士山も見えるという。
 一番いい時間帯は、夕暮れから夜景にかけてだろう。長居できるならもう少し早めに行くと3種類の景色を楽しむことができる。

ランドマークタワー3

 南側は桜木町駅方面。右下に見えているのが動く歩道だ。
 駅前はあまり発展していないことが分かる。超高層ビルが林立するような風景ではない。ただ、駅から出てすぐ左手で大がかりな工事をしていたから、ここに何か建つようだ。大きなビルや新名所などができれば、また桜木町の風景も変わっていくだろう。
 みなとみらい21は、まだできて新しい発展途上の街だ。1980年代までは、三菱重工横浜造船所や国鉄の操車場や貨物駅などがある工業地帯だった。80年代に入って、この好立地の土地を再開発して人を呼ぼうということになり、1983年にみなとみらい21事業は始まった。この名前は公募で決まったそうだ。ランドマークタワーの住所の横浜市西区みなとみらい2-2-1というのは偶然ではないのだろう。
 1989年には横浜市制100周年を記念して横浜博覧会が開催され、そのとき動く歩道も造られた。
 ランドマークタワーが完成した1993年がひとつの大きな節目になり、その後発展が続き、現在に至っている。

ランドマークタワー4

 スカイカフェと、そこから見える夜景。
 椅子があるから座ってしまえと思うと、ここは店のものだったりする。休憩所ではない。座りたければ何か飲み物を注文しろということだ。人が多いときは、窓際はなかなか空きそうにない。

ランドマークタワー7

 一角にタワーショップがあって、記念品やおみやげなどを売っている。金色に塗られたランドマークタワーのミニチュアやペナントは売ってない。おみやげ物にあまり興味のない我々は軽くスルーした。そういうのが好きな人にとっては楽しいところだろう。ここでしか買えないものもいろいろあるようだ。
 そういえば、外国人が少なかった。たまたまだったのか、そういう傾向があるのか、どちらだろう。東京の高いところへ行くと中国語やハングル語やいろんな言語が飛び交っているけど、横浜は外国人観光客が少ないのだろうか。同じ神奈川県でも鎌倉はやたら異人さんが多い。

ランドマークタワー8

 観光客からするとランドマークタワーというと展望台というイメージしか持ってないのだけど、もちろん中には様々な施設や店舗が入っている。
 49階から70階までは横浜ロイヤルパークホテルが占め、1階から49階まではオフィスフロアになっている。意外と商業施設は少なくて、飲食店もあまり多くない。やはり横浜というとみんな中華街の方に流れていってしまうのだろう。
 飲食店や店舗は、タワー本体にコブのようにくっついているランドマークプラザという建物の中に集中している。上の写真がそれだ。
 構造的に少し分かりづらいところがあって、帰りに動く歩道が見つからず迷ってしまった。

ランドマークタワー9

 外は寒いし、ノアで歩き回ったし、中華街まで移動するのは大変ということで、ランドマークの中で食べていくことにした。
 横浜名物って何だろうと考えると、思いつかない。中華街以外というと何になるんだろう。鎌倉名物というのもあまり思いつかなくて、こっち方面に来ると夕飯に何を食べるか迷う。
 ちょっと面白そうで無難そうな「味散歩 横濱文明開館」というところにした。和洋中が揃っていて、古き良き昔ながらの食堂を再現したというのに惹かれた。
 しかし結果的にこれははずした感があった。本気で古いものを再現しようという気概はなく、それなりに体裁を整えてほどほどの料理を手頃な価格で提供するという店だった。

ランドマークタワー10

 私はカツ丼を、ツレは味噌ラーメンにした。
 味はまずまず以上ではない代わりに量は多い。ご飯を食べきれなかった。写真を見るとけっこう美味しそうなんだけど、味にパンチがなかった。
 ちょっと不思議だったのは、喫煙席が景色のいい窓際で、禁煙席が見晴らしの一切ない内側というシステムだ。普通逆じゃないのかなと思うけど、この店では喫煙者が優遇される。オーナーが大の愛煙家とかなんだろうか。

ランドマークタワー11

 タワーを出たところで見上げて一枚。さすがに高い。至近距離からでは上の方が見えない。雲が低くたれ込めると、タワーの頭が雲から出るという。
 外からランドマークタワーの写真を撮るときは、週末よりも平日の方がいい。休みの日はオフィスの明かりが消えているところが多いから暗くて面白くない。これはどの高層ビルにも言えることだ。

ランドマークタワー12

 動く歩道横の通路からも最後に撮っておいた。
 右手前にあるのが日本丸だ。これもみなとみらい21のシンボルの一つになっている。
 この辺り一帯は、日本丸メモリアルパークとして整備されていて、日本丸にも有料で乗り込むことができる。横浜マリタイムミュージアムも隣接する。

 今回はノア行きが最大の目的で、横浜観光はランドマークタワーだけとなった。まだ山手の洋館巡りが半分残っているし、現在閉鎖中のマリンタワーにも登りたい。中華街でもまた美味しいものを食べたい。前回は5月の終わりだというのにやたら寒かった。大さん橋ふ頭では凍え死ぬかと思ったほどだ。次はもう少しいい季節に行こう。
 横浜の街とも少しずつ馴染みになってきた。今後とももっと親交を深めたい街だ。


SIGMAの古い400mmはユニークでとらえどころのない不思議ちゃん
2008年02月28日 (木) | 編集 |
ミコアイサ再び-1

PENTAX K100D+SIGMA 400mm f5.6



 どんな素性かよく分からなかったのだけど、とりあえず400mmで安かったからSIGMAの400mm TELEPHOTO F5.6というのを買ってみた。APOタイプの前のものなのか、同時期のものなのか、いずれにしてもかなり古いレンズのようだ。PENTAXのKマウントは昔から規格が変わってないから最新のデジカメにも使えるのが偉い。K100Dなら35mm1.5倍換算で600mmの手ぶれ補正レンズのできあがりとなる。
 どの程度写るものか、試しにまたミコアイサを撮りに行ってきた。おお、いたいた。すっかりここでの生活が定着したようで、変わらずにいてくれて嬉しかった。ただ、オスメスの割合が変わっていて、前はオス主体だったのに今回はメスが多くなっていたのは何故だろう。どこか他の池と出入りがあるのだろうか。
 それでも撮るのはやっぱりパンダガモと呼ばれる白黒のオスだ。なんとか近くから撮りたいと思ったのだけど。

ミコアイサ再び-2

 今回一番近かったのがこの一枚だ。これで何メートルくらいだろう。600mmでこの大きさだから肉眼ではかなり小さかったとは思う。目まで写れば上出来だったけど、そこまではいってない。そもそも目の周りが黒くてサングラスをしてるみたいだからよく見えないというのもある。
 正面から見るとパンダというより白い頭巾をかぶって黒眼鏡をかけた怪しい人のようだ。月光仮面のおじちゃんのようでもある。月光仮面はおじちゃん呼ばわりされているけど実際はけっこう若かったんじゃないだろうかと今になって思う。
 写りに関しては、悪くないんじゃないか。Takumarの300mm f4と比べて同等くらいな感じがする。APOタイプではないけど、色収差はあまり目立たない。絞り開放だとふぬけな写りになるけど、f8まで絞るとそこそこシャープになる。手ぶれ補正の効果も出ているのが分かって、条件次第では使えるレンズという印象を持った。さすがに単焦点といったところかもしれない。
 ピントも絞りもマニュアルだけど、使い勝手も上々だ。ピントリングがスカスカなのも慣れればこれはこれで使いやすい。Takumarはトルク感がありすぎてとっさに合わせたいとき合わせきれないことがよくあるから、あれを思うと軽い方がかえっていい。飛びものなんかのときは特に有利に働きそうだ。
 近くのものは絶望的に撮れない。マクロなんてまったく想定してないのだろう。最短のピント距離は2メートルくらいじゃないだろうか。3メートルかもしれない。
 サイズは400mmの中ではコンパクトな方で、Takumar 300mmのミニバズーカより一回り小さくて軽い。これなら手持ちでも充分使える。

ミコアイサ再び-3

 今回も帰ってきて見てみたらメス写真がほとんどなかった。メスも一枚くらいちゃんと撮らなければと思っていたのに。
 右がオスで、後ろの2羽がメスだ。ここは日陰ということもあって、どんな色や模様かこれではよく見えない。次こそしっかり撮っておきたい。

ミコアイサ再び-4

 鳥撮りと風はあまり関係ないと思いがちだけど、実は大いにある。風が強い日は水面が波立ってしまうから、鳥撮りには向かないのだ。まったく風がないと水面が鏡のようになって映り込みなどもあってきれいな写真になる。
 ただ、この写真はなんとなく雰囲気があって気に入った。

ミコアイサ再び-5

 西日の当たる方に飛び去ったゴイサギを追いかけて撮ったら、なんとなく不思議な写真になった。古いフィルム写真のようだ。これもこのレンズの特色なのか、たまたまなのか、これだけは判断ができない。
 ゴイサギがここにいるのは珍しい。ゴイサギそのものはあちこちで見てるけど、ここで見るのは初めてだ。

ミコアイサ再び-6

 この写真でSIGMA 400mmが一風変わった描写をすることがはっきりした。ソフトで特殊な加工をしたみたいになっているけど、通常と変わらない調整をしただけで特別なことはしていない。どうしてこんな写りになったのか不思議だ。もちろん、肉眼で見てもこんなふうな風景ではなかった。
 光が当たると何か特殊な描写になるような特徴を持っているらしい。これはPENTAXの特色でもないし、Takumarとも違う。最近のSIGMAともまったく別ものだ。

ミコアイサ再び-7

 飛び去るアオサギの後ろ姿。
 今度は油絵のような描写になった。つるっとした最近のレンズの写りとは違って、粒子感があるから、それでフィルムっぽく感じるのかもしれない。感度を上げているわけではなく、これもISO400で撮っているから、K100Dの高感度ノイズではない。
 このレンズ、なかなか面白い。使い込んでみる価値がありそうだ。

ミコアイサ再び-8

 今度はまたがらりと雰囲気の違う写りになった。どれがこのレンズの特徴なのか、よく分からない。上の写真はノイジーなのに、これはつるりとしている。どちらも感度、絞りとも変更していない。
 風は敵と書いたけど、味方してくれることもある。水紋を捉えれば平凡な写真にアクセントを与えてくれる。

ミコアイサ再び-9

 この池でコガモは珍しい。何羽か固まっていたから、どこか他から飛んできたのだろう。近くの矢田川にはたくさんいるから、そちらあたりからだろうか。
 逆光で顔が黒くつぶれてしまった。ソフトで明るくすると、水の色が白飛びしてしまう。昔SIGMAは逆光に弱いと言われたけど、これも弱点ということになるかもしれない。

ミコアイサ再び-10

 太陽の光がまともに逆光だったから、f13くらいまで絞っている。コントラストが弱くてぼんやりしているのは、絞りすぎて回折現象が起きたか、レンズがやはり逆光に弱いからか。フードは伸び縮みするやつがレンズ本体に組み込まれている。

 短時間使っただけではレンズの良し悪しや特徴を掴みきれるわけではない。ただ、ユニークなレンズのようだということは分かった。可もなく不可もない最近のデジタル用レンズとは違って、なかなか興味深い。
 とびきり高性能ではないものの、400mmでこれくらい写れば必要充分と言える。これでようやく600mmの手ぶれ補正を手に入れた。500mmレンズで700mm換算となると、サイズも大きくなるし手持ちでは厳しくなるから、このあたりがお散歩望遠レンズとしては限界かもしれない。フォーサーズでSIGMAの135-400mmを使えば800mm換算になるから、E-510との組み合わせにはちょっと興味があるのだけど。
 ミコアイサは3月のいつくらいまでいてくれるのだろう。最初にオスが渡って、遅れてメスがいく。撮りたいのはオスだから、少し焦る。もう一回取りに行けるだろうか。なんとか、画面の半分になるくらい大写しにしたいところだ。
 彼らは警戒心が強いから、近づくと池の反対側に遠ざかり、そっちへ回り込むと逆に離れていく。なかなかに賢い。ツレに反対側に回ってもらって、こちらではカメラを構えず物陰に隠れていたら近くから撮れるかもしれない。トランシーバーで交信しながら(携帯では雰囲気が出ない)ミコアイサ至近距離激写作戦を決行したいところだ。レンズも迷彩色に塗るか。
 もう3月はすぐそこまできている。人によっては卒業シーズンだろうけど、鳥の人にとってはカモなどの冬鳥たちの渡りのシーズンという思いの方が強いだろう。私も少しだけ感傷的な気持ちになる。


