現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
在庫一掃セール松平郷編最終回は春の始まりの終わりの花写真
2008年03月31日 (月) | 編集 |
松平郷の花-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / 135mm f2.5 / 28mm f3.5 / 200mm f3.5 他



 在庫一掃セールは続く。今日は松平郷の花編だ。
 3月の終わりというのは、松平郷ではやや中途半端な時期になる。桜には早く、梅には遅い。早春の花も一段落している小休止のようなときだから。
 それでも、なんだかんだでちょこちょこ花は咲いている。ここは歴史の郷というだけでなく、花の里でもある。住んでいれば、季節の花がきちんと咲いてくるのを見ることができるのだろう。生活の隣に、細やかな季節の変化がある。

 上の写真はショウジョウバカマだ。今では見慣れてしまって、なんだショウジョウバカマかと素通りするくらいだけど、何年か前まではその存在さえ知らなかった。最初に見たのは3年前の明治村だった。カタクリ自生地という案内板に誘われて山の方に入っていくと、この花がたくさん咲いていた。てっきりこれがカタクリだと思い込んで、大喜びで撮って帰って調べてみると、カタクリでもなんでもないことが分かったずいぶんがっかりしたのだった。それで印象として強く残る花となった。
 ショウジョウバカマのショウジョウは、酒好きでいつも赤い顔をしているという中国の伝説の生き物「猩猩」から来ている。ハカマは、花ではなく葉の形を袴にたとえたものだ。
 わりとあちこちで見られる花ではあるけど、街の公園や道ばたに咲いているものではないから、知らない人も多いと思う。どこに行けばすぐに見られますかと訊かれると、そういえば近くにはないなと気づく。海上の森あたりまで行けばいくらでも咲いているけど。

松平郷の花-2

 アセビといえば一般的には白色だけど、こういうピンクのもある。
 一応園芸種ということになるのだろうか。アケボノアセビというのかもしれない。
 食べれば馬も酔っぱらうことから馬酔木。おなかを空かせた奈良公園の鹿さえ食べないというから、その毒性はかなり強烈なのだろう。
 古くから日本に自生していた木で、万葉集にも詠まれている。

松平郷の花-3

 たぶん、ヒュウガミズキでいいと思う。よく似たトサミズキは、雄しべの赤色がもっと目立つはずだから。
 にしても、トサミズキって、女子マラソンランナーみたいだ。野口みずきに土佐礼子の身長があったら、もっと速かっただろうか。
 それはともかくとして、ヒュウガミズキは、この時期に咲く黄色い花の代表選手の一つだ。マンサク、ロウバイ、サンシュユ、レンギョウなど、春先は黄色が多い。
 トサミズキが土佐に由来するのに対して、ヒュウガミズキは九州の日向が出所という説と、明智日向守光秀がおさめていた丹波地方に多くあったからという説がある。

松平郷の花-4

 来る花があれば行く花もある。春に先駆けて咲いたマンサクは、春半ばで風前の灯火となった。わずかに咲き残るだけだ。
 日本に自生するマンサクと、中国から来たシナマンサクはよく似ている。枯れ葉がついているのがシナマンサクで、ついてなければマンサクと思っておけばだいたい間違いない。シナマンサクの方が花が多くて華やかな印象もある。

松平郷の花-5

 これがちょっと分からなかった。今から咲いてくるつぼみのような、もう終わった花のような、どっちだろう。
 クロモジかなとも思ったけど、違うような気もする。ちょっと保留。分かったら追記しておこう。

松平郷の花-6

 天下茶屋というと、太宰治が「富士には月見草がよく似合う」と書いた山梨県御坂峠を思い浮かべるけど、松平郷にもある。全国いろんなところにあるだろう。
 それほど風流な演出がなされているわけではなく、茶店風の喫茶店のようなものだ。司馬遼太郎ならこんなものは必要ないと言うだろうけど、ちょっとお茶を飲んだり休憩したりするにはいい。一人ではちょっと入りづらい。
 店の前では桜が咲いていた。ソメイヨシノのような違うような。

松平郷の花-7

 なんだか幼稚園生が描いたような黄水仙で、ちょっとおかしかった。満面の笑みって感じだ。
 水仙もいろいろ種類があって、世界的な園芸品種でもある。古くから日本にある白い水仙も、もともと中国から渡ってきたものだといわれている。ラッパスイセンやクチベニスイセンなんてのもあり、咲き方も、ラッパ咲き、カップ咲き、八重咲きなどの名前がつけられている。

松平郷の花-8

 菜の花が畑の一角で咲いていて、西日を受けて黄色く輝いていた。これもまた、古くからの里の風景だ。与謝野蕪村の「菜の花や 月は東に 日は西に」も、大げさな菜の花畑ではなく、こんな菜の花を見て詠んだんじゃないだろうか。
 菜の花という花はなくて、アブラナが正式名だというのは前に書いた覚えがある。油を採る目的ではなく花を咲かせるために植えるのはナバナという。まあでも、セイヨウアブラナも全部ひっくるめて菜の花でいいじゃないかとも思う。赤トンボなんてのはいなくても、赤いトンボは赤トンボでいいし、マガモカラーのアヒルもカモでいい。

松平郷の花-9

 ネコヤナギかな、と短絡的に決めつけるのは早い。バッコヤナギ(ヤマネコヤナギ)かもしれないし、別のものかもしれない。さて、どうだろう。柳の仲間であることは間違いないと思うんだけど。

 名古屋はそろそろ桜の満開が近づいた。今日あたりの松平郷はどうなってるだろう。高月院前のしだれ桜がようやく五分咲きというから、まだ先だろうか。次の日曜は確か春祭りのはずだ。桜はその頃かもしれない。
 そうこうしてるとヒトリシズカも咲いてきて、ミズバショウも見頃になる。花盛りはもうすぐだ。
 私が次に松平郷へ行けるのは、早くても秋くらいだろう。
 明日からは4月で、花はさらに加速度を増し、生き物が増え、気持ちも慌ただしくなる。まずは桜を自分の中できっちり完結させたい。そのあとも追いかけるものがたくさんあるから、ぼんやりはしてられない。流されずに追いかければ、日々の中にも必ず、出会いと発見がある。


さしすせそ和食サンデーは字余りでも不自由を感じた
2008年03月31日 (月) | 編集 |
和食定義サンデー

Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II



 和食の定義とは何かと問われるとちょっと考えてしまう。普通に考えれば、昔から日本にあった食材と調味料で作った料理が和食ということになるのだろうとは思うけど、たとえばすき焼きは和食なのかなんて意地悪な質問をされると答えに詰まる。日本人が牛肉を食べるようになってからまだ100年ちょっとしか経っていない。カレーライスが和食かそうじゃないかというのも難しいところだ。
 和食という言葉自体が、明治以降に洋食が入ってきてから便宜的に使われるようになったのだろうし、日本人が考える和食と外国人が思い描く和食はまた別物だ。和風と洋風という使い方もある。洋風のソースをかけたハンバーグは洋食で、和風のたれをかけたら和食なのかとか、考えるとややこしい。
 普段は作るときも、食べるときも、和食という言葉はあまり意識していない。和食の店に入っても洋食があるし、外国の調味料も使っているから、純粋な和食と呼べるかどうかも怪しい。
 日本料理と和食は別のものか同じものかは、中華と中国料理との関係に似ているようで違う。
 寿司だって、発祥は東南アジアという説もある。
 結論を言えば、和食を定義することはほとんど無理ということになる。日本人特有の曖昧さで、なんとなくそのへんを境界線にしておこうよということで話をまとめるしかない。和食か和食じゃないかの他に、和食っぽいという便利な日本語もあることだし。
 ただ一つ、和食として決定づける要素に調味料の「さしすせそ」がある。クイズ問題によく出て、「そ」をソースと答えて間違えるというのも定番だ。味噌ってそこだけ後ろの文字じゃないか。「せ」をしょう油とするのも無理矢理な感じがする。
 そんなこなんで、さしすせそを使って料理をすれば和食の枠に収まるんじゃないかと思って作ったのが、今日の3品だ。名づけて、「さしすせそ和食サンデー字余り」。さしすせそ以外にもめんつゆと味噌を使った。そこまでは許されるだろうけど、パン粉とアスパラを使ってしまったのは明らかに勇み足だった。片足だけ和食からはみ出した。

 左手前は、私の好きな料理でもあり得意料理でもあるサトイモの団子だ。今回は味噌味にしてみた。
 サトイモの皮をむいてぶつ切りにして、レンジで柔らかくなるまで加熱する。7分から10分くらい。
 それをつぶして、だし汁、しょう油、塩、コショウ、味噌、酒、カタクリ粉を混ぜて団子にする。
 白ごまと黒ごまをまぶして、フライパンで転がしながら焼く。くっつかなかったごまも一緒に炒ってしまうとフライパンの中でくっつきやすい。
 青のりをふりかけたらできあがり。写真には撮り忘れたけど、刻み味付け海苔も振りかけた。
 つぶしサトイモは絶対美味しいと思う。普通に煮たものとは食感が全然違うから別物だ。和食の縛りがなければ、パン粉をつけて揚げても美味しそうだ。

 右手前は、白身魚と豆腐のお焼きというんだろうか。
 白身魚は細かく切って、水を飛ばして砕いた木綿豆腐と混ぜる。刻んだタマネギも加え、溶き卵をつなぎにする。パン粉もたっぷり混ぜた。
 たれは、めんつゆベースにだし汁、しょう油、酢、塩、コショウ、砂糖、一味を加えてひと煮立ちさせて、水溶きカタクリ粉でとろみをつける。
 しめじはこのたれで炒めて、お焼きの上にめんつゆだれをかけてできあがりだ。
 めんつゆはそばやうどんを食べるためだけでなく、調理に使っても応用範囲が広い。丼もののダシも下手に自分で作るよりもめんゆつの方が早くて失敗がない。

 一番奥は、ダイコンと鶏肉のカタクリ粉焼きだ。
 ダイコン、鶏肉、アズパラはだし汁で下茹でをして、しょう油、酒、みりんである程度味付けをしておく。
 取り出したらよく水気を切ってしばらくおいて乾かす。それをビニール袋に入れて、カタクリ粉を投入して振って全体にまぶす。多少は水分が残っているから、溶きカタクリ粉みたいになってちょうどいい。
 あとは焼くだけだ。
 これは美味しい。表面がカタクリ粉のとろりとした膜に覆われて、これだけでずいぶん食感が違ってくる。カリッと焼けば、外はカリカリで中はふんわりというふうにもできる。
 しょう油、酒、みりんで味付けする。さしすせそを全部使った。

