 Canon EOS 20D+EF-S 17-85mm f4-5.6 IS
古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます(鶴田浩二)。 我らがテレビ塔が、知らない間にリニューアルしていた。それも2006年の6月というから、私としたことがうっかりしていたもんだ。コンセプトはズバリ、脱昭和。古式ゆかしい昭和のおみやげ屋などを一切取っ払ってオシャレ空間に生まれ変わったというが、果たしてその真相は!? 真偽を確かめるべく、我々は一路テレビ塔へ向かったのだった。 事前調査の段階で分かっていたことは、古いおみやげ屋やレストランなどのフロアにやや高級レストランなどのテナントを入れたということだった。私は知らないけどけっこう有名らしいゼットンというところの「タワー・レストラン・ナゴヤ」も話題になっているらしい。 ランチは2,300円から4,500円、ディナーは4,800円からとなかなかのもの。見晴らしはよさそうだけど、4階ではやや低いか。 同じフロアにはラウンジもあって、名古屋では珍しく深夜2時まで営業しているようだ。 展望台の営業時間も、これまでは土日だけ21時までで平日は18時までだったのを、毎日21時まで営業するようになった。それはありがたいけど人件費と光熱費でかえってマイナスではないのか。 その他、ギャラリーや名古屋を紹介するスペースなどが設けられ、1階にはマ・メゾンなどの食事関連の店が入った。オープンテラスもきれいになったようだ。 これまでは入り口から入ってすぐ入場料金を払うシステムだったのが、展望スペースだけ有料となって、1階から4階までは無料となった。これはいいことだ。いいことついでに、展望台の料金も750円だったのが600円に値下がりした。コンビニでチケットを買っていけば500円だし、JAF割引も100円引きなので実質500円となり、これなら安い。実はけっこう頑張っているのだ、テレビ塔。 更に、今回のリニューアルのもう一つの目玉が、タワーウェディングだ。地上100メートルの吹きさらしで式を挙げることができるという。いいんだか悪いんだか。披露宴はそのまま4階のレストランを貸し切りで行うことになる。今までどれくらいのカップルが式を挙げたんだろう。人気はあるのかないのか。
 真下から見上げるテレビ塔は意外と大きくて存在感がある。なかなかのもんだ。ただ、東京タワーに比べたら明らかに迫力不足ではある。ほっそりしている。良く言えばスリムでシャープと言えるだろうか。デザインは古いような新しいような、どっちなんだろう。無骨な鉄骨むき出しというのが逆に新しいようにも見える。時代が一周巡って、周回遅れで先頭に立ってしまったランナーのようなものかもしれない。 しかし、名古屋のテレビ塔、実は日本で一番最初に誕生した電波鉄塔なのだ。東京タワーが昭和33年(1958年)に対して名古屋のテレビ塔は4年前の昭和29年に建っている(札幌のテレビ塔は昭和32年)。つまり、東京タワーはテレビ塔の二番煎じどころか三番煎じなのだ。勝ったな(完全に名古屋人的発想)。 ただ、そのテレビ塔も、パリのエッフェル塔をパクっているから大きなことは言えない。日本で一番最初という点だけは自慢のタネになるかもしれないけど。 できた当初の古い写真を見ると、周りには高い建物がなくて、足下は広場のようになっているから、本当にエッフェル塔っぽい雰囲気を持っていたことが分かる。今は周りのビルに囲まれて街に埋もれるような形になってしまっている。180メートルではちょっと低すぎた。おかげで地デジにも対応できず、地上デジタル放送の電波塔は瀬戸に新設されてしまった。テレビ塔は2011年に電波塔としての役割を終えることになっている。ただし、塔自体がなくなってしまうわけではないので心配は無用だ。2005年に国の登録有形文化財に登録されたから、ちょっとやそっとのことで取り壊されることはない。