見て触れ合って買える動物園の看板に偽りなし ---ノア最終回<第7回>
2008年02月27日 (水) | 編集 |
ノア最終回-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 ご無沙汰してます、オオタです。
 2日間、自宅からネットにつなぐことができず、ネット難民となってました。2日間のオフライン生活はそれなりに得るところもあり、思うところも多かったのだけど、やはりなんといっても不便極まりないことを実感したのでした。
 原因不明ながら復旧したので写真だけでも並べて生存の証しとしておきます。またいつ途切れるか分からないので、とりあえずつながってる今のうちに更新しておこう。

 今日はノア最終回。結局7回シリーズになった。ペットショップで7回分もネタになるところがノアのすごいところだ。濃さは花鳥園に匹敵する。
 最終回はこれまで登場した珍獣や鳥などが再登場する。捨ててしまうのは残念だなという写真を集めてみた。
 新顔も少し混じっているけど、それは入りきらなかったものや、調べがつかなったものだ。
 最初はお気に入りのカピバラさんから。エサをもらう顔がまたキュート。大きなネズミとは思えないかわいさだ。

ノア最終回-2

 カピバラさんと同居しているのはマーラという動物だ。
 アルゼンチンなどの砂漠や荒野などに暮らすテンジクネズミ科だから、巨大ネズミであるカピバラさんとそんなに遠い関係ではない。ちょっとカンガルーっぽいけど無関係だ。
 カピバラさんとマーラが自然界で出会うことはあるのだろうか。ここでは仲良く過ごして、同じ釜の飯を食っていた。

ノア最終回-3

 ここのリスザルたちはまだ子供なんだろうか。とても人なつっこくて、指を出すと握ってくる。その感覚がすごく肌っぽいので、人間の赤ちゃんに握られているような感覚がする。
 飼えばかわいいに違いないけど、部屋で一日中くっつかれるとうっとうしい。

ノア最終回-4

 ヨウムの赤ん坊。大きいように見えてこれでもまだ2ヶ月ほど。
 子供の頃は黒目くりくりで、大人になるにつれて目が点になっていくんだそうだ。
 また会いにいきたいと思ったら、行った日の次の日に売れてしまった。見られてよかったとも言えるのだけど、やっぱりちょっと寂しい。

ノア最終回-5

 これも珍しいウサギなんだろう。でも、ここにいると感覚が麻痺してきて、普通の動物じゃ面白くなくなってくる。なんだ、ウサギかってなもんだ。
 きっとこのウサギも、ウサギマニアの人にとってみれば、おおーってやつなんだろう。

ノア最終回-6

 どんだけリラックスしてるんだ、フェレット。完全に腹を出して、股も全開になっている。
 こうみると、胴が長くて手足が短くて面白い体型をしている。まあでも、かわいいことはかわいいな。

ノア最終回-7

 この犬はやっぱり笑える。しわくちゃすぎるだろう。きみはクシャおじさんか(古い)。
 頭をなでるとごわごわで、皮も思ったより固い。
 顔つきはヤッターマンの中に出てくるトンズラみたいだ。

ノア最終回-8

 この日見たフェネックが起きていた唯一のシーン。夜行性だから、基本的に昼間は寝ている。
 寝顔も魅力的だけど、起きて遠くを見つめている姿が凛々しくて好きだ。フェネックは広い大地が似合う。

ノア最終回-9

 入り口近くにいたケープペンギン。
 ペンギンの顔って、決してかわいくはない。歩く姿のほほえましさに惑わされているけど、目つきは鋭いし、いつも口を尖らせているし、じっくり見るとけっこう恐いことに気づく。
 そこがまた魅力といえばそうなのか。

ノア最終回-10

 これは正体が分からなかった。ネームプレートを撮り忘れただけかもしれない。
 ネズミのようなリスのような。かなり小さめ。
 小動物も模様が大事と分かる。これで灰色だったらただのネズミ扱いされていただろう。

ノア最終回-11

 最後はカメレオンで締めくくりとしよう。
 このまま図体を大きくしたら、恐竜そのものだ。人がカメレオンに惹かれるのは、恐竜に対するロマンという部分もあるのかもしれない。

 ノア編はこれにておしまいです。
 お近くの方は気軽に、遠くの方は機会があればぜひ一度行ってみてください。楽しいですよ。
 見てふれ合って買える動物園というキャッチコピーに偽りなしです。ただし、高くてなかなか買えないのが難点だ。


安定飛行のはずが不時着サンデーになってレンガ生チョコに話題転換
2008年02月25日 (月) | 編集 |
不時着サンデー

Canon EOS 20D+EF50mm F1.8 II



 今日は奇をてらわず素直な心で美味しい和食を作ろうと考えた。余計なことはしないから安全飛行、安全着陸になるはずだった。しかし、得てしてそういうときにこそ危険が潜んでいるもの。自分でも思いがけないくらいの失敗サンデーとなった。
 今日の料理ははっきり言って美味しくなかった。ここまでの失敗というのはかなり久しぶりだろう。味そのものに対する不満がこれほど大きかったのは初期以来かもしれない。見た目は悪くないから、写真からはどこが悪かったのかは伝わりにくいと思うけど。
 完成したときどれも冷めてしまったというのが一番の致命傷だった。味付けも薄めでパンチに欠けていた。いろんな部分でタイミングが悪くて、それが重なって、悪い結果へとつながった。今日に関しては反省の言葉しかない。悔しくもあり、まだまだ力不足というのを思い知った。一通り作れるようになったといい気になっていたけど、そうじゃなかった。

 左手前は、マグロのあぶり焼きわさびしょう油味なんだけど、まずはこれがよくなかった。
 マグロをあぶり焼きにするところを焼きすぎた。最初は半生で止めたのに、早く作りすぎて、食べる前にもう一度温めたのがよくなかった。味も付けようと、わさびしょう油ダレ(しょう油、わさび、塩、コショウ、レモン汁、一味、酒)を塗って焼いたことでますます焼きが入りすぎた。冷めてもいいから半生にして、しょう油ダレを付けて食べるようにすればよかったのだ。
 大葉との相性はよかったから、そこに可能性は感じた。大葉巻きにして蒸し焼きにしてもよさそうだ。
 右は惜しい失敗だった。ジャガイモをスライスして水にさらしたあと塩を振って、カタクリ粉をまぶす。
 タマネギとウィンナーをオリーブオイルで炒めて、スライスジャガイモとバターも加えて炒める。最後に青のりと粉チーズを振りかけるというアイディアも間違っていなかった。問題は、いくらスライスとはいえ、ダイレクトに炒めたくらいでジャガイモが柔らかくなるものではないということを知らなかった私の無知にある。このあたりが素人の浅はかさで、オレ流ゆえの悲しさだ。
 ジャガイモは、カタクリをまぶして揚げるか、もしくは茹でるか、レンジで加熱するか、何かしなければいけなかった。中途半端にシャキシャキした歯ごたえが不味さにつながってしまった。
 味付けは、マヨネーズ、しょう油、からし、塩、コショウで、これはよかった。ジャガイモさえほくほくしていたら成功だったはずだ。
 奥のナスと豆腐の味噌焼きそぼろ乗せは、今日の中では一番まともな出来だった。
 ナスはやや厚めにスライスして水につけてアクを取る。絹ごし豆腐はペーパーである程度水分を吸わせる。
 味噌ダレは、白味噌、酒、しょう油、みりん、塩、コショウ、一味で作って、それを表面に塗りながら魚焼きグリルであぶり焼きにする。アミだと落ちるのでアルミホイルを敷く。
 途中で2度3度とひっくり返し、味噌ダレを塗ってゆっくり仕上げていく。ナスも同様に焼く。
 そぼろはツナ缶で作った。味付けは、しょう油、酒、みりんで。
 これは失敗しようがない料理なんだけど、魚グリルの中でその存在を忘れていて、食べるときに冷めていたのがなんともはやだった。間の悪さが最後まで続いた。少し焦げ気味だったので、それ以上焼かずに食べることにした。熱々だったらこれも申し分なく美味しくなっていたはずなのに。

 今日の失敗を今後の糧としたい。失敗は成功のマザーだとかつて長嶋監督は言った。鯖のことをさかなへんにブルーとも言ったけど、それはちょっと違う。
 それはともかくとして、やっぱり料理は難しい。出来るということと上手に出来るということはまったく別のものだ。一般人が字を書くことが出来るのと書道家が字を書くのとが別なように。
 私の場合は料理の基本ができてないから、もう一度基本に立ち返る必要がある。ちゃんと料理の本も読んで勉強しないといけない。
 基本の料理を基本通りに作ることは、私の永遠のテーマなのかもしれない。まともなスケッチもできないのにピカソの絵を真似てもデタラメなものになってしまうのは当たり前の話だ。料理もデッサンの段階から出直すべきだろう。
 定食屋の料理と同じものが作れるようになって初めて、レストランで出る凝った料理が作れるのだということを思い知った。

レンガ生チョコ

 口直しに生チョコ写真を載せつつ作り方を紹介して料理の失敗を誤魔化そう。
 バレンタインにもらった手作り生チョコがあまりにも美味しくてあっという間に食べてしまって、もっと食べたくなって自分で作ることにした。そういう男性は世の中では少数派だと思うけど、作ってみれば難しくはないから、ぜひ自力で作ってみることをオススメしたい。
 まずは板チョコ3枚(200g前後)と生クリーム、純ココアを買ってくる。できればバターとハチミツも用意したい。ココアは味付けのものだと甘くなりすぎるから、砂糖の入ってない純タイプの方がいい。
 買ってきた板チョコをこれでもかとみじん切りに切り刻む。これが正直面倒というか、手間と時間がかかる。包丁の切れ味も悪くなるし、手も痛くなってくる。でもこれをやらないとまろやかにならないし、やることで女の人がどれだけ苦労して生チョコを作っているか身に染みるという効果があるので、やらねばならない。一心不乱に刻んで15分か20分かかる。
 でもそこを乗り切ればあとはもう簡単だ。生クリーム100ccとハチミツ小さじ2を鍋に入れて加熱して、沸騰直前で火を止めてコンロからおろす。そこに刻んだチョコを入れて、ちょっとの間かき混ぜずにおいておく。30秒くらい。
 あとは優しくかき混ぜていく。あまりガシャガシャしない。ある程度混ざったところで溶かしたバター10gも加えて、最終的になめらかになったら生チョコの完成だ。
 それを適当な大きさのトレーみたいなのに入れるわけだけど、これが意外とないので困る。買ってくれば済むことだけど、このためだけに買うのももったいないような気もする。大きな角皿とか、タッパーとか、そのあたりで代用してもいい。
 クッキングペーパーか、サランラップを敷いて、チョコを流し入れる。このときのチョコの厚みで完成したときの形も決まってくるので、厚さは好みで決める。レンガ風なら平たく、サイコロ状なら厚く。
 冷蔵庫で2〜3時間くらい冷やすと固まるので取り出して、包丁で好きな大きさに切り分ける。時間の余裕があれば一晩置いた方がいい。包丁は温めた方が切りやすい。
 切り分けたものに茶こしなどでココアを振りかけてまぶしていけば完成だ。
 生チョコ作りは、決して難しくはない。ケーキのように失敗することも少ない。手間暇かかるといってもスポンジケーキほどではないから、作ってみる価値はある。
 味はとにかく美味しい。こりゃずるいでしょうっていうくらいだ。柔らかな食感と口溶けは、板チョコだったときからは想像できないほどの変貌を遂げる。チョコの甘さとココアの苦みがマッチして、非常に上品な甘さでもある。チョコが苦手じゃなければ、まず間違いなく美味しいと思うはずだ。
 私が作ったのはまぶしている段階でチョコがあっちこっち移動して不格好な出来になってしまったけど、ちゃんと順列を乱さなければ店売りにも負けないれっきとしたレンガ生チョコになる。
 私はチョコのお返しにホワイトデーにホワイト生チョコバージョンを作る予定だ。男子諸君も作って学校や職場に持っていって人気者になろう。