 和食の定義を踏まえてそこに収まるように作ろうとすると、とても不自由に感じる。オリーブオイルも、マヨネーズも、白ワインも、バターも使えない。普段は和食を作るときも、そういうものを使っているから、味の幅も広がる。和食の調味料にこだわれば、しょう油味か塩味か味噌味しかなくなってしまう。そればっかり続くと飽きる。ケチャップやホワイトソースも使いたいし食べたい。
 江戸時代までの日本人の食事が質素に思えるのは、食材の少なさからというよりも調味料の種類が限られていたことが大きい。牛肉はなかったにしても鶏肉くらいは食べだろうし、魚や野菜もそれなりにあったはずだ。現代の日本から和洋中の調味料一式を抱えて過去へ行けば、けっこう豪華な食事になるんじゃないか。信長ならトマトソースのコロッケなんかでも喜んで食べただろう。
 広いようでいて案外狭い和食というものについて、今日はいろいろ分かったことも多かった。料理に関する疑問点は、自分で作ってみるのが一番だ。食べるだけでは分からない。作ると理解できる部分や納得するところも出てくる。
 定義シリーズは、中華、和食ときて、次はどこへいこう。洋食もあれこれ作ってるから、一応やったということになるだろうか。イタリア料理やフランス料理は、どこからどこまでがそうなのか、なんてのもいいかもしれない。
 あと、名古屋めしを作るという企画もやってないことに気づいた。そのうちやってみよう。人気の駅弁を再現するとか、まだいろいろ考えられることはある。趣味としての料理というスタンスを忘れず、できるだけ毎回テーマを持って作っていきたい。


静かなる松平郷
2008年03月31日 (月) | 編集 |
静かなる松平郷-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / smc Takumar 135mm f2.5



 桜はいったん休んで、今日は松平郷に戻りたい。3月から4月にかけては、季節が急ぎ足で進んでいくから、写真をためておくとすぐに古びてしまう。なるべく旬のうちに使いたいと思いつつ、新しい写真が増えていって埋もれてしまいがちになる。そんなときは二本立てだ。季節ものじゃなければ在庫にしてもいいけど、季節限定ものは早いうちに使い切ってしまわないといけない。賞味期限をごまかすわけにもいかないし。
 松平郷写真第二弾は、部分を切り取った写真を集めてみた。最初から意識したわけではないけど、並べてみると松平郷の静けさというテーマが浮かび上がった。でもそれは死んだような静かさではなく、歴史を重ねて穏やかに流れる時間と空間が支配するものだ。写真から松平郷の息づかいが伝わるだろうか。
 せっかくの静かな写真だから、ごたごた書かずにコメントは短くしよう。単なる手抜きだろうなどと邪推してはいけない。気づいていても言わぬが花ということもある。

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 小川のせせらぎというのも、街中に暮らしていると聞くことができない音になってしまった。

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 室町塀が続く道。歩く人もいない。

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 かつて松平館があった場所に、堀と石垣が残っている。今は、松平東照宮になって、堀では鯉が泳ぐ。

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 高月院の三門とバックの桜。
 季節は冬の眠りから春の目覚めへ。

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 東照宮の手水舎。
 こんなふうに雰囲気のいいところだと、省略しちゃいけないなと思う。

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 東照宮の裏手。いつも日が当たらないようなところで、ひっそりとしている。
 頭上ご注意と書かれた板が立っている。上から何が落ちてくるんだろう。

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 松平家の人々が産湯に使った井戸が残っている。家康が岡崎で生まれたときも、ここから水を運んだといわれている。家康は松平家の長男だから、まんざら作り話でもないように思う。

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 神社の境内特有の光と影がある。これは寺のイメージではない。やっぱり神社だ。木立に囲まれた参道が作り出すものだろう。

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 三つ葉葵というと権威の象徴のようだけど、元を辿れば家康が使っていた徳川家(松平家)の紋だった。特別な意味を持つようになったのは、江戸時代に入ってからだ。
 葵紋はもともと京都の加茂神社の紋だった。三つ葉葵がどこからきて、松平家の誰から使うようになったのかは、はっきりしていないようだ。
 葵の御紋を一番権威づけたのは、テレビの水戸黄門かもしれない。

2008-3-30-11

 人の暮らしの近くには、水の流れが必要だ。即物的にいえば、マイナスイオンが出てるということになるだろうし、感覚的にいえば気持ちの安らぎにつながるものがある。
 水が汚れると気持ちも荒れる。都会人はきれいな川を見ると感動するけど、昔はあれが普通だったのだ。そう考えると、やっぱりちょっと寂しい。
 でも、それがまだ残っているのが松平郷で、ここを訪れると安堵する。まだ大丈夫だと思えるから。


山崎川の桜後編は人がいない桜だけの写真
2008年03月29日 (土) | 編集 |
山崎川桜-1

FUJIFILM FinePix S2 pro+TAMRON 17-35mm f2.8-4.5 / TAMRON 90mm f2.8 SP



 今日は昨日の山崎川の続きで、桜編をお届けします。今日の写真は、人入りではないのだ。ちょこっと入っているくらいでは人入り写真ではない。人以外のものが入ってたりもする。
 まずは鼎小橋付近から。このあたりは古木が残っていて、それが川面に向かってしだれるように枝を伸ばしているから風情がある。これが最初からの狙いだとしたら、なかなかのものだ。
 この日はまだ満開ではなかった。今日あたりはどうだっただろう。人出はすごいことになっていただろうけど、今日の名古屋は寒かったからまだ満開になってないんじゃないか。明日は午後から雨だから、見にいくなら午前中が勝負だ。
 桜も満開を過ぎるとだんだんよくなくなるから、8分咲きくらいのときが一番きれいでいい。

山崎川桜-2

 これはどのあたりだったろう。向こうに見えている橋は、向田橋か、石川大橋か。両方違うかもしれない。
 山崎川は、川に関しては魅力のとぼしいところだ。川幅の狭さは桜並木には有利にしても、すっかり牙を抜かれた街中の川で、生命力がない。これじゃあ、カモたちも来ない。桜の花びらが散ったときも絵にならない。
 川沿いの桜ということでは五条川の魅力にはかなわない。

山崎川桜-3

 これは鼎橋近くだったろうか。満開のときは、このあたりの桜もよさそうだ。
 護岸工事はもう少しどうにかならなかったんだろうか。せっかく日本の桜名所100選に選ばれて県外からも大勢の人がやって来るのに、こんな石垣のニセモノ風では残念すぎる。本当の石垣を組むくらいの予算は出なかったのか。もしくは、もう少し自然と調和するような外観にできたんじゃないかと惜しまれる。
 桜名所でそういうあたりまで気を配ってトータルデザインをしてるところはほとんどない。予算の関係があるにしても、デザインの専門家に頼めばもう少しなんとかできるに違いない。もったいない。

山崎川桜-4

 特に深く考えず、いいなと思えるところを撮っていると、だいたい似たような写真になっていることにあとから気づく。人の好みはたいて決まっているし、自分の中で安定感のある構図というのもパターンは限られる。
 文章のクセというのはネクタイの好みのようなものでなかなか変えることができないと三島由紀夫は言ったけど、その言葉は写真にも当てはまりそうだ。
 あるいは、映画『アジアンタム・ブルー』の中で松下奈緒が水たまりの写真ばかり撮っていたように、自分のスタイルに固執することで確立していく世界というのもあるのかもしれない。

山崎川桜-5

 ライトアップされるあたり。木の下にライトが見えている。ここのライトは真っ白で、暗闇の中に白い桜がくっくり浮かび上がるという趣向になっている。幽玄といえば幽玄だけど、白々として寒々しい感じもある。
 写真でしか見たことがないから、実物を見たらまた印象も変わるのかもしれない。今年はもうチャンスはないだろうから、来年の宿題としよう。

山崎川桜-6

 山崎川の鼎小橋は、香嵐渓の巴橋のようなもので、見る人も撮る人も、ここに引きつけられる。狙いなのか、結果的にか、桜もここが一番の見所となっているから、当然といえば当然だ。
 しかし、あんな小さな木の橋に人を満載しても大丈夫なんだろうか。100人乗っても大丈夫?

山崎川桜-7

 遊歩道の桜トンネル。鼎橋から南の左側は、車が入ってこられない遊歩道になっていて歩きやすい。
 このあたりはよく咲いていて、もう満開に近かった。今日行っていれば、人の頭がいっぱい入った写真を撮れただろうか。

山崎川桜-8

 見上げる桜。古木は川に向かっていて、空に大きく伸びた大木というのは少ない。このへんの木もまだ若い。
 今年は藤ヶ丘もずいぶん木や枝を切ってしまったようで、香流川の桜も歳を取ってきたからそろそろ危ない。若木に植え替えられると、それが成長するまで10年以上かかって、その間寂しいことになる。
 山崎川も、二度目のピークまではあと20年くらいは待たなければならないだろう。

山崎川桜-9

 瑞穂陸上競技場近く。夕陽に照らされた桜の花がピンクに染まって、木の影が長く伸びた。
 夕焼けと桜というのも、ありがちなようであまりない。今までにこれだっていうような決定的な写真を撮れたという記憶もない。意外と難しい組み合わせなんだろうか。

山崎川桜-10

 カラスを狙う猫。首輪がついてたから近所の飼い猫だろう。黒猫だけど、手足が白のホワイトソックスだ。
 この姿は、うちのアイを見るようだ。アイもこうやっていつも鳩を狙っている。鳩はおとぼけだから狙われてることに気づいてないのかもしれないけど、カラスは賢いから猫がいることなど当然分かっているに違いない。猫は隠れてるつもりでも、カラスからは丸わかりなのだ。

山崎川桜-11

 陸上競技場のヒトコマ。
 昔はトラック一周くらいなんでもなかったけど、今は走ったら死にそうな気がする。たぶんそれは、必ずしも気のせいじゃない。もう何年全力疾走をしてないだろう。
 見てると、ちょっと走りたいような気持ちもする。

山崎川桜-12

 沈む夕陽と桜の花アップ。
 これにて山崎川の桜編はおしまいとなる。もう少し変化に富んだ写真を撮りたかったのに、なかなか上手くいかなかった。アイディアもチャンスも不足だった。
 山崎川自体の変化の少なさというのもあったので、これを踏まえつつ、五条川の桜撮りに臨みたい。五条川の桜も、まだ満開にはなってないようだ。来週の中頃に行くつもりでいる。
 2008年の桜シーズンはここで折り返し。後半もしっかり回って、たくさん写真を撮ろう。


山崎川の桜並木を撮り歩きながらやっぱり人入り写真が好きだと思う
2008年03月29日 (土) | 編集 |
山崎川1-1

FUJIFILM FinePix S2 pro+TAMRON 17-35mm f2.8-4.5 / TAMRON 90mm f2.8 SP



 春を求めて今日は東へ明日は西。東奔西走の3月終盤。燃え尽きる前に回れるだけ回れということで、今日は山崎川へ出向いた。
 名古屋を代表する桜名所で、全国の桜名所100選にも選ばれているこの場所は、意外と評価が分かれるところだったりする。一昔前を知っている人間にとっては、最近の山崎川は物足りなくなったというし、今の姿しか知らない人は美しい桜並木に感動する。
 個人的には山崎川はそんなにたいしたことはないと思っていた。桜並木というのなら香流川の方が上だろうし、市外では五条川がある。でもそれは、車で近くまで行ってちらっと見ただけで決めつけていた部分もある。だから、今回は一度ちゃんと歩いてみようと思った。