 入り口から入ってすぐにエレベーターガールがお出迎えしてくれて、エレベーターで3階まで上がる。あ、でも案内だけでエレベーターには乗り込まないからエレガではないことになるか。 3階でチケットを買って、もう一度エレベーターに乗ってスカイデッキ(90メートル)を目指す。ここではエレベーターガールと共にいくことになる。 写真は上昇中の様子だ。全面シースルーなんで、スリルが味わえる。鉄塔の上の方へ行くと細くなるから、狭い筒の中を上昇してるようで不安感が襲う。夜でも恐かったから昼間はもっと恐ろしそうだ。高所恐怖症の人にとっては拷問に近い。 テレビ塔にはもう一つの登り方がある。それは、階段を歩いていく方法だ。東京タワーなどでもイベントなどで登れるようだけど、テレビ塔はいつでも行けるようになっているはずだ。435段でそんなに険しい道のりではないらしいから、上りが嫌なら下りだけでも階段を使うというのもよさそうだ。足下が見えて相当恐いらしいけど。 テレビ塔ができた当初、階段上り競争が行われたのだけど、危険すぎるということで一年で終わってしまったという歴史もある。 エレベーターはのんびり上昇していく。決して焦らない。200メートルを1分だなんだとそんなエレベータースピード競争時代の生まれではないから。50〜60メートル上がるだけでもたっぷり1分の時間をかける。おかげで耳がキーンとならなくていい。こういうところは景色を眺める楽しみもあるから、あえて急がないというのも一つの考え方だ。
 おっと驚くオシャレ空間にちょっとびっくり。昔のテレビ塔がどんなふうだったかもはや思い出せないのだけど、こんな洗練されてなかったことは確かだ。カップルを意識した椅子やソファーも気が利いている。これならゆっくりくつろいで景色を楽しめる。ここは脱昭和に成功していると言えるだろう。 しかし、狭いな。鉄塔の上の方だから小さくなっているのは分かるのだけど、東京タワーへ行ってきたあとだから余計に狭く感じる。しかし、お客が少ないので狭くても平気だ。この日も日曜の夜7時、8時というのに、カップルが数組だけだった。これじゃあ電気代も稼げないんじゃないか。リフォーム代を回収できるのはいつの話だ。展望台の代金値下げも大丈夫かと心配になる。
 スカイデッキから階段で上がったところに、オープンデッキのスカイバルコニーがある。ここが一般人が登れる一番上で、地上100メートルだ。 全面金網張りで金網デスマッチのようになっている。逃げたくても逃げられない。ここに出る扉が手動の横開きというあたりに昭和の名残を見た。 網にはいくつかの南京錠がつけられていた。渥美や伊良湖の流れだろうけど、ここにそんな伝説はない。 金網が張ってあるとはいえ、吹きさらしなので何しろ寒い。5分と持たずに室内に逃げ込んだ。夏は暑そうだし、夜景をうっとり眺めながら過ごせるのは季節が限られている。 以前このスペースは、展望バルコンという名前だったはずだ。バルコンというのはバルコニーのフランス語で、このあたりのネーミングにもエッフェル塔への対抗意識がうかがえる。スカイバルコニーに名前が変わったのもリニューアルのときだったのだろうか。 昭和の一時期、日本人はやたらフランス語を使いたがった。定着しているものもたくさんあるけど、すっかり古びて使われなくなった言葉も多い。アベックはぎりぎり、ランデブーはもう使わない。パンタロン、シミーズ、ネグリジェ、シャッポなどの服装関連はめっきりすたれた。アトリエとかブティックなんてのは一応残ったか。 名古屋人ならあくまでもここは展望バルコンと言い張って欲しい。 そういえば、何年か前に、ここからデイトレードで儲けたドル紙幣をばらまいた男がいたなんてこともあったっけ。
 見晴らしはなかなかいいけど、金網越しでは写真は厳しい。カメラのレンズを出すための穴なんてのも開いてない。 見えているのはオアシス21だから、南東方面になるのか。右側に見えているのが、いわゆる100メートル道路と呼ばれる久屋大通で、その間にセントラルパークがある。テレビ塔は、セントラルパークの北寄りに位置しているから、地下鉄で行く場合は、栄ではなく久屋大通で降りた方が近い。 最近は高い展望台も増えて、100メートルでは低いくらいに感じる。できた当初は、未体験の高さに名古屋の人たちはさぞかし驚き感動したことだろう。