愛すべき(?)マニアックペットたちのディープな世界 ---ノア<第6回>
2008年02月24日 (日) | 編集 |
マニアックペット-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 ノアシリーズもなんだかんだで6回目となった。ようやく終わりが見えてきたものの、まだ最終回じゃない。もう一回分写真が残っている。
 今回は、は虫類やカメなどのマニアックペットを集めてみた。世の中にはいろんなマニアがいて、こういう変わった生き物を飼うのを趣味にしている人もたくさんいる。最初からそんなものと敬遠せずに飼ってみればみんなかわいい我が子になるのだろうとは思う。ヘビだってカエルだってコウモリだって、みんなみんな生きているんだ友達なんだ。
 カメレオンというのも一部に熱狂的なファンを持つ生き物だ。一般的には、イグアナもカメレオンもトカゲもどれも大して違わないというかどれがどれだかよく分かってないのが普通だと思うけど、実際はずいぶん違う生き物のようだ。カメレオンは特に飼うのが難しいといわれている。イグアナは、所ジョージなどが飼っていて有名になった。トカゲはペットとしてはややマイナーだ。
 上の写真は、スパイニーカメレオンのオスだと思う。同じ姿をした地味目のやつがいたから、あれがたぶんメスだろう。オスはニッキュッパで、メスはイチキューパと、1万円も差があった。見た目の違いがそのまま値段差になるのだろうか。
 マダガスカルの森林や砂漠地帯にすむ大型のカメレオンで、体長は50センチほどになる。
 名前のスパイニーというのは、背中のトゲからきている。体に丸い模様があることから、日本ではボタンカメレオンと呼ばれることもある。
 野生では昆虫や節足動物なんかを食べているから、飼育するときも生き餌は必須だ。温度や光の管理もしないといけないし、生き餌の調達もあるから、やはり気軽に飼えるようなものではない。健康に育てることもなかなか難しいようだ。ただ、ちゃんと飼えば10年くらい生きるというからペットとしては悪くない。色もきれいだし、見ているとだんだんかわいいような気もしてくる。

マニアックペット-2

 長いトサカが特徴のエボシカメレオン。烏帽子ってのは、平安時代の貴族が被っていた背の高いとんがったあれだ。
 こいつはカメレオン界のエポックメイキングなやつで、飼育が難しいというそれまでの常識を覆す丈夫さで、カメレオン愛好家を一気に増やしたという功績を持っている。
 現地イエメンでの生活環境が、標高1,000〜2,000メートルの高地という過酷な環境のため、適応能力が高くて丈夫というのが飼いやすさにつながっているとされる。初心者でも飼えて、なおかつ繁殖までいける場合がある。
 彩りの華やかさからファンも多く、最初にカメレオンを飼うならこいつだ。メスも婚姻色になると体色が変わって美しくなる。
 エサだけはどうしても昆虫などを入手する必要がある。ただ、カメレオンとしては珍しく植物性のエサも食べるから、少しは楽かもしれない。

マニアックペット-3

 カメレオンファンの少年。一人で来ていたわけではないだろうけど、長時間カメレオンの前から動かずに観察を続けていた。かなりのカメレオン好きのようだ。私はウディ・アレン作品の中では『カメレオンマン』が一番好きだ(関係のない情報)。
 この少年は、大人になったら、きっと飼ってしまうのだろう。これはお母さんにねだって買ってもらえるようなペットではないから、まだしばらく我慢だ。
 カメレオンは高価なラインナップのノアの中では比較的安い部類に入る。3万円を安いといっていいのかどうかは微妙だけど。

マニアックペット-4

 最初ヘビかと思ったらトカゲだった。手がちょろっと出ている。でも短いな。ツチノコみたいだ。いや、ツチノコに手はないはずか。
 こいつは何だろう。トカゲには違いないんだろうけど、かなりヘビに近い。プレートを見逃したのか、撮り忘れたのか、名前不明のままだ。マニアックな人なら一発で分かるんだろうけど、トカゲの写真を見て一発で分かる人になっていいものかどうかは迷いどころだ。熱帯魚に詳しいのとはわけが違う。さかなクン並みにトカゲの知識を持ったトカゲクンみたいな人が世の中にはきっといることだろう。

マニアックペット-5

 白い蛇を見るといまだに小柳ルミ子を思い出してしまうのは間違った条件反射だ。
 テキサスラットというと馴染みがないけど、日本で見せ物などになっている白ヘビはたいていこいつだ。
 テキサスラットは普通の姿をしてアメリカ東部の水辺などで暮らしている。民家の近くにもいて、わりとポピュラーなヘビらしい。ペットとして入ってくるのは白いのがほとんどのようだ。ルーシスティックと呼ばれる品種で、写真のプレートにも書かれているように、黒目のやつと赤目のやつがいる。目玉がピンクなのはなかなか神秘的な雰囲気を持っている。
 売られているのはまだチビで小さいけど、大きくなると1メートルを超える。性格も荒っぽいやつが多いというし、なかなか飼うのは大変そうだ。
 エサもカエルとかヒヨコとかネズミとかを与えなくてはいけない。
 このほかにもヘビはたくさん売られていた。でもあまり追求するのはやめておいた。写真もこれだけにしておこう。

マニアックペット-6

 アメリカとエジプトがペットショップで出会って仲良しになった。ミシシッピーアリゲーターの背中に手を回して添い寝をするナイルクロコダイルの姿は、微笑ましいものだった。
 すんでいる場所も、性格も、種類も違うのに、ここでは大事な友達となっているのだろう。ずっと折り重なるようにして離れなかった。
 ワニは、クロコダイルとアリゲーターとガビアルの3つのグループに分けられる。一般的なのはクロコダイルとアリゲーターで、両者の違いは口を閉じたときに牙の見え具合で分かる。見えるのがクロコダイルで、見えないのがアリゲーターとされる。クロコダイルの方が頭がよくて凶暴で、人を襲って食べるのもこいつだ。アリゲーターはおとなしい性格でめったに人を襲うことはない。写真でいうと、左にいて上になっているのがクロコダイルだ。
 古代エジプトでは、ワニは神の使者とされて、人工の池で放し飼いにしていたといわれている。襲ってきた敵をワニに食わせたこともあったようだ。
 現在、その数を減らしつつも現地では人食いワニが問題になっている。80人以上を食べたなんていう連続殺人ワニもいるそうだ。
 個人的にはワニに対してそんなに思い入れはないのだけど、機会があれば一度だけ伊豆の熱川バナナワニ園に行ってみたいとは思っている。どんな施設なのか想像がつかないから見てみたい。

マニアックペット-7

 たぶん売り物じゃないんだろうけど、唐突に和の水槽が置かれてた。金魚にスッポンにドジョウって、こんな組み合わせの水槽初めて見た。本人たちもびっくりしてるんじゃないか。
 スッポンは食べ物というイメージがすっかり固まってしまっていて野生の生き物じゃないような気がしてる人もいるかもしれないけど、もともとは当然自然界で泳いでいた。日本国内をはじめ、中国、韓国、ロシア、東南アジアまでと、その生息域は広い。今でもいるところに行けば見られるはずだ。ただし、養殖ものが放されたりして純粋に野生のものは減ってきているという。
 かみついたら放さないというのは有名な話だけど、かまれたら水の中に入れるとすぐ放すというのはあまり知られていない。いや、そういう話というだけで実際のところは私も知らないのだけど。
 エサは魚や両生類から貝、甲殻類まで、バリバリかめるものは手当たり次第に食べる。
 江戸時代にはすでに食用となっていたようだ。
 ドジョウはすっかり姿を消した。子供の頃は田舎の用水路や田んぼにけっこういたけど、今ではもういなくなった。探せばまだいるんだろうか。たぶん、世界の川などには今でもそれなりにいるのだろう。
 浅草にはどじょうの専門店があるけど、あれは養殖なのか輸入ものなのか。

マニアックペット-8

 何ガエルか知らないけど、水面から半分顔を出してどんよりしていたので撮ってあげた。まったく無反応。
 カエルもたくさん売っていた。きっと珍しいカエルなのだろう。どれも1万円以上はするようだ。

マニアックペット-9

 リクガメコレクションその1。
 カメも取り扱いが多かった。カメマニア御用達といったところだろう。カメはわりと飼っている人も多そうだ。さほど手間もかからないのがいい。うっかり変なものを買ってしまうと巨大化して困ることになりそうだけど。
 昔、大ブームになったミドリガメは、みんな飼いきれずに川や池に放して、結果的にミシシッピアカミミガメの大繁殖につながってしまった。ミドリガメも大人になるとかわいげがない。
 そういえば、「TRICK」の中で山田奈緒子もミドリガメを飼っていた。

マニアックペット-10

 リクガメコレクションその2。
 リクガメは、南米アメリカ大陸、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、インドネシアなど、世界中に60種類以上いるといわれている。亜種などの分類があいまいで、やや混乱しているところもあるようだ。
 最大のものは、ガラパゴスゾウガメやアルダブラゾウガメで、甲羅だけで1メートルを超える。

マニアックペット-11

 こいつは水陸両用のカメのようだ。いつも体半分水に浸かっているのだろう、下半分に苔が生えていて上半分は乾いているのがおかしい。
 割り箸の先に何をくっつけてあげていた。何かと思ったら、バナナだそうだ。直接手からやると食いつかれる恐れがあるのだろう。バナナを食べるカメというのも初めて知った。

マニアックペット-12

 オマケ画像はコウモリ。これは売り物じゃないと思う。こんな大きなコウモリ、一般家庭じゃ飼えない。夜ごと部屋の中をバサバサ飛ばれたんじゃおちおち寝てもいられない。
 かなりの大きさだけど、どこか暖かい地方にいるやつだろうか。エサは果物か何かじゃないかと思う。吸血コウモリなんてのは実際ほとんどいない。

 マニアックなペット世界も多様で奥が深い。考えてみると、この地球上には様々な生き物がいるわけで、飼うことが可能なら飼ってみたいと思うのは人間の本能に近いものなのかもしれない。犬や猫や鳥や家畜ばかりがペットじゃない。動物園にいるのが当たり前の動物たちも、飼って飼えなくないものはけっこういる。事情さえ許せば家庭でキリンを飼うことだってできるくらいだ。
 私は今のところは虫類などに目覚める兆候はない。猫と熱帯魚だけでも持て余し気味だから、これ以上はどんな生き物も飼えそうにない。どうしてもというなら、エボシカメレオンにする。一緒にいればだんだん愛着が湧いてきそうな気がしないでもない。
 珍獣や珍鳥だけでなくは虫類などにも強みを見せるノアの懐は深い。客のマニア度が上がれば上がるほど楽しめる場所だ。毎日の暮らしで身も心も疲れたは虫類好きの人にとっては、心のオアシスとなる。もしかしたら、カメレオンの前で張り付いていた少年も、年会員になって毎日のように訪れている近所の子だったのかもしれない。


春を探しにふらりと行った牧野ヶ池でにわか探鳥会に参加することとなる
2008年02月22日 (金) | 編集 |
牧野ヶ池の鳥-1

Canon EOS 20D+EF 75-300mm f4-5.6 IS / EF-S 17-85mm



 今日の名古屋の最高気温は15度。空気が明らかに冬のものとは違うのを感じた。明日以降、また寒さが戻るようだけど、春が近づいてきたきたことは間違いない。来週末はもう3月だ。
 3月になれば季節の花が次々に咲き始めて一気に気ぜわしくなる。そうなる前に、もう一度冬鳥たちを撮っておこうと牧野ヶ池へ向かった。鳥に限らず、もしかしたら花も咲いてるかもしれないし、猫もいるかもしれないと期待しつつ。

牧野ヶ池の鳥-2

 駐車場に車をとめて池の方に向かって歩いていくと、前方にデジスコの人がいるのを発見した。むむむっ。話しかけようか、さりげなく通り過ぎようか迷う。今日の装備は、鳥を想定しながら猫や花にも対応できるような中途半端なものだった。一応、鳥用として300mmの手ぶれ補正付き望遠ズームは持っていたものの、鳥撮りには力不足だから、ちょっと恥ずかしいというのがあった。せめてTakumarの300mmミニバズーカを持っていっていけばよかったと悔やむ。
 そんなことを考えつつ通り過ぎる方を選んだのは、まだこの時点では広角レンズをつけていたということもあった。
 しかし、通り過ぎた先で一般人の鳥好きのおじさんに声をかけられることになる。ここ、カワセミいるよ、と。あー、そうなんですか、それは撮らないといけないですね、などと話していたら、しばらくしてデジスコの人が合流してきた。更に双眼鏡を持ったおばさままで加わって、にわかに探鳥会の様相を呈してきたではないか。ええー、そんなつもりはなかったんだけど。
 デジスコの人は、ここで野鳥ボランティアガイドをしている方で、もう一人は知り合いの人のようだった。せっかくのいい機会なので、一緒に探鳥と撮影をさせてもらうことにする。さすがに毎日通っているだけあって詳しい。情報もたくさんもらってありがたかった。
 スコープの一つは、Nikonの80mmに50倍レンズという強烈なやつで、のぞかせてもらったけど、やっぱりすごいものだ。とても自分じゃ買えない。

牧野ヶ池の鳥-3

 ボランティアガイドさんによると、カワセミは今3羽いるそうで、鳥見をしている間に2羽は来た。オスとメスがいて、上の写真はオスの方だ。メスはクチバシの下が赤いから区別がつく。オスの方が体の色がきれいという特徴もある。
 夕方で光が弱かったからもうひとつきれいに撮りきれなかった。エサ獲りシーンを見ることはできなかったのも残念だった。水面を見て狙っている感じはあったのだけど、捕獲にまでは至らなかった。
 けっこう人慣れしているようで、わりと近くまで来る。ここまで来てくれれば一眼でもなんとか届く。ポイントは決まっているから、30分か1時間粘れば確実に見られるとのことだ。