 山崎川は、平和公園の猫ヶ洞池を水源として、南西に進みながら名古屋港へと続く13.6キロの川だ。そのうちの桜ポイントは、石川橋から新瑞橋までの約2.8キロの区間で、630本ほどの桜が植えられている。その前後もあるので、あわせると700本以上になる。
 一番の見所は、木橋の鼎小橋付近で、このあたりは古木が川面にかかるように伸びていて、山崎川の桜のクライマックスとなっている。
 最初は、昭和3年(1928年)に、石川橋から左右田橋にかけて両岸に500本の桜を植えたのが始まりだった。それからすでに80年だから、初代の桜がほとんど残ってないのは仕方がないところだ。おそらく昭和の終わりくらいが一番よかったのだろう。大部分の古木は若木に植え替えられてしまった。ソメイヨシノの寿命は短い。

 今日は、石川橋付近から瑞穂陸上競技場がある左右田橋までの間を往復してみた。何をどう撮ろうかと迷いながらの歩き撮りになったのだけど、撮っているうちにだんだんテーマが見えてきた。やはり、人だろう、と。誰がどう撮っても桜はきれいで、それ以上ではない。自分が撮りたいものって何だろうと考えたとき、答ははっきりしていた。人のいる桜風景だ。
 ということで、今日は人がいる写真を集めてみることにした。思ったように撮れたものもあり、思い通りにならなかったのもあり、レンズの選択にもまだ迷いがあった。

山崎川1-2

 桜の咲き具合は、6分から7分くらいだろうか。木によってもバラつきがあって、ほとんど満開のところもあれば5分咲きにもなっていないのもある。
 今日はすごく寒かったし、明日以降も気温が上がらないようだから、この週末でも満開にはなりそうにない。来週の日曜までは持たないにしても、最近の気温なら来週の中頃あたりがピークということになるかもしれない。
 山崎川のさくらまつりは明日から始まる。今日ももう夜間のライトアップをするのかと待っていたらしなかった。どうやらライトアップも明日かららしい。場所は鼎小橋付近の100メートルの間で、一番きれいなところを選んでやるようだ。川の周囲は住宅地で宴会禁止なので、夜間でも静かに桜見物ができる。
 今日の見学者はぼちぼちだった。平日だから、大挙して押し寄せるというふうではないにしても、もう少しいると思ったらさほどでもなかった。日曜は天気が悪そうだから、人出としては明日が一番多くなるだろうか。

山崎川1-3

 見物客は、カップル、近所の犬の散歩の人、年配の夫婦あたりが一番多くて、あとは家族で、自転車の通りすがりなど。カメラの人は少なかった。
 考えてみると、観光地ではない桜名所はカメラの人が案外少ない。撮るよりも見に来ている人が大部分だ。そういう部分でも、他の花と桜は違う。

山崎川1-4

 これが木の橋、鼎小橋だ。狭い橋で、満開のときは人で埋まる。
 ここは絵にもなるし、前後の桜がいい感じなので、一番人気の場所といっていい。記念撮影スポットでもあるので写真を撮ってる人も多いく、カメラのおじさんがカップルに写真を頼まれていた。

山崎川1-5

 左側が遊歩道になっていて、一部は車が入ってこられないようになっているので、のんびり歩くことができる。ところどころでこういうふうに下まで降りられるように整備されている。川自体に見所はない。黒い鯉が泳いでいたり、カルガモが数羽浮いてるだけだ。
 去年、護岸工事が終わって、無粋なクレーン車がいなくなったのはよかった。

山崎川1-6

 焼きいもカーが一台だけ出現していた。明日からのさくらまつりではもっと増えるんだろうか。ただ、ここはそういうスペースがあまりないから、お祭りムードというのはさほど強くなさそうだ。あれもよしあしだ。

山崎川1-7

 わっ、すごい犬、と思ってとっさに撮った一枚。立ち上がったら人間の体くらいある。銀魂のさだはるみたいだ。犬が苦手な人なら泣いて逃げ出しそうな大きさだった。ちょっとしたシロクマみたい。

山崎川1-8

 犬の散歩の人が多いところをみると、このあたりでは犬を飼っている家が多いのだろう。飼い猫が一匹、川岸に遊びに来ていた。
 自転車通りも多くて、ここが生活空間だということが分かる。近くに瑞穂陸上競技場があるから、ランニングをしている人もけっこういる。
 そういえば、中学のテニス大会のときに、瑞穂まで自転車で来たんだった。今、ふと思い出した。二人乗りをしていて、坂道でブレーキが効かなくて、ガードレールにぶつかった拍子に後ろに乗せていた友達が吹っ飛んでいったのも今ではいい思い出だ。

山崎川1-9

 ここも遊歩道にユキヤナギが植えられていた。ちょうど桜と同じ時期に咲くから、桜並木に彩りを添える。

山崎川1-10

 チビと桜の記念写真というのは意外と難しいのか。大人の背の高さならバックに桜が来るけど、チビの視線では後ろに花はない。親がしゃがんで下から撮らないと桜バックにならないこともありそうだ。
 このお母さんはユキヤナギをバックに写真を撮っていた。それもまた春の写真だ。

山崎川1-11

 何気なくふと撮ったカップルの写真は、足の形が同じだった。

山崎川1-12

 ちょっとお邪魔しますと心の中でつぶやいて撮らせてもらった記念撮影写真。
 たぶん、このスタンスが私と被写体の良好な関係で、この世界と自分との距離感なのだろうと思う。被写体と自分との一対一ではなく、撮られる側でもなく、人がいるこの世界を一歩引いた位置に立って眺めている感じ。
 でも、本当にいい写真を撮るためには、あと一歩も二歩も踏み込んでいかないといけないことも知っている。自分の撮りたい写真が見えそうで見えない。今日並べた写真は、良くも悪くも私らしい写真といえそうだ。

 桜のタイミングとしてはまたも少し早すぎてフライング気味になってしまったけど、今日行っておいたのは間違いじゃない。まだ次がたくさん控えてるから、一つずつクリアしていかないといけない。なんだかんだで来週いっぱい持ちそうだから、回れるだけ回ろうと思っている。ここまでは順調にきた。あとは五条川と岡崎城まで行けるかどうかだ。
 山崎川の桜写真はあと一回分あるので、明日以降のどこかで紹介したい。人ばかり撮ってるわけじゃないのだ。


2分咲きのソメイヨシノと満開のエドヒガンで2008年桜シーズン開幕
2008年03月28日 (金) | 編集 |
2008年桜1-1

FUJIFILM FinePix S2 pro+TAMRON 17-35mm f2.8-4.5



 桜の開花宣言からすでに6日経ったというのに、名古屋の桜はいまだ見頃を迎えない。通常、開花から一週間くらいで満開になるというから、本来なら7、8分咲きになっていてもおかしくない頃だ。実際はまだ、2、3分のところが多い。ここのところちょっと気温が低くなっているから、桜の開花速度が弱まった。なかなか話が前に進まないマンガみたいだ。どんだけ引っ張るんだとツッコミの一つも入れたくなる。
 もう待っていられないということで、前倒しで今日から2008桜シーズンを開幕することにした。
 まず手始めに向かったのは、春日井にある覚成寺というお寺さんだ。ここのエドヒガン桜が見事で、2005年、2006年と行って、去年行かなかったので今年は見たかった。ソメイヨシノより少し早めに咲く桜なので、時期的にもちょうどいいだろうということもあって。
 とその前に、通り道だったのでついでに白沢渓谷にも寄っていくことにする。名古屋で唯一の吊り橋がある渓谷ということで、以前にこのブログにも登場した。ここも地元ではちょっとした桜名所になっているようだ。
 しかし、ご覧の通り、まだまだ。渓谷とはいっても街中の公園で、山奥というわけではない。気候が違うわけでもないのに、まだ1分から2分咲きくらいだった。名古屋でもかなり遅い方だ。
 真っ白なユキヤナギと黄色のレンギョウが鮮やかだったから、桜が咲けば三色のコントラストがきれいだろう。満開のときにもう一度訪れたい。

2008年桜1-2

 吊り橋を渡って下の河原に降りてみた。ここからの眺めが白沢渓谷の景色だ。左岸には桜並木があるから、満開になれば見応えがありそうだ。
 滝と吊り橋と桜のコラボレーションが見られるのは、名古屋市内で唯一ここだけだ。非常に希少価値が高い。

2008年桜1-3

 吊り橋から反対方向を眺めたところだ。しだれ桜もあって、河原は緑色が増えて、ずいぶん春めいた景色になってきた。厳しい冬を越えたからこそ、生きる喜びが溢れているように感じられるのが春という季節だ。

2008年桜1-4

 シダレ桜のアップも一枚くらい撮ってみる。バックに吊り橋を入れたけど、ぼやけてよく分からない。
 シダレはソメイヨシノよりもピンクが濃くて華やかな印象を与える。それでもやっぱり、満開のソメイヨシノにはかなわない。ソメイヨシノは、これからもずっと桜の主役であり続けるだろう。

2008年桜1-5

 白沢渓谷から302号線に復帰する道が分からずにさまよっていたら、竜泉寺に着いてしまった。地元なのに何してるんだ、私。
 けど、怪我の功名ということにして、ついにで竜泉寺にも寄っていくことにした。入り口を見ると桜も咲いている。もしかしたら猫に会えるかもしれないという期待もあった。

2008年桜1-6

 境内には数本桜が咲いていて、いつもより華やいだ雰囲気になっていた。ここにもシダレが植えられている。
 残念ながら猫の姿は見かけなかった。ずっと昔からいる白い猫は元気にしてるんだろうか。
 右奥に見えている竜泉寺城は、平日だから開いてない。休みの日の午後くらいしかやってないから、いまだに入れずにいる。入り口には「百万ドルの景色」とかなんとか書かれた紙が貼られている。最近は円高だから、風景の価格も下がったかもしれない。

2008年桜1-7

 どうにか日没前に到着することができた。これが覚成寺のエドヒガン桜だ。
 やっぱりいい。何しろ勢いがある。これで三度目だけど、一番いい時期に来た。今が最高潮に満開だろう。
 樹齢は約100年くらいとのことだ。エドヒガンは長生きで数百年生きるから、まだ成長途中だ。全国の桜の銘木でも、添え木などをいっぱいつっかえさせているものもあるけど、あれは痛々しい。この桜は今のところまだそんな心配はまったくなさそうだ。
 一般的な知名度はほとんどない地元の桜だけど、これはオススメしたい。
 朝宮町の朝宮公園の南西あたりの奥に入ったところにある。どうしても見つからなければ、朝宮公園を歩いてる人に訊けば教えてくれるはずだ。

2008年桜1-8

 桜並木ではソメイヨシノでも、一本桜ならエドヒガンだ。全国には有名な一本桜も多いけど、こういう名もない一本桜もたくさんある。有名になって大勢の人に見てもらうことが、必ずしも桜の望みではないだろう。みんなの心に、それぞれ大切な一本桜があればそれでいい。

2008年桜1-9

 少し離れて眺めてみる。これが覚成寺のほぼ全景だ。桜の左奥に本堂があって、その左はお墓になっている。左手前が三門で、ちょっと変わったスタイルをしている。右にある民家は、お寺の人のものだろう。
 この日見物人は私以外にいなかった。普段は近所の人がちょろちょろ見に来るという感じだ。