 一段下の室内に戻ってきた。10メートルの差はけっこうあると感じる。90メートルでは地上に近い。 名古屋駅のタワーは西になる。栄は名古屋駅よりも北にあるのだけど、道が斜め下に伸びているから、それをたどっていくと名古屋駅にぶつかる。 県外の人は栄と名古屋駅が案外近いと思って歩く人もいるそうだけど、名古屋人にしたらとんでもないことだ。栄から名駅まで歩くやつなんていない。直線距離にしたら3キロくらいだから歩けない距離ではないけど、感覚として歩いていくような位置関係にはないという思い込みがあるから。
 こちらは三越などがある栄の中心方面だ。前に紹介したビルに張り付いたサンシャイン栄の観覧車も頭が見えている。 晴れた冬の日は、遠く御嶽山や中央アルプス、三河湾や知多半島まで見渡せるそうだ。でも同じものは、名駅のミッドランドスクエアからの方がもっとよく見えるわけで、テレビ塔ならではというのはあまりないのかもしれない。栄も地上はけっこう暗いし、人もあまり歩いていない。名古屋人はみんな地下を歩いているから。
 ビリケンさんが大阪の通天閣から出張してきていた。オリジナルはもちろん通天閣にいて、これは平成になって作られたレプリカだ。全国を回って願いを聞いて叶えているらしい。名古屋には12月28日から1月27日までいて、私たちが行ったときはもう帰る寸前だった。 足をこしょこしょくすぐって顔が笑っているように見えたらビリケンさんに願いが届いたことになるんだとか。私たちも触っておいた。
 これも一緒に出張してきたのか、ビリケン自販機。肝心のビリケンさんが帰ったあとにこれだけ残されても何のことか分からない。テレビ塔とビリケンさんは何の関係もないのだから。 テレビ塔のおみやげといえば、金色に輝くテレビ塔のミニチュアが定番中の定番だった。私も昔持っていたのに、あれはどこへやってしまったのだろう。捨てるわけはないと思うんだけど。 残念ながら昭和のおみやげ物屋さんは撤去されてしまったので、あの手の昭和みやげを買うチャンスはもはや失われてしまった。古き良き日本のおみやげ屋として、あれだけは残しておいて欲しかった。なんでもかんでも新しければいいというものでもない。 たくさん集めていたペナントもどこにいったんだろう。
 1時間ほどテレビ塔を堪能して降りてきた。これでもう四半世紀は登らなくてもいいだろう。あそこは、20年か30年ぶりくらいに行ってこそ感慨が持てる場所だ。そう頻繁に行くところではない。 それで結局、昭和検証はどうなったかといえば、なるほどだいぶ払拭した感はあった。ところどころで隠しきれない部分があるにしても、かなり頑張ってる印象は持った。昼間に行くともう少し違う感じを受けるのかもしれない。 ここは県外の人よりも名古屋人のためにあるものかもしれないと思う。東京における東京タワーとは明らかに存在意義が違う。子供の頃行って以来長らく行ってなくて何十年ぶりかにいくといろいろと思うところがある。思い入れがないと感動が薄い。単純に展望台からの景色というならミッドランドスクエアの方が見応えがある。名古屋へ行ってテレビ塔に登ってきたと言っても自慢にならないし。 個人的には、ここはずっと昭和のままでいて欲しかった。むしろその方が付加価値が高かったように思う。もっと時代が進めば純然たる昭和色の価値がもっと上がると思うし、中途半端なことをするとかえって観光客を減らすことにもなりかねない。 まあしかし、それより何より、テレビ塔というのはその外観というか名古屋の中心に建っていることそのもので充分価値があるのだろう。ただそこにあるだけで安心するような存在がテレビ塔だ。誇りにもならないし、特に話題にもしなくても、栄に行ったときにいつもの場所に建っているのを確認して、ああ、テレビ塔か、といったぐらいできっといいのだ。
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