牧野ヶ池の鳥-4

 これも定番、ジョウビタキのオス。
 やっぱり遠い。300mmレンズの480mm換算では届かないのがもどかしい。フォーサーズの600mm換算でも厳しそう。ここはデジスコ向きのスポットだ。
 そういえばジョウビタキのオスも久しぶりに撮れた。メスはこの前賢島で撮ったけど。

牧野ヶ池の鳥-5

 あ、ウグイスだ。今までさんざん声だけは聞いていて、撮れたのはこれが初めてだった。枝かぶりで写真としては駄目だけど、初物はなんにしても嬉しい。
 ウグイスは鳴き声の美しさに反して姿はいたって地味で目立たない。木の上できえりにさえずるというより、こういう草むらの中で虫などを探していることが多い。
 ウグイス嬢も、実物を見ない方が夢があるのと同じだ。

牧野ヶ池の鳥-6

 ダイサギ、コサギ、アオサギと一緒のところにいて、スリーショットを狙ったけど、一画面に収まるほど近づくことはなかった。大と小のツーショットだけなんとか捉えた。
 こうして並べてみると、体の大きさやクチバシが全然違うのが分かる。本人たちは相手のことをどう思ってるんだろう。同じ仲間という認識はあるのだろうか。でも交配するわけじゃないから、やっぱり別物と思っているのだろう。カモなんかはわりと節操がないところがあるのだけど。

牧野ヶ池の鳥-7

 こういう飛びものや動きがあるものは、デジスコよりもデジイチの方が圧倒的に有利だ。これだけ近いと、よけいにデジスコは取り回しが難しくなる。
 けど、さすがにデジスコ使いの人は慣れている。カワセミでもカモでも小鳥でも、素早くスコープに入れる。いったんフレームアウトしても数秒で入れ直す。50倍でそれをやるから、うーん、やるなとうなった。

牧野ヶ池の鳥-8

 あれ、カラスかな。いや、タカじゃないのって話になって、結局正体は分からなかったのだけど、タカっぽいという結論になった。ミサゴあたりじゃないかという。オオタカではなさそうだとも。
 かなり遠くて夕暮れ時のシルエットなので、写真を拡大しても全然分からない。ただ、牧野ヶ池はけっこうタカ類も出るようなので、注意して見上げていれば見られる可能性は高そうだ。

牧野ヶ池の鳥-9

 水上走り飛び。ときどきカモがこういう飛び方をする。どういう意味があるのだろう。ただ、バシャバシャ飛びたいだけか。
 これは何ガモかよく見えなかった。今日いたのは、オナガ、カルガモ、マガモあたりだった。コガモが1羽いて、ここでは珍しいんだそうだ。キンクロハジロはいたかどうか。今日は見えなかったけど、他ではあまり見ないヨシガモもいるとか。

牧野ヶ池の鳥-10

 エサやりの人が登場して、池はにわかに騒々しくなった。カモたちが一斉に集まり群がる。
 ここは鳥のエサやりの人がけっこういる。前にも何度か見かけたことがある。人間の食べるパンは高カロリーだから、あまり体にはよくなさそうだけど、そろそろ渡りの季節だから、よく食べて体力をつけておかないといけない。3月になればこの池もだんだんカモの数が減って寂しくなっていく。

牧野ヶ池の鳥-11

 これもお馴染みのオオバン。クチバシが赤と黄色のバンもいた。オオバンはクチバシと額が白いからすぐに区別がつく。オスとメスの区別はつかないけど。
 もぐり系としては、カイツブリもいた。カンムリカイツブリもいるらしい。
 なかなか見られないクイナもいるというので驚く。今日も午前中出てきたそうだ。このときは残念ながら見ることができなかった。ポイントを教えてもらったから、次の機会に狙ってみたい。

牧野ヶ池の鳥-12

 ミコアイサのメスがたくさんいた。5、6羽いただろうか。何故かオスの姿はなし。パンダたちはどこへ行っていたのだろう。離れたところにいたのか、どこか他に飛んでいっていたのか。普段はオスも5羽ほどいるそうだ。
 前から牧野ヶ池にはミコアイサがいると聞いていたけど、実際に見たのは初めてだ。ただ、やっぱり見るならオスを見たい。メスはパンダじゃないから。
 大きさの比較としては、近くにいるマガモと比べるとずいぶん小柄だというのが分かる。

 渡りのカモたちは、秋と春先にありがたみが増す。冬になるとそこにいるのが当たり前のようになってしまう。飛んできたばかりは歓迎ムードだし、去りゆく前は名残惜しさから大事に思う。季節でも、人と人との関係でも、そういうところは似ている。
 この冬シーズンはけっこう鳥を見たし撮った。花鳥園で鳥まみれになったというのは別にしても、あちこち行ったし、初顔も撮った。欲を言えば、なんとか春になる前にルリビタキをきっちり撮りたいというのがある。あと、木にとまっている猛禽も撮りたい。
 そうこうしていると、カモに代わってツバメなどの夏鳥などがやって来る。冬だけが鳥シーズンというわけじゃないから、これからも楽しみは続く。春の渡りは見に行けないだろうな。
 結局、猫も花もないまま、にわか探鳥会で日没を迎えることとなった。でも、収穫は多かったから上出来だ。ガイドさんたち、お世話になりました。また遊びに行きます。


見ず知らずの珍獣たちに地球生物の多様さを再認識した ---ノア<第5回>
2008年02月22日 (金) | 編集 |
ノアの珍獣-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 今日はノアシリーズ第5回<珍獣編>となる。このシリーズはちょっと飛びとびになっているけど、写真はまだあるから、ジャンル別にして順次出していきたい。
 珍獣こそノアの本領発揮ということで、見たことも聞いたこともないやつが次々に繰り出されてくる。名前を初めて聞くというものも多く、何の仲間かさえ分からないやつもいる。動物園で遠くから檻越しに見る動物を間近で見るとまた違った印象を受けるものだ。

 今日最初に紹介するのはナマケモノだ。
 ナマケモノは、ミユビナマケモノ科とフタユビナマケモノ科に分類されていて、全部で5種いる。ノアにいたのは動物園などにもよくいるフタユビナマケモノという種類のやつだった。南米のジャングルで暮らしている。
 ほとんど動かないけど、たまにブラブラ揺れたりはするから生きていることは分かる。本人に怠けてる自覚があるのかどうか、ぶらさがりっぱなしだから疲れそうな気もするけど、これが彼らにとっては一番楽な姿勢なのだろう。指の爪がすごい。
 怠けてるかどうかは別にして、ナマケモノは一日24時間のうち15時間ほどを寝て過ごす。でも逆に言うと、9時間は起きていることになるから、怠けっぱなしというわけでもない。起きているのは主に夜で、夜間は多少活発になり、木の上を移動しながら木の葉や果物などを少量食べる。
 食べたものはゆっくり消化して、フンなどは一週間に一度、木から下りて地面でする。それ以外は一生を通じてほぼ樹上で過ごす。
 極力カロリーを消費しないように無駄な動きはしない。いわば半分冬眠しているようなものだ。あまりにも動かないから、雨期には体に藻が生える。
 面白い特質として、ナマケモノはほ乳類には珍しく体温が変化する動物だということだ。暑いジャングルも夜には気温が下がるから、ナマケモノの体温も24度くらいまで下がる。日中は33度くらいまで上がる。
 ほとんど何もしてないようでいてしてることはしていて、年に一度子供を産む。出産も木にぶら下がったまましてしまう。やるときはやるのがナマケモノなのだ。こう見えても泳ぎが得意だったりもする。
 天敵はワシで、見つかると動きの遅い彼らはひとたまりもない。

ノアの珍獣-2

 こんな大型のサルまでいる。メキシコ、ボリビア、ブラジルなどの中米から南米にかけてのジャングルにいるジェフロイクモザルだ。
 体長は大きなもので60センチほど、体重は9キロになる。
 こんな大きなものはさすがに売り物じゃないだろうと思いきや、確か値段がついていたと思う。写真に写った値札をしっかり読み取れなかったのだけど、桁を数えたら7桁のように見える。誰がこんなもの飼えるんだ。室内飼いするには存在感がありすぎる。
 長い手足と、それと同じくらい長くて器用に使いこなすことができる尾っぽを持つ。ほとんど5本足といっていいくらいで、しっぽで枝を掴んだりして高いところでも平気で移動する。力も強く、子供はしっぽだけで母親にぶら下がったりもする。
 故郷のジャングルではオスが複数入った20〜30頭ほどの群れで暮らしていて、主に果物や植物などを食べている。
 買い手が見つからないまま、ここで一頭で過ごしているのはちょっと気の毒に思える。

ノアの珍獣-3

 これは前回も登場したコモンリズザルだろうか。
 リスザルは、コモンリズザルの他に、ボリビアリスザルやセアカリスザルがいる。
 かわいいからペットとして飼いたくなる気持ちも分かる。サルの中では飼いやすい種だといわれているけど、サルはサルだから犬猫のようにはいかない。
 よく見ると、口の周りが泥棒メイクだ。

ノアの珍獣-4

 これはまた違う種類のサルだ。何ザルかよく分からなかったけど、シロガオオマキザルあたりだろうか。違うかもしれない。
 サルの表情にはときどき憂いがあって、それが切なさを呼ぶ。故郷で暮らすのが一番なんだろうけど、向こうは向こうでだんだん住みづらい環境になっている。

ノアの珍獣-5

 たぶん、コモンマーモセットだと思う。
 ブラジルのジャングルにいる小型のサルだ。体長は20センチほどで、体重は300グラムくらいしかない。
 白い耳当て(房毛)が特徴で、尾は長くてシマシマ模様になっている。
 これも主な生活の場は樹上で、すばしこく動き回り、果物や昆虫などを食べている。ときには小動物も襲って食べる雑食性だ。
 乳やりはメスがやって、子育てやおんぶはオスがする。家事を分担する偉いサルなのだ。

ノアの珍獣-8

 確信はないけどショウガラゴだという前提で話を進めたい。
 ブッシュベビーの通称で知られるショウガラゴもまた、ガラゴ科に属する夜行性のサルだ。見た目サルっぽくないけど、原始的なサルの仲間だそうだ。
 セネガルからケニア、タンザニアあたりの西中央アフリカの森林などに生息していて、非常に俊敏な動きを見せるという。体重は300グラム以下と身軽で、後ろの二本足で立ち上がったり、木から木へ飛び移ったり、自分の体の10倍も飛び上がることができるという。
 食べ物は、昆虫や樹液、小動物などというから、見た目に似合わず凶暴なところがある。
 大きな耳とつぶらな瞳から、ヨーロッパではペットとしてよく飼われているそうだ。
 ブッシュベビー、森の赤ちゃんのあだ名は、鳴き声が人間の赤ん坊の声に似ているところからきている。

ノアの珍獣-7

 ハイラックスという名前のプレートを見て、サーフかよと突っ込んでいく人が後を絶たないハイラックス。車の名前はこいつから取っているんだろうか。たぶん違うと思うけど。
 ハイラックスなんて名前の生き物がいるなんて初めて知ったけど、イワダヌキ科イワダヌキ目で、他にお仲間はいないとのことだ。
 タヌキの仲間というのでもなく、ネズミやウサギとも違う。かつてはテンジクネズミの仲間と思われていて、研究が進んでそれも違うということで独立種になったという経緯があるようだ。
 足に蹄に似た扁爪があることから、ゾウ目やジュゴン目などの原始的な有蹄類と類縁関係があるとされる。
 中東やアフリカのサバンナなどに点在する岩場を隠れ家にして、30頭ほどの群れで暮らす。草食性で、朝夕はひなたぼっこをして体温を上げてから昼間活動するというトカゲのような生活を送っている。

ノアの珍獣-8

 エジプトマングースはお眠中。
 マングースというと、ハブとマングースの決闘を思い出す。今でもそんなものを呼び物にしているところがあるのだろうか。香嵐渓ヘビセンターが閉鎖して久しい。
 マングースはネコ目に属していて、ネコイタチと呼ばれることもある。マングース科には18属39種類がいて、アジア、アフリカ、ヨーロッパなどで広く生息している。
 日本ではハブ退治のために沖縄などに放たれたやつが野生化してしっかり定着してしまった。実際にはハブよりも違う動物を襲って食べてしまうことで問題になっている。夜行性だからハブと戦う必要がなく、もっと弱い動物を狙う方が楽だからだ。ちゃんと生態調べてから放そうよと今更言っても遅い。
 彼らは知能が高く、組織化されたギャング団のように巧妙な狩りをすることでも知られている。狩り役、見張り役、巣を守る役、若いやつに教育する役など、役割分担が決まっていて、石などの道具さえ使うという。