2008年桜1-10

 最後は日没迫る中、桜を逆光で撮っておしまいとした。
 桜はどう頑張って撮っても実物以上に撮れない。花のクローズアップなどは実物以上にきれいに撮れたりするのだけど、桜だけは実際に自分の目で見た方が感動する。だから、写真で紹介して、見にいってくださいというしかない。あえてこれを見るためだけに県外から来るほどのものでもないけれど。
 今年も覚成寺のエドヒガンを見られて良かった。これでひとつ、桜の課題をクリアしてすっきりした。
 奥山田のシダレは、今年はやめておくことにした。あそこは遠すぎてつらい。2回見たから、よしとする。
 今後の桜スケジュールとしては、山崎川、五条川をメインに、地元スポットを回るといった感じで予定している。
 今年の目玉として、岡崎城というのを一つ思いついた。まだ実現するかどうか分からないけど、夜桜もあわせて撮ってみたいという気持ちはある。
 その他、落合公園、名城公園、平和公園あたりも合間に挟めたら挟みたい。
 まだ桜シーズンは始まったところだ。この分だと見頃は4月に入ってからだろうか。4月の一週目が本番ということになる。
 なんてのんびり構えていると、桜はあっという間に駆け抜けてしまう。できるだけ寄り添って、最後まで見届けよう。今年こそ、桜の花びらが五条川の川面を埋め尽くすシーンを撮れるだろうか。


三年目のカタクリは1時間間違えて早く着いてしまった教室のようだった
2008年03月27日 (木) | 編集 |
カタクリ群生-1

Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II / TAMRON SP 90mm f2.8 / smc Takumar 135mm f2.5



 3月の終わりは、桜の季節というだけでなく、カタクリの季節でもある。
 桜の開花宣言が出されて、それを追いかけるようにカタクリの花が咲き始める。私も毎日、カタクリの開花状況が気になって、足助町のHPを見ながら、すぐに飛び出せるように行く機会をうかがっていた。すると昨日、ついに満開宣言が出された。写真を見ると確かに斜面一面をカタクリが覆っている。これはもう行かねばならない。満開っぷりが一刻の猶予もならないことを告げている。
 曇りがちで光がないのがなんとも残念ではあったのだけど、今日行ってしまうことにした。明日、あさっては天気の心配もある。
 しかし、この判断は間違いだった。完全に早まった。うーん、なんだろう。遅刻かと思って大あわてで学校へ行ったら、1時間間違えて早く着きすぎてしまったみたいな感じだろうか。だーれもいやしない。駐車場に着いた時点で車が5、6台しかとまってなくて、もしかしてと思ったら案の定だった。
 確かに一部は満開のところもあって、それどころか終わりかけている花もけっこうあったのだけど、全体としてはまだ半分くらいじゃないだろうか。一番いいときを知ってるだけに、この程度では物足りないと感じた。それより何より、人が少なすぎた。みんなまだ早いと知っていたのだろう。
 ただ、おととし2006年は、同じ26日に訪れて満開だったし、去年は4月1日で3日くらい遅れた印象だったから、時期的には間違いではなかったはずだ。今日は午後からずっと曇っていたから、花の開きが悪かったというのもありそうだ。午前中ならもう少し印象が違ったかもしれない。
 三年連続三度目ともなると、見慣れた光景になった。とはいえ、これだけのカタクリの群生は他ではちょっと見られるものではないから、いつ見てもわぁーっと思う。桜と同じように、またこの季節に戻ってこられたことを喜びとして感じる。
 そんな気持ちのお裾分けということで、今日はカタクリの写真をお届けします。

カタクリ群生-2

 足助のカタクリの楽しみの一つとして、人入り写真をたくさん撮れるというのがある。しかし、何しろ今日は人が少なかった。視界に入るのが4、5人で、山全体でも10人もいない。カタクリシーズンでこんなに人が少ないのはもちろん初めてだ。おととしも平日だったけど、そのときも大賑わいだった。あれは確か、中日新聞に紹介された直後だったというのもあったんだったか。去年は日曜日で、通路を埋め尽くすほどだったから、あれを思うとなんとも寂しい限りだった。やっぱりここは人も賑わってないと面白くない。訪れた人たちの、わぁーすごい、きれいねーという歓声を伴ってこそ、こちらの気分も盛り上がってくるのだから。
 上の写真のあたりが今一番よく咲いていたところだ。ここだけ切り取れば、文句なしに満開といえる。光の当たり具合によって咲く時期もずれるから、斜面によってけっこう差が出てくる。全体が足並みを揃えてきれいに咲くということはない。
 だから、見ることを重視するなら全体が出揃ったときの方がいいし、写真を撮るなら花の状態がいい前半がよさそうだ。明日、あさってはタイミング的にどうなんだろう。次のピークがくるまで少し待った方がいいかもしれない。

カタクリ群生-3

 散策路前半はこんな感じだ。後半部分よりもこちらの方がよく咲いていた。けど、ピークはこんなもんじゃない。もっと全部が紫色で埋め尽くされる。この倍以上は咲くはずだ。それとも今年は花が少ないのだろうか。
 それにしても、これだけ俯瞰で撮って人が一人も入らないなんて、ちょっと信じられない。もう一度中日新聞に紹介してもらわないといけない。

カタクリ群生-4

 本腰を入れて撮りに来ていたカメラの人も、私が見た範囲では3人だけだった。足助のカタクリといえば、赤帯、白レンズは当たり前の高級機材見本市のような場所で、今年も楽しみにしていたのに、それも見られなかったのは残念だった。今回は撮る人を撮るシリーズもいい写真が撮れなかった。人が少なすぎて、数少ない人にレンズを向けるのも不自然すぎてできない。そんなことをしたら、がらがらの映画館で人の隣に座るようなものだ。

カタクリ群生-5

 とはいえ、こっそり撮ってしまう私。カメラの人は、撮っているときが一番無防備になるから、そこがシャッターチャンスだ。この日ばかりは、私も訪れていた人が撮った写真の中にしっかりおさまっていそう。まあ、こういうところへ来て、人を狙って撮ってるのは新聞社のカメラマンと私くらいのものだろうけど。

カタクリ群生-6

 花は曇りの日の方が色が柔らかく写っていいという人もいるけど、私はやっぱり光が欲しい。空に明るさはあったものの、もっと光をの願いもむなしく、最後まで光は戻らなかった。
 上の写真は、わずかに光が差したときに急いで撮った一枚だ。もう少し時間の余裕があれば、しっかり狙って撮りたかった。このあとまたすぐに太陽は雲に隠れてしまった。

カタクリ群生-7

 光の少なさはカタクリの元気も奪い、状態のいい花を見つけるのが大変だった。みんな開きすぎるか、開き方が足りなくて、ちょうどいい具合に反り返っているのがあまりなかった。写真に撮る場合は、周りとの兼ね合いもあるから、いい場所にいい感じに咲いているのを探さないといけない。でも、なかなか都合よくはいかないものだ。
 カタクリを撮るのも、簡単そうで難しい。

カタクリ群生-8

 群生してる状態では雑然とした中に埋もれてしまいがちだけど、カタクリは本来単独で鑑賞するものだ。こうして一輪に近づいてよく見てみると、その清楚さや透明感にあらためて感じ入る。繊細でありながら凛としているのは、うつむきながらも目一杯開いている花びらの姿がそう感じさせるのだろう。

カタクリ群生-10

 咲いている白花カタクリは見つけることができなかった。さほど珍しいものではなく、ちょくちょくある。
 でも、カタクリはなんといってもあのピンク紫に限る。白は珍しくても、あまりありがたいとは思わない。
 カタクリの色は地方差や個体差がけっこうあって、紫が濃かったり、ピンクが勝っていたり、白っぽかったりいろいろだ。足助のカタクリは紫が強いんじゃないかと思う。人によってはカタクリはピンクというイメージの人もいると思う。土壌や環境によっても変わってくるのかもしれない。

カタクリ群生-9

 昨日、松平郷で久しぶりにTakumarの135mm f2.5を使って、あらためて魅力に気づいた。デジタルにすると200mmちょっとという中途半端な画角で、使えるシーンが限られるのだけど、上手くはまるといい写真が撮れる。基本はポートレートレンズで、マクロは使えないから、花もポートレート的な撮り方になる。
 上の写真も、マクロでも望遠でも広角でもこういう写りにはならなくて、明るい中望遠特有のものだ。距離さえ合えば面白いレンズとして使える。最短焦点距離が1.5メートルというのが惜しい。これで50センチくらいまで寄れれば、もっと被写体の幅が広がるのに。

カタクリ群生-11

 散策路後半部分はまだ全然咲きが足りない。葉も出そろってない状態だから、あと数日かかりそうだ。
 一時間ほどかけてゆっくり二周して、それ以上粘っても、光も戻りそうにないし、人も来そうにないということで、私も帰ることにした。もうちょっといろいろ撮りたいという物足りなさが残った。それはまた来年ということにしようか。
 カタクリだけでなく、他にもあれこれ撮ってきたので、そのあたりの写真はまた明日以降紹介することにしよう。足助の町も少し歩いて撮ってきたし、咲いてる花もカタクリだけじゃない。
 桜の咲き具合は、まだ3分程度だろうか。見頃にはもう3、4日かかりそうだ。開花のときが一番暖かくて、ここ数日少し気温が下がっている分、咲き方のペースも遅くなっている。満開は今週末か、来週の初めか。
 今週はのんびりしていられない。少しでも時間を作って、どこかへ何かを見にいこう。明日はどこかで桜見物を予定している。桜はフッと気を抜くと一瞬にして置いていかれるから、この時期は油断禁物なのだ。


一年半の無沙汰を詫びに親氏のオヤジに会いにいく ---松平郷<第1回>
2008年03月26日 (水) | 編集 |
松平郷1-1

PENTAX K100D+smc Takumar 50mm f1.4 / 135mm f2.5 / 28mm f3.5 / 200mm f3.5 他



 今週は桜週間と位置づけて、心の準備は万端整えているのに、なかなか満開の便りが届かない。開花宣言から、まだ3日だから当然だ。はやるきもちをおさえつつ、どこへ行こうかあれこれ考えるも、行き先が決まらない。今行ってもまだ2、3分咲きに違いないから早すぎる。せっかく行くなら満開のときに見たい。
 いったん桜は延期にして、別のところへ行くことにした。春だし、松平郷にしようと思う。3月はまだ行ったことがない。ブログを調べてみると、最後に行ったのは2006年の8月だ。一年半以上も行ってないのか。それはもう、行かなくてはなるまい。大のお気に入りの場所でもあり、心の故郷のようなところだから、そんなに長らくご無沙汰してはいけない。
 しかし、変わらない。一年や二年では何の変化もないように見える。まだ一般に知られる前、司馬遼太郎はこの場所を見つけて初めて訪れて大感激して、のちに再訪したときあまりの観光地化ぶりに激怒したというエピソードがあるけど、あれで松平郷も思い直すところがあったのだろう。変わらないことがいいこともある。
 いつ行っても、車から降り立ったとたん、ふっと空気に馴染む。感慨もなく、なつかしさもなく、里帰りしたようでもなく、何もかもが当たり前に思える。クセのないミネラルウォーターが喉を通って体の中に吸い込まれていくように。かつての松平郷を、司馬遼太郎は清らかな日本と表現した。そうだ、ここは日本なんだと思う。本当に日本好きの外国人に見せてあげたい日本がここにある。本来の日本はもはや、京都にも鎌倉にもない。
 今回もたくさん写真を撮ってきたから、何回かに分けて紹介しようと思う。断片的な風景からどこまで松平郷の魅力を伝えることができるだろうか。

松平郷1-2

 ここを訪れたらまず、この松平親氏(ちかうじ)のオヤジに挨拶をしなければいけない。徳川家康のルーツである松平家の始祖が松平親氏だ(史実では一応そうなっているが真偽は不明)。
 オヤジさん、ご無沙汰してます。帰ってきましたよと挨拶をする。
 相変わらずはだけた格好であらぬ方向を指さしたまま何も言わない。あっちへ行けとでも言ってるのあか。

松平郷1-3

 ソメイヨシノにはまだ早かったものの、いろいろな花が咲いていた。春に咲くのは桜だけじゃない。
 このあたりの花も桜の一種だろうか。自信が持てない。
 天下茶屋は今日も静かに営業していた。お客は二人。平日の夕方ならこんなものだ。ここは広く知られた観光地というわけではない。
 ただ、4月には春祭りがあるようだから、そのときは賑わうのだろう。2月には天下祭りという、はだか祭りもあった。

松平郷1-4

 入り口近くにあるのが松平東照宮で、奥には高月院がある。東照宮は松平親氏を祀った神社で、境内には家康が生まれたときに産湯に使ったとされる井戸などが残っている。高月院は、1367年に足助重政が建立し、親氏が堂や塔を建てて以来、松平家の菩提寺となった。1641年には、三代将軍家光が三門と本堂を建てたとされている。
 高月院の長い白塀も、松平郷を代表する風景の一つだ。

松平郷1-5

 集落は奥へ向かうほど登り勾配がきつくなり、奥は段々の田畑になっている。
 そこに桜がポツリと立って咲いていた。そうだ、桜ってこうだよなとあらためて思い出したような気持ちがした。桜というと桜並木を思い浮かべるけど、あれは人の手で植えられたもので、自然の姿ではない。この桜も、郷の誰かが植えたものだとしても、これが昔からの日本の桜風景だ。いつ誰が植えたのかも忘れられたまま、誰も手入れや世話をせずとも毎年春になると花を咲かせて季節を知らせる。そこで人はあらたまって花見をしたり、宴会をしたりなんかはしない。そして、気づけばいつの間にか桜は散っている。
 日本全国には名物の一本桜がたくさんある。地元の人しか知らないような銘木もあるのだろう。

松平郷1-6

 一番上まで登って、逆光の桜を望遠で撮ってみた。花がギュッと詰まって華やかに見える。こういう撮り方もありだ。

松平郷1-7

 松平郷の中で、私が一番好きな眺めがこれだ。田んぼの上の方まで行って、下を見下ろすとほぼ全景が見える。
 家康が松平郷を訪れたことはたぶんないのだろうけど、こんな小さな集落で始まった家系から、天下統一した人物が出たと思うと不思議な気分になる。
 この場所から見る夕焼けはさぞかしきれいだろうと思うけど、西は山が空を遮っているから、あまり焼けることはないのかもしれない。

松平郷1-8

 足下の土手を見ると、あちこちでツクシが顔を出していた。街中で暮らしていると、ツクシを目にする機会もほとんどなくなってしまったけど、昔はそのへんにいくらでもあった。特別珍しいものでもなかったから、気にもとめなかったくらいだ。
 今では貴重なものとなってしまって、とって食べようとも思わない。今でもあるところへいけばたくさん生えているのだろうけど。

松平郷1-9

 そういえば水芭蕉はどうなっただろうと思い出して、奥の池に行ってみたら、やっぱりもう咲き始めていた。そうだ、そうだ、水芭蕉も4月に咲くものだから、そろそろ出てきてもおかしくない。夏が来てから思い出していては遅いのだ。
 見頃となると、4月のはじめから半ばにかけてだろう。

松平郷1-10

 ウグイスが遠く、近くでさかんに鳴き交わしていた。ぜひ撮りたかったのだけど、なかなか姿を現してくれないのがウグイスだ。
 その代わり、シジュウカラが相手をしてくれたので撮らせてもらう。でも、せっかくならもう少し撮りやすいところにとまって欲しかった。今日は200mmしか持っていかなかったから、近づいたところで逃げられてしまった。

松平郷1-11

 松平郷といえば、室町塀が一番有名だろう。見ると撮りたくなる。
 この塀と小川のほとりは、一年を通じて様々な花が咲く。初めてカワラナデシコを見たのもここだったし、4月になればヒトリシズカが咲いてくる。夏のオミナエシと萩も、室町塀とセットでよく被写体になる。
 今日はまだ時期的に早くてめぼしい野草は咲いていなかった。そんな中、柳の風情がちょっとよかった。

松平郷1-12

 西日に照らされる室町塀と柳の木。
 道が石畳だったらもっとよかったのにと勝手なことを思う。集落は人も住んでるし、車も通る生活道だから、よそ者の無責任な願望だと自覚しつつ。

 3月の松平郷シリーズ第一回はここまでとしよう。続きは明日以降ということで。
 今週はなんといっても桜週間だから、更新内容はあちこち飛ぶかもしれない。さて、どこの桜から見て回ろうか。


マンネリ感を打破できずに3回で完結になった東山動物園の春<第三回>
2008年03月25日 (火) | 編集 |
東山動物園春3-1

KONICA MINOLTA α-7 DIGITAL+MINOLTA 100-300mm f4.5-5.6 APO



 春の東山動物園シリーズは3回目で早くも完結を迎えてしまった。期待のドラマが視聴率の低迷で途中打ち切りになってしまったような唐突な終わりだ。予定ではたっぷり撮り貯めて、2週間分くらいの在庫にしようと目論んでいたのに。今回は全体的にみて低調だった。要因はいろいろあるのだろうけど、残念だ。こういうこともある。
 今日は鳥写真を中心に、おまけ写真を加えて最終回とする。

 このフラミンゴの名前をいつも思い出せない。ピンク色をしてるからピンクフラミンゴだろうと思うと違って、ああ、モモイロフラミンゴかと思い出したと思ったらそれも不正解。ベニイロフラミンゴだったかなぁと思いつつ、正解はチリーフラミンゴだ。全然ピンク色と関係ない。
 チリやアルゼンチン、ブラジルなどの南米にいるからチリ産のフラミンゴということでそう名づけられた。東山にはベニイロフラミンゴもいるから、よけいに混乱しがちだ。
 現地では塩湖や海岸線などで、数百羽から数千羽の群れで暮らしているそうだ。こんな大きなピンク色をした鳥が数千も集まっている光景はさぞかし壮観だろう。不忍池でカモが群れているのとはスケールが違う。
 特徴は、半分から先が折れ曲がって黒色をしているクチバシだ。あと、間接が鮮やかなピンク色をしているのも見分けるポイントとなる。

東山動物園春3-2

 フラミンゴがいる小さな池には、毎年多くの訪問客が訪れる。動物園の中の生き物は外へ出たがり、外の生き物は動物園に入ってきたがる。エサが豊富で安全だから。
 よほど居心地がいいのか、3月も半ばを過ぎたのに、北へ返ろうとしないやつらがまだ居残っていた。オナガガモやヒドリガモなどは、もう帰らないといけないだろう。快適だから、このまま日本で過ごしてしまおうかなんて考えてるのか。
 基本的に暑さは苦手なはずだけど、渡りの鳥が渡るのは子育てとエサの問題が大きいから、それをクリアできるならあえて危険な渡りをする必要はないともいえる。
 カモ界にも流行やムーブメントみたいなものがあって、渡りのスタイルにも変化が起きている。関東までしかいなかったのが関西まで進出したり、北へ渡ったやつが北海道で繁殖したり、例外とは呼べない傾向の変化がある。日本もだんだん暖かくなってるから、渡りも影響が出てくるかもしれない。
 鳥たちが季節を感じるのは、気温ではなく日照時間だといわれている。確かにそうじゃなければ、年によって気温の差があるから、鳥たちにしてみたら季節感が狂ってしまう。昼と夜の長さで判断すれば、季節を間違えることはない。

東山動物園春3-3

 こちらは温室にいるオシドリたち。外へ出られないから、当然渡ることもない。一年を通じて安定した気候の中で暮らしているから、まさに温室育ちだ。
 花の場合、温室育ちはきれいになるけど、鳥の場合は精彩を欠く。野生のオシドリはもっと色鮮やかだ。ここのは色がくすんでいる。
 今年も田峯のオシドリの里へ行くことができなかった。何しろ遠いし、最近はあちこちでオシドリを見ているから、貴重にも感じられなくなって、なかなかあそこまで行く気になれない。一度くらいは行って見てみたいとは思っているのだけど。

東山動物園春3-4

 上を見ながら寝るオウサマペンギン。
 キングペンギンという呼び名の方が一般的だろうか。コウテイペンギンについで2番目に大きなペンギンで、体長は90センチくらいある。
 ペンギンというと極寒の地に暮らしているというイメージがあるけど、多くのペンギンは暖かいところにすんでいる。キングペンギンは、南大西洋とインド洋の島々で暮らしている。
 極寒の南極にいるのはコウテイペンギンだ。コウテイペンギンは、夏場にクーラーががんがんに効いた部屋がないと生きていけないから、水族館に多い。キングペンギンなどは室外飼いでも大丈夫なので、動物園にもいる。

東山動物園春3-5

 いつ見ても、恐竜チックなヒクイドリさんだ。
 でもこれもおかしな鳥で、派手なのは首から上だけで、その下はいたって地味な黒い毛並みをしている。足は白だ。これが顔まで黒だったら、面白みに欠ける鳥だった。顔の印象が強すぎて、他のところにあまり目がいかない。
 ニューギニアとオーストラリアのごく一部に生息していて、現在野生種は絶滅を危惧されている。
 オーストラリアで暮らしていても、ヒクイドリが道路を時速50キロで疾走している姿を目撃するなんて経験は一生に一度もないだろう。
 けっこう乱暴な性格で、現地では蹴られて命を落としたということもあったそうだから、ヒクイドリを見かけても気軽に頭をなでようとしてはいけない。

東山動物園春3-6

 花鳥園へ行って以来、インコのおなじみさんが増えたので、動物園でも見るのが楽しみになった。あ、キミ、ここにもいたんだというのを何羽も見かけた。
 これは知らない。花鳥園にもいなかったと思う。鮮やかなブルーが美しい。
 花鳥園ならある程度自由に飛び回れるけど、小屋ではほとんど飛べないから気の毒に思えてしまう。

東山動物園春3-7

 仲良くくっついて寝てるところへ私が近寄っていったので、パチッと開いた目と目が合った。何見てるんだようと言いたげな表情だ。

東山動物園春3-8

 リスと小鳥の森で、ルリビタキのメスは見つけた。尾っぽだけが鮮やかなルリ色をしている。
 オスはどこか奥の方にいたんだろうか。ここも、開園直後の午前中に行くと、小鳥が活発に活動していて見られる確率が高いとのことだ。ヤマガラやメジロもいるはずだ。