ノアの珍獣-9

 アラゲアルマジロ。漢字で書くとたぶん、荒毛なんだろうと思う。いや、粗毛か。よく見ると太くて黒い毛がまばらに生えている。ちょっとグロテスクだ。巨大なフナムシを思わせる。いずれにしてもアルマジロはあまりかわいい生き物ではない。アルマジロ好きには申し訳ないけど。
 こいつは南米のアルゼンチン、パラグアイ、ボリビアなどにいるやつで、開けた土地や民家に近いところにもいるそうだ。農地などに穴を掘って悪さをしたところを人間に捕まって、現地の人はこれを食ってしまうらしい。恐ろしい話だ。どう見て食べられそうにないのに。
 けっこう大きめで、体長40センチ、体重2キロくらいになる。
 こいつら自身は、昆虫とか他の動物の死骸の下にいる虫とかを食べる。
 これ以上アルマジロについては追求しない方がよさそうだ。

ノアの珍獣-10

 ハリネズミはハリネズミなんだろうけど、向こうを向いて寝ていて何ハリネズミかまでは分からなかった。ピグミーハリネズミあたりだろうか。
 ハリネズミは、オーストラリアとニューギニアをのぞく世界中に分布しているというのだけど、日本では馴染みが薄い。ペットとして飼っているという話もほとんど聞かない。欧米ではかなりポピュラーなペットだそうだ。
 全部で14種類くらいがいる。
 ハリネズミという名前でありながら、実はモグラの仲間だ。
 ハリは身を守るためで、5,000本くらい生えている。
 でもこれは敵から身を守るためであって、攻撃のための道具ではない。ペットとして優しく接しているとハリを立てることなくコミュニケーションが取れるという。
 長生きするものは10年も生きるというから、短命のハムスターなんかよりもペットとしては向いているかもしれなう。

ノアの珍獣-11

 キミは誰ですか?
 どんな動物か、全然分からない。犬でもなく、タヌキでもなく、キツネでもない。サルとも違うし、何の仲間なのかさえ見当がつかない。
 せっかく写真を撮ったから、ここに載せておこう。いつか判明するかもしれない。そのときは追記として説明をつけることにしよう。

ノアの珍獣-12

 たぶん、コモンツパイじゃないかなと。
 別名リスモドキとか、キネズミなどと呼ばれ、ネズミやリスの仲間のようでありながら実際はまったく別種で、ツパイ類として独立した生き物だ。昔はモグラの仲間とされていた。今ではサルの祖先に近いとされている。
 マレーシアやインドネシアなどのジャングルで家族単位で暮らしている。半分は樹上、半分は地上で、昆虫やミミズ、果物、木の芽などを食べている。
 水が好きで、水浴びしたり、水をよく飲んだりもする。
 大きさは20センチ、150グラムほど。
 夫婦の絆が強く、一緒に子育てをする。現地では森林伐採ですみかを追われているというから心配だ。

 というように、ノアには珍獣が満載なのであった。今日紹介したあたりは触れるようなものではないのだけど、間近で見ることができるのは新鮮な体験だ。まだまだ知らない生き物が地球上にはたくさんいることも思い知る。
 他ではなかなか見られないものもいるから、珍獣ファンは遠くても行く価値ありです。


よそ者が短時間垣間見た渋谷は尾崎豊ではなくコブクロが似合う街だった
2008年02月21日 (木) | 編集 |
渋谷の夜-1

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 何度も東京へ行っているのになんとなく行きそびれている場所がいくつかある。渋谷もその中の一つだった。訪れるのが遅すぎた感もある。尾崎豊が「Scrambling Rock'n'Roll」を歌ってからすでに23年近い歳月が流れた。
 Scrambl交差点では心を閉ざし解りあうことがない。と10代で歌った尾崎豊は、生きて40代になっていたら今頃どんな歌を歌っていただろう。彼がこの世を去ってから、もう15年以上になる。
 2008年の渋谷に、もはやあの頃の熱や感傷はない。きらびやかで乾いているのは同じだとしても、乾きの質が違ってきているように思う。一番変わったのは、私たちは幼いまま若さを失い、昔みたいに無邪気でいられなくなったところかもしれない。渋谷という街が持つエネルギーもまた、変容し続けているのだろう。
 尾崎豊がうろつき駆け回っていた渋谷は、今はもうない。

渋谷の夜-2

 109、パルコ、センター街、道玄坂。表参道に代官山、恵比寿、原宿。代々木公園、明治神宮、甲州街道。ファッションと商業の街、ビジネス街やオフィス街、住宅街などが複雑に入り組んだ多彩な顔を持つ渋谷という街は、空襲の後の戦後復興で大きく様変わりした。
 終戦からほんの10年、昭和30年代には早くも高層ビルが続々と建設され始め、商業地区とオフィス街が両輪の用に発達していった。中でも東急の進出が果たした役割は大きかった。昭和29年に東急会館ができ、昭和31年に東急文化会館が建てられると、渋谷は東急の街として発展していくことになる。
 昭和39年の東京オリンピックを契機に、道路や鉄道網が整備され、街並みは大きく変貌を遂げる。渋谷は新宿、池袋と共に早くから副都心化が進められた街だった。
 昭和40年代は、東急対西武という図式になっていく。昭和43年に西武百貨店ができると、昭和48年にはパルコ、ロフトと続き、それに対して東急は109、東急ハンズで対抗した。
 渋谷駅、原宿を中心に若者の街としての色合いを強めていったのは、昭和50年代のことだ。原宿の歩行者天国では竹の子族が踊り、渋カジと呼ばれるファッションも記憶に新しい。尾崎豊が青山学院に通いながら青春時代を過ごしていたのもこの頃だ。
 平成になってからの渋谷はどうなのだろう。Bunkamuraができたのが平成元年。それ以降も休みなく変わり続けているのだろうけど、何がどう変わったのかは見えてこない。平成ももう20年になるというのに、この時代は形容が難しい。時代の色や肌触りのようなものは、ずっとあとにならないと分からないものかもしれない。
 歴史をずっとさかのぼれば、この土地は海に浮かぶ島だった。それでも早くから縄文人が住んでいたことが分かっている。先史時代の遺跡が30ヶ所以上見つかっていて一部は保存されているし、初期の古墳跡からはたくさんの遺物や人骨などが発見されている。
 奈良、平安時代はうち捨てられた土地となってほとんど人が住んでいなかったようだ。平安末期になって武家が台頭してくると、源氏の一派が移り住むようになる。
 鎌倉から室町、戦国時代にかけては地方豪族の支配下にあったとされる。鎌倉街道も通るようになっていた。
 江戸時代になるとこのあたりは幕府の直轄地となり、移り住む人も増え、少しずつ賑やかになっていく。武家屋敷が点在し、原宿あたりは早くから開けていった。
 明治時代は、住宅街として発展する。明治17年に山手線が開通し、東京市電、玉川電鉄と連絡したことで住むのに便利な街となった。昭和に入っても、東横線、帝都電鉄、地下鉄の東京高速鉄道が開通し、ますます交通の便がよくなっていく。

渋谷の夜-4

 話は現代に戻る。
 人が賑わう駅前に、緑色の電車が置かれている。かなり唐突な印象を受けるけど、これは何なんだ。待ち合わせの新たなスポットか。
 帰ってきてから調べてみると、昭和29年に製造された通称アオガエルと呼ばれた電車で、ここにモニュメント兼待ち合わせ場所として置かれることになったんだそうだ。2006年というから最近のことだ。
 ただ置かれているだけではなく、中に入ることもできるようで、寒い日などは待ち合わせの人がこの中にたくさん入って満員電車のようになっているとか。なるほど、そういう使い道もあったか。内装はほぼ当時のままというから、電車好きにはたまらない。頼んでもいないのに一人でアナウンスや出発の合図などをしている人もいそうだ。
 この写真は、渋谷の動と静が表現された写真になったと思う。目的地に向かう人と、誰かを待つ人と、そのコントラストが渋谷らしさの特質の一つだ。

渋谷の夜-5

 何気なく撮ったスナップは、いかにも東京というワンシーンになった。地方のどの街でも同じ光景はある。でも、東京には独特の孤独の空気感が支配している。あんなにも無数の人が行き交っているのに、友達同士、恋人同士が楽しそうにしていても、どこか孤独の影が見え隠れする。それは必ずしも悪いことではないけれど。

渋谷の夜-6

 私が抱く渋谷のイメージは、この写真のようだ。夜なのに明るすぎてノイジーで、混沌としたエネルギーが小さく弾けて不協和音が街全体を包み込んでいる。その中に自分が入ってしまえば大音響の音楽の中のように感覚が麻痺してしまい、客観的な場所に身を置くとざわめきが落ち着かない。
 闇には孤独と夢を織りまぜ おびえた心のアクセルふかしても 街からは逃げられやしねえよ、と尾崎豊は歌った。
 ここに集まってくる誰もがみんな自分自身で、他人に対して無関心であることで心地よさを感じているようだ。東京生まれも地方出身者も、みんなここでは主役であり訪問者でもある。渋谷は若者の街だなどという単純な縛りではこの街は捉えきれない。もっと多様で、微妙なバランスを保っている。
 この街は、他のどの街にも似ていない。

 ハチ公が主人の上野英三郎教授の帰りを待っていた頃の渋谷はどんな風景だったのだろう。1925年といえばまだ戦前だ。戦後とはまったく違う、のどかな駅前だっただろう。
 主人の急逝後、ハチはいろいろな家をたらい回しにされている。預けられた先で悪さをしたり畑を荒らしたり、ハチがもとで住人同士のいさかいが起こったりしたからだ。
 ハチが渋谷駅でたびたび見られるようになったのは、預けられた先が駅の近くで、かつてここまで主人を出迎えていたからだった。最初はどこの野良犬だということでいじめられたりもしたそうだ。それをあわれに思った斉藤弘吉という人がハチのことを新聞に投書して、それで世間一般に知られるようになり、それ以来みんなに大事にされるようになったという。
 1935年、普段は行かない渋谷川の稲荷橋付近の路地で死んでいるのが発見された。死因はフィラリアで、13歳だった。葬儀は盛大に行われたという。
 銅像が造られたのは1934年で、そのときはまだハチは生きていた。ハチも銅像の除幕式に参列している。
 第二次大戦でハチの銅像は戦争のため持っていかれて、現在のものは戦後の1948年に作られた二代目だ。1989年の渋谷駅拡張工事で場所も向いてる方角も変わった。駅前広場の中央に位置しているイメージがあったのに、こんな端っこの方に追いやられているのを見てちょっと意外な気がしたのはそういうことだったのか。

 私の中にある渋谷は、尾崎豊とわかちがたく結びついている。たとえば、「街の風景」などは渋谷の街を強く思わせる。
 けど、あれから時は流れ、この街に合う音楽も変わった。21世紀、平成20年の今、私が思う渋谷のテーマソングは、コブクロの「蕾」だ。あの時代の激しさは失われて、少し優しい曲が似合うようになったと思う。
 今日の記事は、コブクロの「蕾」をBGMに流したかった。もしよければ、曲を流しながら写真を見てみてください。


20万40万80万、インコって高いんだと思い知るの巻 ---ノア<第4回>
2008年02月20日 (水) | 編集 |
ノアの鳥たち-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 今日はインナーシティズー・ノアのシリーズ4回目、鳥編をお送りします。
 珍獣にばかり目がいきがちの中、鳥の充実ぶりも見逃せない。お値段もまた充実度満点だ。数万円程度で買えるものはほとんどなく、コキサカオウムの税込み84万円にはのけぞった。20万、40万は当たり前の世界がここにある。鳥のラインナップもまた、珍獣ならぬ珍鳥揃いなのであった。

 まずは雄叫びを上げるミミズクから。これは確か、掛川花鳥園でフクロウショーに出ていたのと同じベンガルワシミミズクだったと思う。
 クチバシは小さいからおちょぼ口のように思わせて、実は口を開けるとその本性が表れる。大きなこの口でネズミや小鳥などを丸呑みにしてしまう。物静かで凶暴という、一番タチが悪いパターンだ。夜の森で小動物たちにとってフクロウほど恐いものはいない。音もなく飛んで近づいて恐怖を感じる間もなく狩られてしまう。
 ペットショップでは視界に入る範囲にたくさんの獲物がいるけど、ミミズクはどう思ってるんだろう。夜になるとあいつら襲って食いてえとか思ってるんだろうか。それとも、人にメシをもらえればそういう衝動は徐々に薄らいでいくものなのか。