東山動物園春3-9

 モノレールと桜のつぼみ。行ったのは21日だったから、まだソメイヨシノは咲いてなかった。
 植物園には早咲きの桜が何種類が咲いているそうだから、時間があればそちらも回りたかったのだけど、2時間では動物園と植物園は両立できない。動物園を一周歩くだけでも1時間以上かかるから。

東山動物園春3-10

 前も一度紹介したことがある、東山の古いモノレール。
 サフェージュ式と呼ばれる吊り下げ式モノレールとしては日本最初のもので、三菱がフランスの会社と技術提携して作ったものだ。営業開始は昭和39年(1964年)で、昭和49年(1974年)まで東山動物園の中を走っていた。
 そのときの車両がいまも動物園の片隅に置かれている。せっかくだから中も見学させてくれればいいのに。人が乗ったら落ちてきてしまうくらい朽ち果てそうになってるのだろうか。
 日本最古(1962年)で現在も営業している犬山モンキーパークのモノレールが、今年の12月で営業を終えることが決まった。去年、モンキーパークへ行ったとき乗ったけど、あれは下手なジェットコースターよりもスリリングで面白い乗り物だったから、とても残念だ。廃線になる前にもう一度乗りに行こうと決めている。

東山動物園春3-11

 ソメイヨシノはまだでも、別の桜が咲いていた。というか、ほとんど散っていて、わずかに花が残っているだけだった。とても早咲きの桜はなんて種類のものだったんだろう。
 桜の見分けも勉強が進んでいない。この春は、少しでも覚えていきたい。

東山動物園春3-12

 小学生の女子グループ。この春小学校を卒業した子たちだろうか。
 ちびっこを見ていると、断然女の子たちの方が真面目だということに気づく。男子はこういうところへ来てもふざけてばかりいてまともに動物なんて見てないけど、女子はしっかり観察しようという姿勢が見える。子供の頃は特に女の子の方が早熟で大人だから、同じくラスの男子を見てあきれてしまう気持ちは分かる。振り返ってみると小学生のときの私もおバカだった。動物園の社会見学でも野球をしてるような間抜けな少年だった。

東山動物園春3-13

 にぎわっていた動物園も、4時半を回ると人がぐっと減り、閉園間際ともなると哀感さえ漂ってくる。私はこの時間の動物園が一番好きだ。園内全体が夕方のけだるい空気に包まれて、寂しいんだけど嬉しいような、なんとなく微笑みが漏れてしまうような心地になる。
 動物たちは部屋に戻り、飼育員さんたちが掃除をし、売店は店じまいを終える。歩き疲れた親子たちがゆっくり門へと進み、私は立ち止まって振り返る。今日も動物園は平和のうちに一日を終えた。お疲れ様と、誰にともなく声をかけたくなる。
 春の東山動物園は、もう一つ収穫のないまま終わったけど、行ってよかった。また行こうと思う。
 今回のシリーズはこれで終了だ。また次回、真夏の夜の夢動物園でお会いしましょう。今年も行くぞ、ナイトズー。


冷凍食品に勝負を挑んで脱線と自滅で完敗のサンデー料理
2008年03月24日 (月) | 編集 |
冷凍食品風サンデー

Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II



 今日のサンデー料理のテーマは、冷凍食品だった。ややタイムリーさに欠ける感はあるものの、ふと冷凍食品という言葉心に引っかかった。今頃。
 といっても、もちろん、冷凍食品を使って料理をするというのではない。冷凍食品風のおかずを手間暇かけて作ってみようという企画だ。そして、そのおかずは冷凍食品に勝てるのかという勝負でもあった。
 最近の冷凍食品事情に疎い私は、まずは勉強から入ることにした。
 一昔前までは、冷凍食品というと手抜きで美味しくなくて、カロリー高めで体にもよくないというイメージがあった。しかし、最近は冷凍食品も大きく進歩を遂げて、簡単、便利で美味しく、非常に多様になっているという。確かに、スーパーの冷凍食品コーナーを見ると、多種多様な商品が並んでいる。
 フライやハンバーグ、ギョウザ、ピラフなどのお馴染みのものから、変わったもの、高級なもの、気取ったものまで、その幅は広い。肉、魚介、野菜などの食材も取りそろえられているし、調理の段階も各自もいろいろで、レンジで温めるだけのものから、揚げたり焼いたりする手前までなど、消費者それぞれの事情とニーズに応えている。
 割高なんじゃないかというのも必ずしも正しくないようで、特にひとり暮らしや少人数の家族の場合、一から材料を揃えて作るよりも無駄がなくて安上がりということも多いという。その上、下手に作るよりも美味しいとくれば、かたくなに冷凍食品を使わない方が意固地なだけとさえ思えてくる。朝お弁当を作らなければならない忙しい主婦の強い味方というのも、なるほど納得する。
 この前のギョーザ事件で大きく信用性を失ってしまったとはいえ、基本的には安全性も高いし、自宅の冷凍庫で凍らせたものよりも新鮮さを保っているという利点もある。
 冷蔵庫はガラガラなのに冷凍庫はいつもいっぱいという家庭もけっこう多いそうだ。安売りのときにまとめ買いすれば経済的だから、気持ちは分かる
 レトルトやインスタントよりも勝っている部分が多いのも冷凍食品の特徴といえるだろう。

 冷凍食品大国は、言わずと知れたアメリカだ。電子レンジが早くから普及した国だから、冷凍食品の浸透も早かった。アメリカの料理の多くが冷凍食品向きだったというのもある。
 ただ、歴史をさかのぼってみると、1834年に圧縮式冷凍機が発明され、1877年にフランスのテリエ(冷凍食品の父)が羊肉の海上冷凍輸送を始めたあたりが冷凍食品の走りということになっている。。
 1800年代の終わりには様々なものの冷凍に成功し、1905年にはアメリカでジャム用のイチゴを凍らせて運んだのが本格的な冷凍食品の始まりだともいわれる。
 アメリカの一般家庭で冷凍庫つきの冷蔵庫が普及し始めたのが1920年代で、戦後の1950年代には広く消費されるようになっていた。
 日本で冷凍食品が認知されるようになるのは、1960年代に入ってからのことだった。1980年代には日本でも電子レンジを持つ家庭が増え、冷凍技術の進歩とあいまって、市民権を得ていくこととなる。
 家庭用だけでなく、ファミレスなどの外食産業でも冷凍食品が多く使われる。いまや日本も冷凍食品なしには食生活が成り立たないところまできた。
 でも、これがかつて私たちが夢見た食生活の在り方だろうかと考えると、それはちょっと違うような気もする。調理マシーンに命令すれば手早く調理されて完成品が出てくるのが未来で、冷凍食品は自分でやらないといけない分、未来的じゃない。
 現在は、10月18日を冷凍食品の日と定め、オリジナルキャラクターのレイミー・とお太が活躍する。活躍してる? 私は見たことがないんだけど。
 なんで10月18日かといえば、10は冷凍の凍で、18は冷凍食品の管理温度マイナス18度からきているそうだ。冷凍食品の日は、恋人同士がそれぞれ自分が好きな冷凍食品をプレゼントしあう日なのだ(ウソ)。

 前置きが長くなってしまったけど、そんなわけで今日の私は打倒冷凍食品サンデーとなった。あっちはエリートでこっちは雑草でも、草魂を見せるのだ。スマートさでは負けるけど、なんとか味で一矢報いたい。
 三本勝負では、白身魚のフライ、ハッシュドポテト、シューマイと、なんとなく冷凍食品ぽいかなという料理を選んでみた。ポピュラーではないかもしれないけど、どれも冷凍食品として売っているものだと思う。
 まずは左手前の白身のフライから。
 普通にころもをつけて揚げただけでは負けてしまう可能性大なので、ひと工夫こらした。白身の切り身に塩、コショウと白ワインを振って、間に大葉とチーズを挟み、あとは普通にころもをつけて揚げていく。
 ソースはタルタルソースにした。タルタルソースの冷凍食品ってあるんだろうか。ゆで卵をくだいて、オリーブオイルで炒めたみじん切りのタマネギ、マヨネーズ、塩、コショウ、バジルの葉を混ぜて作った。
 これは勝っただろう。揚げる手前の段階のものも売ってるから、冷凍食品でも揚げたてにはなるけど、タルタルソースまではついてこない。冷凍ものに作ったタルタルソースをかければ引き分けになるから、必ずしも勝ちではないって? でも大葉を挟んだところを買って欲しい。僅差の判定勝ちということにしておこうか。

 奥はハッシュドポテトを作ったつもり。
 ハッシュドポテトというのも先週の知ってるつもり料理の続きで、名前はよく聞くけど定義を知らない料理の一つだった。なんとなくジャガイモをつぶして揚げたのがそうだろうと思っていたけど、どうやら間違っていたらしい。ジャガイモはつぶすのではなくみじん切りにして、小麦粉を混ぜて揚げたのがそうらしい。
 私は、ジャガイモを千切りにしてレンジで加熱してからつぶして、刻んだタマネギを混ぜて、カタクリ粉、塩、コショウなどで味付けして、パン粉をまぶしてフライパンで焼いた。食感はほとんどコロッケだったから、なんか違うなと思ったのだ。そうか、ジャガイモをみじん切りにして歯ごたえを残すのか。
 食感が大きく違えば、料理としても別のものとなる。この勝負は、私の反則負けのようだ。
 ソースは、刻んだタマネギをオリーブオイルで炒めて、たっぷりの白ワインを注ぎ入れ、アルコールを飛ばしたら、ケチャップ、コンソメの素、塩、コショウ、しょう油少々、砂糖たっぷり、水で薄めて、水溶きカタクリ粉でちょっととろみをつける。トマトを使わない簡易トマトソースだけど、これでも充分美味しいのでお手軽ソースとしてオススメできる。まがいもののハッシュドポテトも、気づけば手抜きコロッケとして成立していた。

 右のは写真を見ただけでは何を作ったかまず分からないと思う。もうその時点で自滅の不戦敗という気がする。
 基本はシューマイだったのだけど、いろいろ考えて手を加えているうちに脱線して、最終的には誰も作ったことがないようなオリジナル料理となった。
 シューマイの具材は、エビをつぶしたものと、なめこ、白菜を使っている。皮のツルツルさと具材のなめこのぬめぬめ感が口の中で踊って得もいわれない食感となった。私は好きだけど、これは人を選ぶ。
 おそらく、世界中を探してもこんな冷凍食品は売ってないだろう。勝ちといえば勝ちだし、失格といえば失格だ。
 シューマイを野菜スープに浮かべるというのもちょっと斬新なアイディアだった。タマネギ、ニンジン、白菜、ベーコンを使ってコンソメスープを作り、ワンタン風のシューマイとしてみた。この考えは悪くなかったと思う。
 シューマイは、皮こそ市販のものを使ったものの、ちゃんと蒸し器で蒸した。手間暇がかかっている。