ノアの鳥たち-2

 派手な大型インコの代表といえるハルクインコンゴウインコがここにもいた。
 赤、青、黄色、緑、白、黒と、これだけいろんな色を使ってデザインとして破綻してないところが自然のすごさだ。
 いや、これは厳密には自然のインコとはいえるかどうか。もともとはベニコンゴウインコとルリコンゴウインコの交配種だから、純粋種とはいえないのかもしれない。といっても人の手で品種改良をされたとかではなく、アマゾン川の流域に暮らす野生種ではある。
 体長は90センチにもなり、よく人に慣れて言葉も覚える。
 これくらいの大型インコになると寿命も長く、だいたい50年は生きる。飼育下で100年生きた例もあるそうだ。

ノアの鳥たち-3

 今回は名前のメモ撮りをだいたいしたつもりだったけど、これは忘れていたようだ。中にはプレートがついてないやつもあったから、これもそうだったかもしれない。
 ノアのサイトにも鳥の紹介コーナーはあるものの、売り物だからどんどんメンバーが入れ替わっていって、そこまでのフォローができていない。ソールドアウトになったものも多い。こういう高いインコの愛好家もけっこういるもんなんだ。逃げられたりしたら泣いてしまうだろう。

ノアの鳥たち-4

 名前がかわいいキバタン。ノリコという名前の子がのんたんと呼ばれてしまうみたいだ。ギバちゃんの顔を思い出すと一気にかわいくなくなるけど。
 オーストラリアやタスマニアにいるオウムで、体長は50センチくらいになる。
 こいつもやっぱり長生きで、平均で50年、長いと100年生きるという。大きなノッポの古時計でも100年経ったら動かないのに、オウムはまだ動いてるとは。飼うと決めたら相当な覚悟で飼わないといけない。下手したら親子三代で世話しなければならないということになる。100年も生きれば、そりゃあ人の言葉も覚えようってなもんだ。
 オスメスの見分け方は瞳の色で、オスは黒色でメスは赤褐色なんだそうだ。ということは、写真のものはオスということになるだろうか。色の違いは微妙らしいけど。
 キバタンというのは、頭の黄色い冠毛からきていて、いわゆるバタンの一種だ。他にもオオバタン、コバタンなどがいる。そういえば、中学のときのクラスメイトの小林君はコバタンと呼ばれていたっけ。キバタンの中にもオーストラリアキバタン、ホクゴウキバタン、アオメキバタン、アールーキバタン、オオアオメキバタンなどの亜種がいるそうだから、見分けるのは困難だ。
 日本には江戸時代に入ってきていたようで、こいつを飼っていたお殿様とかもいたのかもしれない。

ノアの鳥たち-5

 バタンの仲間であるコバタンの亜種にあたるコキサカオウム。84万円。上のキバタンとほとんど一緒じゃないかと思うんだけど、レア度の違いが値段の違いとなっているらしい。
 オレンジ色の冠羽が名前の由来で、頬もオレンジ色にほんのり染まるのが特徴だ。
 原産は小スンダ諸島。って、どこだろう。世界地図を見たけど見つからない。それもそのはず、小スンダ諸島ってのはインドネシアのヌサ・トウンガラあたりのことで、バリ島もその中に入っているとかなんとか。今ひとつよく分かってない。スマトラとジャワのことを大スンダと呼ぶらしい。
 この地域の地理については、私の頭の中ではほとんど白地図に近い。ユーラシア大陸からアフリカ、北米アメリカくらいはだいたい分かってるつもりだけど、東南アジア方面はまったくもって弱い。近いうちに一度勉強しなくてはいけない。このブログのネタになるようなものが東南アジア関連で何かあるといいのだけど。

ノアの鳥たち-6

 オオハナインコは、花鳥園にもいて、このブログでも前に登場している。大きなクチバシを大きな鼻に見立てて名づけられた。ただし、和名では大花の字が当てられている。大鼻ではちょっと気の毒に思ったのだろうか。
 写真はメスで、オスは同じ鳥とは思えないほどカラーリングが違うというのも前に書いたと思う。オスは緑色の体をしている。
 ニューギニア出身で、こいつらも軽く40-50年生きるそうだ。数十万円といっても寿命で割れば安いものなのかもしれない。コキサカオウムの84万だって、50年ローンと思えば高くない。
 ちなみに、インコとオウムの違いは、一般的に冠羽のあるなしということになっている。冠羽があればオウムで、なければインコというように。一部例外はあるものの、体の大きさで区別されているわけではない。なんとなく大きいものがオウムで小さいものがインコだと思い込んでいるところがあるけど、それは間違いだ。
 ワシとタカの違いはもっと曖昧で、体の大きめのやつをワシ、小さめのものをタカと呼んでいる。両者は基本的に同じ種類で根本的な違いはない。

ノアの鳥たち-7

 ちょっと普通っぽいインコを見て、ホッとするような物足りないような。大型インコと比べると見劣りしてしまうけど、現実的に買える小鳥となるとこのあたりになるだろう。
 これも名前は分からなかった。値段はそれなりにしそうだ。子供の頃、バザーで買ったセキセイインコのつがいは500円くらいだっただろうか。

ノアの鳥たち-8

 動物園などでもお馴染みのワライカワセミ。これは一般の知名度も高い。ケケケケケケとけたたましい声の鳴き声が人の笑い声のようだ。
 オーストラリアを代表する鳥のひとつと言っていいだろう。住宅街にも現れて、朝っぱらに大声で鳴くそうだ。日本でいうところのニワトリのようなものか。ノアの中でも大声で笑っていた。実際は威嚇や縄張りを誇示するために鳴くといわれている。何か面白いことがあって笑っているわけではない。
 日本のカワセミも水中の魚をとらえるハンター能力が高いけど、ワライカワセミは地上の獲物を狙う。昆虫やネズミ、ときにはヘビさえ食べるという。

ノアの鳥たち-9

 ワライカワセミが笑い声なら、こちらは笑い顔で勝負のメンフクロウ。別に笑ってるという自覚はないと思うけど。
 この顔を見ると優しい気持ちになる。起きたときのパッチリ目もかわいいけど、やっぱりこいつは寝顔がキュートだ。

ノアの鳥たち-10

 このヒナフクロウは初めて見るフクロウだ。花鳥園にもいなかった。アフリカヒナフクロウというのはいたけど、顔が違うから別のヒナフクロウなのだろう。世界には、アフリカヒナフクロウの他にもナンベイヒナフクロウ、シロクロヒナフクロウ、クロオビヒナフクロウ、アカオビヒナフクロウと5種類のヒナフクロウがいるそうだ。こいつはその中のどれかだろう。プレートにはヒナフクロウとしか書いてなかった。
 大人になってもヒナみたいな顔をしてるからヒナフクロウ。見た目は子供でも頭脳は大人の猛禽なのだ。

ノアの鳥たち-11

 こいつは名前がなくて分からなかった。日本のキジとかヤマドリとかに似てるから、その仲間だろうか。外国のキジかもしれない。
 頭の後ろの模様がすごい。

ノアの鳥たち-12

 最後はハリーポッターでお馴染みになったシロフクロウだ。あれ以来飼う人が増えたというのもありがちな話として納得できる。
 北極圏のツンドラ地帯で暮らすフクロウだから、日本での飼育には向かない。夏場は暑さでハァハァしてしまうから、エアコンで冷え切った部屋に入れてあげないと持たない。
 寒さに耐え忍ぶために、全身がフカフカの毛に覆われている。足の指まで毛むくじゃらなのはこのフクロウくらいだ。全身の毛を刈ってしまったら、こいつはひどく貧相な体になるに違いない。
 夜行性ではなく、昼間も活発に活動するフクロウとしても知られている。北極圏の夏は夜がない白夜だからそうなったといわれている。
 自殺するネズミとして有名なレミングを主食としていて、レミングが大量発生するときシロフクロウも増える。レミングが少ないとエサを求めて南下してくる。ごくまれに北海道にまで下りてくることもあるそうだ。
 フクロウが笑ったような顔になったときは気をつけた方がいい。あれは笑顔を振りまいてるわけではなく威嚇しているときだからだ。その顔は、竹中直人の往年のギャグ「笑いながら怒る人」を思い出させる。

 他にもいろいろな鳥がいて、特にスミインコやキバネインコなどは指を出すとじゃれてくれてかわいかったので紹介したかったのだけど、写真は上手く撮れてなかった。大型インコは指を差し出すと噛まれそうで恐い。小さいやつはカジカジしてくれてこそばゆ気持ちいい。エサはがやれないのは少し残念だけど、金網越しながら触れ合い体験ができる。どれも高くて気軽に買えるようなものではないから、店の中で遊んでもらうのがよさそうだ。
 鳥好きの人も楽しめるので、その点でもノアをオススメします。


白いヤツは人知れずローカルな池で量産型になっていた
2008年02月19日 (火) | 編集 |
ミコアイサ-1

OLYMPUS E-510+Super Takumar 300mm f4



 ひょっとしたら今年は来ているかもしれない。おととし初めての遭遇に興奮し、去年はついに再会を果たせなかった白いヤツ。今年も一度は空振りに終わった。でも今度こそ。
 淡い期待を抱いて向かった近所の雨池。あ、あれはもしかして!? 白いゴミが浮いてるだけ? いやいや、間違いない、白いヤツだ。静かに近づいて確認してみると、紛れもなくミコアイサのオスがそこに浮いていた。おー、やったね。ホントにいたんだ。よかった。
 ここ数年の雨池は、夏場に浮き草が大量発生して水面が見えないくらいになっていたから、生態系が崩れてしまったのではないかと心配していた。光が入らずに水中の生物にも悪影響が出てしまったんじゃないかと。秋になって水温が下がると浮き草は枯れてしまったけど、もうミコアイサは戻ってこないのではないかと半ばあきらめていた。それがまた戻ってくれたとは嬉しい限りだ。それにしてもどうしてもミコアイサはこの池を選ぶのだろう。
 ユーラシア大陸北部で繁殖した彼らは、冬になると暖かさを求めて南へ下る。日本には冬にやって来て越冬していく。北海道では一部が繁殖するそうだ。
 その数は他のカモと違ってかなり少ない。少し古い調査資料によると、シーズン中に確認できたのは日本全国で2,500羽ほどだったそうだ。それが何故、こんな無名の小さな池を選ぶのか、その理由がよく分からない。他にもカモがたくさん集まる池はいくらでもあるのに。名古屋では牧野ヶ池が有名で、尾張旭の森林公園にもいるらしい。けど、そうめったに見られるものではなく、一般的な知名度はかなり低い。実物を見たことがある人はほとんどいないんじゃないかと思う。もちろん、鳥の人は別にしてだ。
 雨池での報告例は数年前からちょくちょくあるにはあった。ただ、今回更に驚いたのがその数だ。ざっと見たところ、8羽は確実にいた。もしかしたらもう少しいたかもしれない。こんなに一度に見たのは私も初めてだ。おととしは2羽か3羽くらいだった。
 雨池は他のカモには人気がないところだから、ミコアイサにとっては静かに過ごせていい環境なのだろうか。

ミコアイサ-2

 かなり用心深い鳥で、なかなか接近させてくれない。池のちょうど中央付近にいることが多くて、少しでも距離を詰めるとさりげなくすーっと遠ざかっていく。露骨に飛んだり逃げたりはしない。でも、しっかりこちらを見ていて、距離をしっかり保とうとする。
 フォーサーズの2倍換算600mmレンズでもここまで近づくのがやっとだった。できればデジスコを使いたいところだけど、この池で鳥撮りをしている人は皆無なので、持っていても撮れるかどうか自信が持てない。周回コースをたくさんの人が歩いたり走ったり犬の散歩をしたりしているから、写真を撮ってるだけでかなり恥ずかしい思いをするのに。何撮ってるんだこの人みたいな目で見られまくる。鳥に姿を悟られないようにする前に、通行人から身を隠したいくらいだ。迷彩のテントに潜んで鳥撮りなんてしてたら通報されてしまうだろう。

ミコアイサ-3

 まったくアップ写真が撮れなかったんで、少しトリミングした。
 これくらい大きく見えれば、このカモがパンダガモと呼ばれるゆえんが分かってもらえるだろう。白黒ツートンの姿は、鳥の人の間ではパンダガモの方が通りがいい。
 これはオスで、メスはもっと地味な姿をしている。下の写真がそうだ。ただ、冬の始めに渡ってきたばかりの頃は、オスもメスと同じような姿をしているから見分けが難しい。冬が深まるにつれて白黒の羽に生えかわっていく。

ミコアイサ-4

 ミコアイサの魅力はなんといっても白黒のオスなので、メスのことはついおそろかになりがちだ。オスにばかり目がいって、メスを撮るのを忘れていた。帰ってきてから写真を確認したところ、まともに撮れてるメス写真が一枚もなかった。ありがちなことだ。
 手ぶれ写真の中からなんとか救い出したのが上の一枚だ。ちょっとボケていて分かりづらいけど、一番左がメスになる。
 ミコアイサは通常女性上位でメスの数の方が多いというのだけど、雨池の場合は逆になっていた。オスが7羽くらいでメスが1羽か2羽という比率だった。
 普通のカモとは逆に、ミコアイサはメスが先に渡ってきて、遅れてオスがやってくる。そして、オスが先に帰って行って、あとからメスが渡っていく。メスの方にいろいろな決定権があるのかもしれない。日本では小さな群れで行動する。
 体長は40センチちょっとで、ミコアイサの名前は、白い姿を巫女に見立ててつけられた。アイサの意味はいくつかの説があって、秋が去った頃に飛んでくるところから来ているというのが一般的な解釈だ。
 他のカモと違って、ほとんど鳴かないというのも一つの特徴となっている。まれにククッと小さく鳴くらしい。
 他に仲間はおらず、この一種でカモ目カモ科ミコアイサ属を形成する。
 潜水ガモで、甲殻類や貝、魚などを食べる動物性だ。長く潜水することができて、潜水範囲も広い。いったん潜ると思いがけないほど遠くで顔を出す。

ミコアイサ-5

 今回は曇り空の日没前ということで、光の少ない暗めの写真になってしまった。せめて最後に映り込みの彩りがある写真を載せておこう。
 ミコアイサが渡っていく3月まであとひと月。それまでにもう一度撮りに行きたいと思っている。次はもっと条件のいいときを選ぼう。そのときもいてくれるだろうか。まったくいないときもあるというから、どこか他にも飛んでいっているようだ。運が良くないと会えないのは残念ではあるけど、会えたときの喜びも大きい。
 近くの方は一度見にいってみてください。白いヤツは意外なところに出没するのです。


地図を持たずに飛び出して着地点を見失って胴体着陸サンデー
2008年02月17日 (日) | 編集 |
胴体着陸サンデー

Canon EOS 20D+EF50mm F1.8 II



 こんばんは。設計図を持たない料理人のオオタです。
 今日のサンデー料理は最初からイメージ不足だった。旅行に行こうと思い立ったはいいけど行き先が決まらないままとりあえず家を出てしまったときみたいで、ヨーロッパへ行こうか中国へ行こうかやっぱり引き返そうか、フラフラとよろめいて結局着地点が見いだせないまま公海上に胴体着陸したような料理になってしまった。イテテテ、腹打ちした。
 当初は洋食と中華の融合みたいなことを考えていたのだけど、作っているうちにどんどん予定からずれていって、最終的にはまたもや無国籍料理となった。洋食でもなく、中華でもなく、ましてや和食でもない。一般家庭の料理とも違う。自分でも何を作ったのかよく分からない始末だ。明日、何かの間違いで逮捕されて、取り調べで夕べは何をしていたんだと訊かれて、料理をしてましたと答え、何を作ったんだと畳みかけられると口ごもってしまって悪い心証を与えてしまいそう。えーと、肉団子じゃないんだけど白身魚の揚げ物風というか、デミグラスソース崩れのトマトソースのナスと卵かけみたいな、抹茶入り豆腐の失敗作とかです、なんて言ってもすごく嘘っぽくて説得力がない。貴様、いい加減なことを言うなとか怒鳴られて机を叩かれてキューっとなってしまう。あらぬ疑いをかけられないためにも、せめて名前のある料理を作りたい。
 名前はないけどとりあえずどんな材料でどんな料理を作ったかだけは書いておきたい。その説明書きをもって私のアリバイに代えさせていただきます。

 まずは左手前から。基本は豆腐だ。これを緑色にしてやろうと思いついたのが運の尽き。はっきり言ってこれは失敗だった。もう一度作ることはないだろう。
 緑豆腐にするために抹茶を入れるというアイディアは間違ってなかったのかもしれない。ただ、その分量が多すぎた。やけに渋い味になって、薬膳料理のようだった。もっと抹茶の量を減らして、渋みに負けないくらい強いソースをかければよかったのだろうか。
 木綿豆腐をレンジで水切りして、長ネギ、エビ、小麦粉、パン粉、抹茶、しょう油、酒、みりん、塩、コショウをよく混ぜる。
 それをラップに包んで四角形にして、レンジで裏表3、4分くらいずつ加熱する。そのままラップの中で蒸しておく。
 あとは、それに青のり、カレー粉、一味、塩、黒コショウ、ゆで卵の黄身を振りかけて完成となる。
 苦みと辛みが複雑に絡み合って、得も言われぬ味わいだ。今更だけど、もう少しなんとかならなかったものか。単純にしょう油をかけてしまっては面白くない。スープ仕立てにもできないし、何かこれに合うソースがあるようなないような。やっぱり緑色の豆腐にするというのはアイディア倒れだったのか。

 右手前は一見オムレツに見えるけど、そうでもない。卵の下には焼きナスと焼きトマトが隠れている。メイン食材はその二つだ。
 ナスは輪切りにして水にさらしてアクを抜いて、塩、コショウしてオリーブオイルで焼く。トマトも輪切りにして塩を振って焼きを入れる。あと、白ワインを振ったりしてみる。
 溶き卵に牛乳、とろけるチーズ、塩、コショウを混ぜて、フワフワの半熟状にして、それをナスとトマトの上に乗せる。ここまでは簡単。手間暇かかるのはソースだ。
 刻んだタマネギ、ニンジン、鶏肉、エビをオリーブオイルで炒めて、赤ワインをたっぷり注ぎ込む。アルコールを飛ばしたら、ざく切りしたトマトを加え、バター、小麦粉、ケチャップ、しょう油、塩、コショウ、一味、砂糖、コンソメの素で味付けをする。途中で水を足しつつ、味付けを加えてクツクツと2時間ほど煮込んでいく。
 こうしてピリ辛でまろやかで深みのあるソースが完成する。ややデミグラスソース寄りのトマトソースといった感じだろうか。このソースはコロッケなどにも使えるし、そのまま飲んでも美味しい。

 奥のものは、最初の設計図から一番大きく違ってしまったものだ。最初は白身魚を団子にして、あんかけ肉団子風にしようと思っていたのに、完成型はピカタ揚げのようになってしまった。
 肉ではなく白身魚のタラを使う。皮を取って細かく刻み、タマネギ、卵、パン粉、小麦粉、塩、コショウ、しょう油を混ぜて、ある程度練り込む。ただ、肉ではないので団子状にはならない。なので、スプーンですくって、フライパンで揚げ焼きにする。面倒じゃなければちゃんと揚げた方がいいかもしれない。
 そこにしめじを加えて、とろみをつけたタレを絡めて炒める。タレは、しょう油、酒、みりん、めんつゆ、塩、コショウ、一味、ラー油を混ぜてひと煮立ちさせ、水溶きカタクリ粉でとろみをつけた。

 食べる側としては、まずまず満足度の高いサンデーではあった。食べて美味しければそれが何料理であろうとそんなに大きな問題ではない。豆腐さえ足を引っ張らなければ申し分ない夕飯だった。
 作り手の側からすると、時間がかかったわりにはそれに見合うだけの成功を収めることができなかったのが悔しいところだ。当初のイメージから大きく逸脱してしまったのもマイナスポイントだった。頭の中のぼんやりした完成図としては、中華風味付けで見た目は洋食の洒落た料理になるはずだった。赤いトマトソースの浅瀬の中央にオムレツ風の具材が山になって、そこにふわっと繊細に卵が乗っていて、豆腐はカラフルな絵のようで、団子は丸いボールに黄金色のソースが上品にかかっている図が頭の中にあった。どこでどう間違えるとこんなことになってしまうのか。私の場合、調理に入る前に、料理の完成図の絵を描くところから始めた方がよさそうだ。
 味が美味しいのは前提条件として、見た目も同じくらい大事なのが趣味としての料理だ。味と見た目は両輪で、どちらかが遅れたり先走ったりすれば料理は真っ直ぐに進まない。料理人自身がどっちへ曲がるか分からなければ目的地に着けるはずもない。今の私の料理人としてのレベルは、教習所の第1段階の後半で落ちまくっているおばちゃんドライバーくらいだと思っておいた方がいい。まだ仮免ももらえない。このまま路上に出るのは危険だ。
 それでも独学でなんとかここまで来た。あとは自分の中でしっかりしたイメージを作ることと、それに近づけることが課題となる。料理の上手い下手は、作る前の段階で決まっていると言っても言い過ぎではない。完成図さえ頭の中に描ければ、あとはそれを実現させるだけで、技術はあとからついてくる。
 いつか私も、地図を持たない放浪の料理人から脱して、地に足の着いた料理人になりたいと思う日曜日の夜であった。


冷蔵庫よりも寒い雪の岩屋堂で今年もセリバオウレン撮りの難しさを思う
2008年02月16日 (土) | 編集 |
2月の岩屋堂-1

Nikon D100+TAMRON SP 90mm f2.8 / SIGMA 17-70mm f2.8-4 / SIGMA 55-200mm F4-5.6



 2月の岩屋堂は冷蔵庫の中よりも寒い。これは比喩ではなく本当だ。瀬戸の冷蔵庫の異名はダテじゃない。冬晴れの名古屋を出発して車で30分走って岩屋堂に着くと、そこは雪が舞い散る白銀の世界だった。ウソみたいだけどホントだ。岩屋堂、恐るべし。
 そんな寒い中にノコノコ出向いていくには理由がある。冷蔵庫に入っている肉や野菜の気持ちが知りたくて行くわけではない。2月の岩屋堂にはセリバオウレンが咲くからだ。去年初めての出会いを果たして、今年はもう一度会いに行ってきた。これをもって早春の野草シーズン開幕とするために。

 それにしてもこの日はコンディションが悪かった。日没前の曇天という悪コンディションに加えて雪が舞うという状況で、普通なら出直すところだ。けど、岩屋堂に入って初めてそんなふうになったわけで、その直前までは太陽も出ていたから、そこまで行って引き返すわけにもいかない。
 ただでさえ難しい被写体のセリバオウレンなのに、光の支援を受けられないとなると、今の私の力ではいい写真は望めなかった。去年も力不足で悔しい思いをしたけど、今年ももどかしい思いが残ったのだった。
 撮る前のイメージがどうにも作れない。この花は、上手い人とそうじゃない人との差がはっきり出る被写体だ。これを上手に撮れれば野草写真愛好家としては一人前と言えるだろう。絵作りのセンスが問われる。レンズパワーだけでは押し切れない難しさがある。

2月の岩屋堂-2

 咲いている場所さえ見つけられれば、ぼこぼこ咲いている。1センチほどの白い花で、立っている視点では分かりづらいけど、視点を低くするとたくさん咲いていることに気づく。あっちにもこっちにも無造作に散らばって群生している。咲いている場所は日本全国でも非常に限られているのに、あるところにはあるものだ。ありがたみがないほど咲いていて、知識がなければ雑草と変わらない。
 この花の魅力は、なんといっても接近して見てみて初めて分かる。白い花火が弾けるような可憐さは、早春の妖精と呼ぶのにふさわしい。マクロの世界でのぞき見たとき、人はこの花の美しさに魅せられる。

2月の岩屋堂-3

 今回一つ持っていたアイディアとして、広角マクロで撮るというのがあった。通常のマクロ撮影は、90mmなどで接近して大写しにするというものだけど、28mmなどの広角で被写体に近づいて周りの風景も同時に写し込むというのが広角マクロだ。
 これをやるためにマクロに特化した広角レンズであるSIGMAの17-70mmを持っていった。Nikonなら35mm換算で25.5mmの広角マクロ写真になる。それが上の写真だ。
 うーん、ちょっとイメージと違うな。画角や構図としてはこんなものなんだろうけど、背景がよくない。広角だからf2.8で撮ってもバックのボケが雑然としてしまう。もっと面白いものが写る状況なら絞って奥までピントを合わせるという手もありなんだろうけど。
 ここでは背景としては枯れ草か木の幹かそんなものしか選べないから、広角マクロはあまり向かないかもしれない。雪が積もっているときなら、白バックに白い花というのが絵になっただろう。光があるときなら逆光で狙えば面白い写真になっただろうか。

2月の岩屋堂-4

 通常のマクロ撮影ではこんなふうになる。タムロン90mmの等倍撮影は、被写界深度が薄くてピント合わせがとても難しい。これもしっかり合ってない。この場所では三脚はまったく役に立たないから、安定させるためには地面に肘を立てる姿勢くらいしか選べない。それでもブレとボケは防ぎきれない。せめて光のあるときならシャッタースピードが稼げたけど、このときは感度を上げてもスローシャッターという厳しい条件だった。
 これは背景にきれいな色を持ってこられたから、それなりの写真になった。背景って大事なのだ。グラビアアイドルがわざわざサイパンやグァムへ撮影に行くのは、いい背景を求めてのことだ。背景なんてなんでもよければ、お台場でも九十九里浜でもどこでもいい。