 というわけで、結果的に私と冷凍食品対決は1勝5敗となった。2敗ではなく5敗になったのは、時間のかかりすぎと、食材費の高騰、台所まわりのとっちらかり具合とをあわせてプラス3敗だ。トータルの味では勝てたと思うからそれでプラス1勝としても、2勝5敗では完敗と言わざるを得ない。冷凍食品、侮り難し。
 ものの試しに、今度冷凍食品を買ってきて、それを元に料理するサンデーというのも一度やってみたい。冷凍食品はそのままの形で出さなければいけないと決まっているわけではないし、アレンジして自分で作ったように見せかけることができるという点もいいところだから、完成型としては普通に作ったよりも美味しいものができるかもしれない。どこかに限界もあるんだろうし、そのあたりを見極めたいという思いもある。勝負に勝つにはまず敵を知ることから始めないといけない。
 いつか、冷凍食品、敗れたり! と高々と勝利宣言できる日がやって来るだろうか。待ってろ、冷凍食品、次は負けない。


望遠ズームで画角に迷って動物に迫りきれず ---東山動物園の春<第二回>
2008年03月23日 (日) | 編集 |
東山動物園2-1

KONICA MINOLTA α-7 DIGITAL+MINOLTA 100-300mm f4.5-5.6 APO



 春の東山動物園第二回は、普通に撮った動物写真をお届けします。
 今回は100-300mmという望遠ズームを使ったから、ちょっと迷いが生まれてしまった。300mm望遠の単焦点なら迷いようがなくて、ファインダーの中におさまった大きさで撮るしかないのだけど、選択肢の幅ができるとどの大きさが正解なんだろうと考えてしまう。体全体なのか、顔アップなのか、上半身とかを切り取るべきかなどと。あたらめて望遠ズームの難しさを知った。
 あと、やはりF値が暗い望遠は、動物園では使いづらいというのも分かった。最近の定番は、Takumarの300mm f4だったのが、300mmでf5.6になると、前後のボケが小さくなって、檻や金網越しが極端に難しくなる。画質重視となると一段は絞ってf6.3で撮りたい気持ちも働くし、そうなると室内にいる動物はほとんど撮れないことにもなる。いくら手ぶれ補正があるとはいえ、ISOを800まで上げても300mmでは苦しすぎる。持ってないけど、動物園の理想レンズは70-200mm f2.8あたりじゃないだろうか。値段的にも一般人が買えるぎりぎりだし、持ち歩いて手持ちで撮れるレンズとなるとそのあたりだろう。300mm f2.8などはいろんな意味で現実的じゃない。
 そんなわけで、今回は迷った分、あまり印象的な写真が撮れなかった。なんとなく通り一遍の感じになって、自分でも面白くなかった。タイミングもよくなくて、自分の力不足を感じることとなった。

東山動物園2-2

 一度覚えたことも油断するとすぐに忘れてしまうことがある。アザラシとアシカの見分け方もそうで、耳が出てないのがどっちかで、耳が出てるのはどっちかだというところまでは分かるのだけど、どっちがどっちか分からなくなりがちだ。ゴマちゃんは耳がないと覚えたつもりなのに。
 耳の穴だけしかないのがアザラシで、耳が出っ張ってるのがアシカだ。もう一度覚え直さないと。あと、泳ぐとき体の後ろだけで泳ぐのがアザラシで、アシカは前のヒレも動かすというのもある。
 しかし、安心するのはまだ早くて、他にもセイウチ、トド、オットセイ、オタリアなどがいるから、ますますややこしい。耳があるからアシカだと思ったら、オットセイだったなんてこともよくある。
 写真は、体にゴマ模様があるゴマフアザラシだ。

東山動物園2-3

 東山動物園名物といえば、なんといってもコアラだ。気づけばけっこう増殖して8頭くらいいた。チビも順調に増えているようだ。
 まあしかし、動物園で見てこんな面白みのない動物も他にはいない。基本的にみんな寝てるだけなんだから。しかも、顔を隠して寝てたり、背中を向けてるから、寝顔も見られない。最初は物珍しくて長蛇の列ができたけど、今ではみんな軽く見ながら素通りしていく。
 コアラの場合は飼育が難しい動物だから、どうしてもコアラの生活優先で、見学者のことは後回しになる。夜行性で、夜はけっこう動き回るから、せめて夜のコアラの映像をモニターで流すとかしてもいいと思う。
 写真のこいつは、たまたまちょっとだけ目を覚まして、うーんと手足を伸ばしたところだった。木の上で寝っぱなしだから、コアラも疲れるだろう。

東山動物園2-4

 飼育員さんにエサをもらうラクダくん。一頭で寂しそうにしているこのラクダがいつも気になる。ラクダの楽しみや喜びってなんだろう。
 木についた葉っぱをむしゃむしゃ食べていたけど、これが主食だろうか。野生のラクダは何を食べているんだろう。草食には違いないけど、動物園でも野菜ではなく葉っぱなのか。
 ラクダはとても我慢強い生き物だ。背中のコブに蓄えた脂肪分で何日も食べなくても生きていけるし、血液中に水分を持っていて数日間水を飲まないでも生き延びられる。人間は体の水分の10パーセントも失うと死んでしまうけど、ラクダは4割まで大丈夫だという。
 しかし、辛抱強いラクダが我慢するのが好きかどうかは本人に訊いてみなければ分からない。ホントはつらいのが大嫌いかもしれない。悲しげな顔をしてるのは、実は精神的には打たれ弱い可能性もある。ラクダだってぬくぬくした生活の方がきっと好きに違いない。

東山動物園2-5

 東山動物園の中ではもっとも広い場所で飼育されているのがキリンだ。体のサイズも大きいけど、動き回れるスペースも充分にある。敵がいないから走り回ったりはしないものの、ちょっとした駆けっこくらいはできる。
 キリンを近くから見ることができる展望台が新設されたけど、どうやら時間が決められているらしく、まだ見たことがない。近くから見るキリンは更に大迫力だろう。
 見たことがないといえば、マサイキリンも見たことがないからどこかで見たい。動物園にいるのは、たいていアミメかマサイだ。どこへ行けば見られるだろう。

東山動物園2-6

 相変わらず恐ろしげな爪をしているヒグマさん。能ある鷹は爪を隠すというけど、ヒグマは隠さない。能がないかというともちろんそんなことはなく、ヒグマパンチをまともに食ったら、頭ごと飛んでいく。
 人間なんてこざかしい知恵で生き延びているけど、素手の勝負となったら、多くの動物にかなわない。人間よりももっと小さくて、もっと賢い生き物がいて、そいつらがこの世界を好き勝手にしてたら、さぞかし腹が立つだろう。動物たちもみんな悔しい思いをしてるんじゃないかな。

東山動物園2-7

 私が野生で見たい動物の一つ、ニホンカモシカだ。
 これはどこかで見たいし、撮りたい。街中で暮らしてるとカモシカなんて遠い世界の生き物のようだけど、意外と人の暮らしの近いところにいる。山で暮らしてる人の中には、日常的に見てるという人もいるはずだ。
 乱開発や乱獲で一時絶滅の危機に陥って特別天然記念物に指定されたニホンカモシカも、その後数を増やして、今や10万頭近くいるといわれている。ちょっと山の方に入っていけばいそうだ。少し前に、春日井市の高蔵寺で見かけたという情報がある。追いかけたら東谷山方面に逃げていったらしい。東谷山にいるなら、ぜひ撮ってみたい。東谷山フルーツパークあたりにひょいと出てきてくれないかな。

東山動物園2-8

 私が好きな動物、ボンゴだ。世界四大珍獣の一つで(残り三つは、ジャイアントパンダ、オカピ、コビトカバ)、森の貴公子とも呼ばれている美しい生き物だ。
 彼らはきっと、森の中でこそ最高に美しいのだと思う。動物園ではその輝きの半分でさえない。
 アフリカの山岳地帯に彼らはいる。野生の生息数は100頭未満というから、おそらく一生見ることはかなわないだろうけど、どんな観光地や世界遺産よりも野生のボンゴを見にいきたい気持ちの方が強い。

東山動物園2-9

 いつ見てもクスッと笑えるマレーバク。そのツートンのカラーリングはやっぱり変ですよと教えてあげたい。
 インドネシアのスマトラ島やマレー半島に生息するバクで、タイでは神様が動物の余ったパーツをつなぎあわせて作った生き物とされているんだとか。確かにその気持ちは分かる。なんか中途半端というか、サイでもなくブタでもなくカバでもなくゾウでもない。どこかで間違ってしまったような印象を受ける。
 東山では去年子供が生まれた。生まれたときはイノシシの子供のうり坊そっくりで、これがまたキュートなのだ。順調に育って大きくなっているようだ。このときは部屋に入っていたのか、姿が見えなかった。

東山動物園2-10

 これはチーターだったか、ジャガーだったか、ピューマだったか。近くを通りかかった女の子たちが、ヒョウ柄なのにヒョウじゃないじゃんと口走ったのを聞いて、確かにそうだねと思ったのは覚えている。
 小屋のフェンスの網目が細かすぎてまともに写真を撮れない。間違っても檻を破らないようにという配慮だろうけど、これじゃあ写真はおろか見るのにさえ支障がある。
 新しく生まれ変わる東山動物園は、ぜひ写真を撮ることに配慮した作りにして欲しいと思う。そのことを念頭に置いて設計すれば、随所で工夫はできるはずだ。全部ガラス張りとかじゃなくても、一部でいいんだから。レンズが入る大きさの穴を開けるだけでもいい。

東山動物園2-11

 アカカンガルーの飼育所もひと工夫がこらされたところで、近くまで行けるようになって、見やすくなった。カンガルーパンチやキックが届かない範囲で近づくなら危険のない動物だから、これはいい試みだ。
 檻越しっていうのは、どうしても動物との距離感が生まれてもどかしいし、見てる側の心が痛むというマイナス要因にもなる。

東山動物園2-12

 キンシコウの仲良し親子。子供はまだまだ甘えたい盛りで、お母さんから離れようとしない。父親は今ひとつ相手にされないながらも近くにいたい。
 キンシコウも外に運動場があるのに、そこに出てるのを見たことがない。もっと早い時間に行かないといけないんだろうか。自然光の中で、生き生きと動き回っているところを撮ってみたい。
 これは中国との共同研究で貸してもらっているやつだ。中国との関係が悪化するとこれも返せって話になりかねないから、やっぱりどこの国とも仲良くしておいた方がいい。パンダをもらった恩だってあるんだし。

 動物園写真は面白くて難しい。いい写真を撮ろうと思えば、ひとつの動物にある程度の時間をかける必要がある。通りかかったときにパチパチっと数枚撮ってすぐ次に移動というスタイルでは、いい瞬間を捉えられない。
 東山の場合、夕方4時以降は多くの動物が部屋に入ってしまうからそれからは写真の時間じゃなくなってしまうのが残念だ。動物園側の事情なんだろうけど、もう少し最後まで見させて欲しいところだ。
 今の季節だと、閉園の4時50分はまだまだ明るいから、これで閉まってしまうのはもったいない。夏休みのナイトズーは、夜間の動物が見られる面白さもなることながら、夕暮れ時に西日の当たる動物たちの姿を見ることができるのがいい。あれは写真として決定的な狙い目となる。季節でいうと、晩秋に行けば夕焼けと動物を絡めて撮れるのかもしれない。
 春の東山動物園シリーズは次の第三回で終わりになりそうだ。今回は思ったよりも撮れてなかった。できれば近いうちに植物園と一緒にもう一度行きたいと思っている。