2月の岩屋堂-5

 普通にマクロ撮影するとこんな感じになる。この写真にセリバオウレンの被写体としての難しさがよく表れている。
 花の咲く向きが自分勝手にバラバラで、奥行きもあるから、構図を決めるときに思い通りにならないのだ。どの花をどこに持ってきて、どこにピント合わせてどこをボケさせるかと考えたとき、すべてをコントロールするのはとても困難だ。結果的にいろいろな角度から何枚も撮っておいて、PCで見ていいのを選ぶしかないということになる。絞ってピントの深さを稼ぐと、今度は背景がガチャガチャとうるさくなる。
 やっぱりセリバオウレンは難しい。今年もその思いが深まった。家からもう少し近ければ何日か通って練習を重ねたいところだ。また来年となるとそれまた気の長い話になる。

2月の岩屋堂-6

 ブレボケ写真も使えるものは使おう。無条件に捨ててしまうのはもったいない。少し加工してイメージ画像のように仕上げれば、それはそれで写真として成立する場合もある。
 何事もそうだけど、写真の場合も失敗の中に成功のヒントがある。ありきたりから一歩抜け出すためには何かの工夫が必要で、それはときに失敗から偶然得られたりするものだ。露出のオーバーやアンダーも、自分の中にイメージがあれば意識的にそちらへ持っていくことも一つの表現となる。

2月の岩屋堂-7

 日没が近づいてセリバオウレン撮影も厳しくなった。少しでも明るさが残っているうちに岩屋堂をちょっと散策することにする。
 このときこの場所で、すぐ目の前にルリビタキのオスが現れた。あわてて撮ろうとしたのだけど、暗くなっていて撮れなかったのは残念だった。
 名古屋に雪が降ったのが10日のことだ。15日にしてこの雪の残り具合はどうだ。あれ以降も降ったんだろうか。アスファルトの道路はだいたい溶けてなくなっていたものの、道の両脇やちょっと入ったところはまだしっかり雪が積もっている。あれから晴れが続いてるのにこれだけ残っているということは、やはりここは冷蔵庫の中なのだ。冷蔵庫の中に入った雪はそう簡単に溶けない。
 この日は風もないのに、しんしんと冷えていて体の芯から冷えた。ちょっとやそっと歩いたくらいでは体はまったく温まらない。歩けば歩くほど冷える一方だ。だんだん手の感覚がなくなってきて、持っているデジをうっかりすると落としそうになる。ここは市街地と同じ感覚で行くと痛い目に遭う。

2月の岩屋堂-8

 散策路は全面的に雪模様。ウォーキングシューズでは足を踏み入れるのをためらわれた。冬の岩屋堂へ行くときはトレッキングシューズを履いていかないといけない。瀬戸市内なのに。

2月の岩屋堂-9

 駐車場もこの通り。手前のクランク橋も雪で凍り付いているから、私のインテグちゃんでは進入不能だ。雪のないアスファルトの駐車スペースにとめた。雪上運転の練習をするにはちょうといい場所と言えば言えるかもしれないけど。

2月の岩屋堂-10

 岩屋堂といえばここ。個人的に一番のお気に入りスポットである、ひなびた昭和観光地のなれの果て風情。ここまで来ないと岩屋堂へ行ったことにはならないというほど外せない場所だ。この光景を見ると条件反射のように昭和枯れすすきが頭の中を流れ出す。
 考えてみると、私は岩屋堂がかなり好きかもしれない。世間の人の数倍は岩屋堂を訪れている。お金は一切落としていっていないから、貢献度はゼロなんだけど、このブログでちょくちょく登場してるから多少の宣伝にはなってるかもしれない。
 ただ、人がたくさん訪れる夏休みと紅葉シーズンに一度も行ったことがないというのはよくない。それでは岩屋堂マスターとは言えない。今年こそ夏秋も完全制覇できるだろうか。

2月の岩屋堂-11

 酔いつぶれて街角でぐったりしているサラリーマンのような雪残り。私が作った雪だるまではない。でも、こういう面白雪だるまもありだなと思った。

2月の岩屋堂-12

 この日の夕焼け色は、ピンクパープル。雲が速い速度で流れて、半月が隠れたり顔を出したりを繰り返していた。
 地表近くでは春の息吹も、樹上はまだ春遠し。2月の岩屋堂はまだまだ深い冬の中にある。


いろいろな猫の写真と彼らの物語 ---ノア<第3回>
2008年02月15日 (金) | 編集 |
ノアの猫たち-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 ノア・レポート第三弾は、猫特集でいこう。
 ひとくちに猫といってもその種類は多く、トラやライオンなどのネコ科まで入れるとかなりの数になる。いろいろあわせて50種類くらいだろうか。ペットとしてのイエネコも、50種類くらいの品種がいて、私たちが知っているのはそれらのほんの一部にすぎない。
 珍獣揃いのノアにもいろいろな猫がいた。動物園でも見かけないような珍しいやつもいる。今日はそんな猫たちを紹介したい。

 まずはオオブチジェネットから。
 名前の通り、大ぶちのヒョウ柄があるジェネットで、故郷はアフリカの森林だ。夜行性で樹上生活をしているため、詳しい生態は分かっていないという。ノアにはどういう経緯でやって来たのだろう。確かこれは売り物ではなくて、子供から育てたやつだったと思う。
 体長は50センチ前後で、尾っぽも同じくらい長い。通常のイエネコよりやや大きいものの、体つきはほっそりしているため、体重も2キロから3キロくらいにしかならない。しなやかな印象を与える猫だ。
 食事は小型のほ乳類から昆虫、果実までと幅広い。現地では人間が出す残飯目当てに民家近くまでやって来るやつもいるというから、そのあたりも猫っぽい。

ノアの猫たち-2

 ソマリはイエネコの品種で野生種ではない。
 アビシニアンから生まれた突然変異種で、1930年代にイギリスで誕生したとされている。その後品種改良と定着が試みられ、1978年にようやく新種として認められた新しい猫だ。近年はけっこうな人気種になっているようで、日本での数も増えているという。
 ソマリという名前はアフリカのソマリアからきているそうだ。どういういきさつでそういう名前になったのかまでは知らない。
 特徴はなんといってもクビ周りのふさふさの毛で、つり上がったアーモンドのような大きな瞳とあいまって、とてもゴージャスなやつだ。六畳一間のアパートには似合わない。尾っぽもキツネのようなフカフカのしっぽをしている。
 活発で利発、用心深いかと思えば飼い主にもよく慣れ、立ち居振る舞いは優雅という、なんとも魅力的な猫だ。目をじっと見てると、意思の疎通さえできそうな気がしてくる。

ノアの猫たち-3

 寝床で丸くなるリビアヤマネコ。最近話題の猫鍋風。
 現在いるすべてのイエネコのルーツをさかのぼると、このリビアヤマネコに辿り着く。昔からそうであろうと言われていた説が、最近になって遺伝子研究で証明された。更にさかのぼると、2万年ほど前のヨーロッパヤマネコに行き着き、そこでリビアヤマネコとステップヤマネコに分化されたというのが定説となっている。
 ただ、どうしてリビアヤマネコだけが飼い慣らされてイエネコになっていったのかとか、リビアヤマネコは独立種なのか違うのかなど、依然として謎は残っているようだ。現在のリビアヤマネコを赤ん坊から育ててもイエネコのようになつかないともいう。
 今から9000年くらい前にはもうペットとして飼われていたようで、古代エジプトでクレオパトラなんかが飼っていたのも、このリビアヤマネコだったであろうとされている。もともとはネズミ退治のために飼い慣らしたといわれているけど、単純に猫を見てかわいいと思う感覚は昔も今も変わらないんじゃないかと思う。ペットを飼うのにそんなに深い理由は必要ない。

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 リビアヤマネコが起きたところ。こうしてみると、そこらへんに歩いている普通の猫とそんなに変わらない。耳が大きくピンと立っているところが違うくらいだ。
 そうはいっても、アフリカの草原地帯では、草食動物の子供や小動物なんかを襲って食べているというから、やはり猫科の小さな猛獣には違いない。うちのアイが鳩を追いかけていつも逃げられているのとはわけが違う。

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 手をなめるしぐさもかわいいシンガプーラ。シンガポール生まれの世界最小の猫だ。
 成長しても体重は2キロに満たない。小顔で、耳がとんがっているのが特徴だ。毛並みはグレーがかったアイボリーに微妙な色合いが混じっていて、一見すると地味だけどよく見ると美しい。
 好奇心が旺盛で、飼い主だけでなく見知らぬ人にもよくなつくそうだ。飼い主がいくところに常についてまわる犬のような一面もあるんだとか。

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 いつからそこにいたのか、どこから来たのか誰も知らないまま、シンガポールの街角に姿を見せるようになったこの猫。あるアメリカ人夫妻が仕事でシンガポールに赴任したときにその噂を聞いて、さんざん探し回ってようやく子猫を発見して飼うことにした。
 3年後、猫は成長して子供を生み、5匹に増えていた。夫妻はアメリカに帰ることになり、猫たちも一緒に海を渡ることとなる。
 それから少しずつ数を増やし、キャットショーに出場するなどして認知されるようになり、1979年に純血種として公認されたのだった。

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 あ、サーバルキャットってこれか。ちょっと前にNHKの「ダーウィンが来た!」でこれの特集をしていた。観た人もいるんじゃないだろうか。
 アフリカのサバンナや森林に暮らしていて、それまで生態がよく分かっていなかったのが、このときの取材でいろいろ珍しい光景を撮影することに成功して、少し分かってきたようだ。
 一番の特徴としては、最大3メートルもジャンプして獲物を捕らえるというところだ。スピード勝負では小型動物にかなわないということで、空中をジャンプして上から獲物に襲いかかるすべを身につけた。
 テレビでは毒蛇を猫パンチでノックアウトするというシーンもあったりして、なかなか興味深い猫だ。
 サーバルは、猟犬を意味するポルトガル語で、やはり狩りのシーンが印象的でこの名前が付けられたのだろう。
 体は猫と大型の猫の間の中間くらいで、最大で1メートルくらいになる。狭い部屋で飼うのはやや厳しい。体重も大きいもので15キロを超える。

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 これは名札もなく、ケージに入っていた白猫。やたら人なつっこかった。
 見た目は普通の猫っぽいけど、この店にいるくらいだから何かの品種なんだろう。値段を聞いたらびっくりして、撤退してしまうに違いない。

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 たぶん、スコティッシュフォールドだと思う。耳が折れてるやつが一般的だけど、耳が立っているやつもいるらしい。
 1961年にスコットランドの小さな農場で飼われていた猫が生んだ子猫の中に、耳が折れている猫がいた。スージーと名づけられた猫が、その後スコティッシュフォールドと名づけられる猫の始まりだった。これは耳の軟骨の形成異常によるものだそうだ。
 そのスージーが生んだ子猫のうちの2匹がまた耳折れだったことから、これは遺伝するということになって繁殖計画が立てられることとなる。
 しかし、繁殖が盛んになったのはアメリカでのことで、純血種として認められたのもアメリカでの功績ゆえだった。スコットランドやイギリスでは奇形遺伝子ということで登録中止になっているそうだ。
 タイプとしては、短毛種と長毛種タイプがいて、折れ耳と立ち耳タイプとに分かれている。折れ具合によっても、シングルフォールド、ダブルフォールド、トリプルフォールドと3段階に区別されているんだとか。

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 オマケの犬写真。
 ぶちゃいくすぎて愛嬌満点。ダメっぽくて笑える。
 すごく太った人がダイエットして皮のたるみがどうにもならなくなったみたいだ。頭なんて、見ようによっては脳みそっぽい。この犬はなんという品種なんだろう。

 人生いろいろ、猫もいろいろということで、今回紹介したものも、珍しい種類のごく一部だ。まだまだ世界には見知らぬ猫がたくさんいることを、今回あらためて知った。機会があれば、いろんな動物園やペットショップを巡ってマイ猫コレクションを増やしていきたいと思っている。ノアも顔ぶれが変わっていくから、次に行ったときはまた新しい出会いがありそうだ。
 猫は飼っていると日常的に触れ合えるもので特に珍しいともありがたいとも思わなくなるけど、飼ってない人にしたらふと猫を触りたくなったとき、案外身近にいないことが多い。ノラだっていつどこで出会えるか分からない。だから、ペットショップというのは猫を触りにいくというだけでも行く理由になるところだ。ノアなら他にもいろんな珍獣もいる。
 猫好きの人にもノアはオススメできる。