3月の動物園は動物も人も花も春模様 ---東山動物園の春<第一回>
2008年03月22日 (土) | 編集 |
東山動物園1-1

KONICA MINOLTA α-7 DIGITAL+MINOLTA 100-300mm f4.5-5.6 APO



 望遠レンズしか持ってなくてたくさん写真を撮りたいとなると、行く場所は自ずと決まってくる。そう、動物園だ。カモの多くが北へ渡ってしまった今、望遠が活躍するところといえば動物園しかない。
 東山動物園は、去年の8月にナイトズーへ行って以来だから、半年以上ぶりになる。行くたびに2,000円の年間チケットを買おうかどうしようかと考えてやめる。よく行っても年に3度か4度くらいしか行かないから、買ってもしょうがないかなと思って。買えばもっと行くようになるだろうか。
 今日は平日にもかかわらず、人が多かった。学校の卒業式があったり、小学校はもう学校が短縮授業になっているのかもしれない。チビ軍団や、チビ連れの親子の姿が目立った。若いカップルは大学生だろうか。動物園ってやっぱりデートコースなんだなとあらためて思う。
 そんな中、今日一番のいいシーンは、手をつないだ夫婦さんの姿だった。手をつなぎ続けることは簡単なことじゃないからこそ美しいと思う。

東山動物園1-2

 まずはリスと小鳥の森から。お目当てはルリビタキのオスだったのに、人が多かったせいもあってか、とうとう出てこなかった。たぶんいるはずなんだけど。
 リスも少なかったのはどうしてだろう。急に数が減ったわけでもないだろうに。チビが多かったから、警戒して奥にすっこんでいたのか。
 それでも慣れた数匹は、エサを持った子供たちの近くにやってきて、愛想を振りまいていた。
 ニホンリスもかわいいけど、個人的にはシマリス希望。断然シマリスの方がかわいいから。

東山動物園1-3

 キリン広場の前は、ベンチが置かれた休憩所のようになっているから、いつも人がいて、こんな感じの風景になっている。私はこれくらいの距離から、キリンを見てる人たちを一緒に撮るのが好きだ。とてものどかな光景に思えるから。
 まあしかし、キリンはいつ見ても大きいね。

東山動物園1-4

 合体中、失礼します。
 このシーンを狙って撮ったんじゃなくて、普通に横に並んでいるところを撮っていたら、おもむろにオスが後ろに回り込んで始まってしまったから、つい流れで撮ってしまった。お邪魔しました。
 でも、メスの表情が微妙だ。

東山動物園1-5

 逆光のアクシスジカが、鹿男の鹿に見えた。じっと見てたら、向こうから話しかけてくるんじゃないかとちょっと思う。
 未来の動物園には動物語翻訳機があって、動物と話ができるようになるのかもしれない。無理かな。

東山動物園1-6

 夕方のけだるいカンガルーさん。今日もそろそろ日が暮れるなぁといったところか。
 平和には退屈というオマケがついてくる。動物は命の危険と隣り合わせのとき、最高の輝きを見せる。どっちがいいのかは人間には判断ができない。

東山動物園1-7

 花鳥園では撮り放題のエミューさんも、金網越しとなると難易度は跳ね上がり、まともに顔を撮ることさえままならない。
 エミューって、こんな頑丈な金網にする必要はない穏やかな性格の鳥なのに。こんなふうにしてるから、凶暴だと思われてしまうのだ。
 動物園の手本は旭山動物園よりも花鳥園だと私は思う。花鳥園の加茂さんの考え方に学ぶところは多いはずだ。

東山動物園1-8

 沖縄の桜といえばこのカンヒザクラ(寒緋桜)だ。桜の開花が早まったなんて話題も、沖縄の人にとってみればまったくの他人事だろう。沖縄の桜は1月の中頃から2月にかけてだから、もうとっくに終わってしまっている。
 東山動物園の中にはどういう関係か知らないけど、沖縄民家風の休憩所があって、屋根にはシーサーがいて、カンヒザクラが植えられている。名古屋のカンヒザクラもだいぶ咲いていた。この桜は、あまり開かないまま花ごとボトボト落ちる。

東山動物園1-9

 ふと気づけば、ボートもカラフルになっている。昔は木の白い手こぎボートだったし、足こぎもあんなおしゃれじゃなかった。
 暖かさもあって、今日はボートも多かった。水に入るものではないけど、ボートもやはり暖かい季節のものだ。冬場はあまり乗りたいとは思わない。
 東山のボートに乗ったカップルは別れるという名古屋の都市伝説は、今でも語り継がれているのだろうか。

東山動物園1-10

 スカイタワーをバックに飛ぶサギ。コサギだと思ったけど、足が黄色くないからダイサギか。それともシルエットになっていて黒く見えるだけで、やっぱりコサギかな。
 α-7の1秒間に3枚という連写はやや物足りない。連続9枚までは上出来だけど、秒3枚は飛びものだと追いつかない。ミドルクラスの20Dでも秒5枚ができたんだから、やればできたはずだ。結局、α-7の後継機を出せないままコニカミノルタはカメラ事業から撤退してしまった。跡を継いだソニーのα-700の実力はどうなんだろう。ペンタックスのK20Dとともに気になる存在だ。

 写真はまだまだあるけど、今日のところはこれくらいにしておこう。どうせ一回や二回では終わらない。たぶん、三、四回になるだろう。来週からは桜が始まるから、その合間に挟んでいくことになると思う。
 暖かくなって動物たちもだいぶ活気が戻ってきた。これから暑くなるまでの季節が一年の中で一番の動物園シーズンだ。初夏にはベビーラッシュもあるかもしれない。ライオンのベビーにも期待しよう。


エースの7のお手並み拝見といきましょうかね(浜田剛史)
2008年03月21日 (金) | 編集 |
αで撮る-1

KONICA MINOLTA α-7 DIGITAL+MINOLTA 100-300mm f4.5-5.6 APO



 α-7Dと100-300mm APOを持って、夕方近所へ写真を撮りに行った。
 いつの間にα-7Dなんて持ってたんだなどと突っ込んではいけない。いつの間にかだ。そういうこともある。
 100-300mmの望遠ズーム一本勝負ということで、撮れるものが限られる中、撮れるものを撮った。まだα-7Dの使い勝手も画質傾向も分からないから、まずはいろいろ撮ってみることだ。撮りながら掴んでいけばいい。
 一枚目は西日の当たる瀬戸電だ。踏切待ちになって、車の運転席からとっさに撮った一枚だったわりによく撮れた。絵に偶然はないけど写真にはそれがある。
 100mm側の画質は申し分ない。どういう評価のレンズかよく分からないまま買ってしまったけど、これはけっこういいレンズかもしれない。APOだけのことはあるか。

αで撮る-2

 いつもの矢田川の河原。時間がなくて写真を撮りにいく場所が思いつかないときはよくここに来る。そうすれば何か撮るものがあるから。
 逆光のテストをしてみる。フードなしでも問題ない。古いレンズだから当然デジタル用のコーティングなどされているはずもないけど、逆光には強そうだ。
 コントラストのきつさはミノルタの方向性で、一眼になってもそれは変わらなかったようだ。白飛びを出さないように露出がアンダーで、暗部がつぶれがちになる。ミノルタのコンパクトデジを何台か使ったときと似たような印象を受ける。他の人が撮ったα-7の写真でもそうだ。深いといえば深いし、重いといえば重い。このあたりはもう少しパラメーターを変えて、好みの画質を見つける必要がありそうだ。

αで撮る-3

 色の出方は思ったほどクセがなくて素直だ。ペンタックスともキヤノンとも違うけど、ニコンやフジのようにいちいち調整しなくてはいけないようなことはない。
 記録はいつものようにRAWで撮って、Photoshopで現像している。調整はしやすい方だ。

αで撮る-4

 ピントは速くないものの、動きものにもそこそこついていける。K100Dよりずっと良く、20Dよりちょっと落ちるといったところか。連写速度も連写枚数も必要充分と感じた。ピントは合いやすい。

αで撮る-5

 矢田川のカモ状況を調べるという目的もあった。雨上がりで増水していたことの影響もあったのかもしれないけど、やはりカモは減っていた。3月も半ばを過ぎたし、多くのカモが北へ渡っていった。姿が見えたのは、居残り組のコガモ数羽だった。
 桜が散る頃にはカモたちもいなくなっている。そして川はまた秋まで寂しくなる。

αで撮る-6

 よく探したら他にもカモたちがいた。シルエットになっていてよく見えなかったけど、渡らないカルガモだったかもしれない。
 寒いところで暮らすカモだから、最近の名古屋はもう暑いくらいなんじゃないか。すべての鳥が暖かいところが好きなわけじゃない。暖かいのが苦手な鳥もたくさんいる。大部分のカモたちがそうだ。

αで撮る-7

 お馴染みのムクドリとスズメの群れが、地面でエサを探していた。体のサイズはだいぶ違うけど、仲良く共存できているようだ。
 そういえば今シーズンは一度も地面のツグミを見なかった。特に珍しい鳥でもないけど、シーズンに一度くらいは見ておかないともやもやが残る。もうツグミたちも群れになって北へ渡っていってしまっただろうか。

αで撮る-8

 ミコアイサがどうなったか気になって、雨池に移動した。
 車を降りたらノラがお出迎え。ここは確かエサやりの人がいるはずだ。4匹くらい集まっていた。私もカリカリをあげようと思ったら逃げられた。そうそう、それくらい用心深い方がいい。
 暖かくなってノラたちにもいい季節になった。もうしばらくしたら子供も生まれる。春は楽しいことがたくさんある。

αで撮る-9

 やっぱりミコアイサはいなかった。北へ旅立ったのだろう。残念だけど、仕方ない。
 今年は3回見られたからよかった。あともう一歩近くから撮りたかったというのはあったけど、また来年の楽しみとしよう。
 それ以外のカモもほとんどいなかった。それを見て、自分の中でもう池の鳥撮りの季節は終わった。私が次に池を訪れるのは、秋になるだろう。

αで撮る-10

 雨池は何度も訪れてるのに、池の周囲の崖にこんなふうに家が建っているということに初めて気づいた。かなり無理して建てている感じだ。段々畑みたいになっている。
 気づいたといえば、α-7は光がないシーンではホワイトバランスが崩れる。色調がピンクがかる傾向があるようだ。オートではなく太陽光で固定した方がいいかもしれない。

αで撮る-11

 手ぶれ補正の効きは、K100Dやキヤノンの手ぶれ補正レンズに比べて悪い。100mm側で1/20秒くらいでも止まらずブレる。300mmになるとある程度のシャッタースピードが必要になる。
 ノイズは比較的少なめだから、ISO800と400で撮ってみて、ノイズがどれくらいになるかというのも試してみよう。

αで撮る-12

 激しく降っていた雨も昼までにはやんで、夕方は晴れ間が戻った。水たまりが夕空を映す。

 まずは試し撮りということでこんなものか。レンズ一本では、画質が本体の傾向なのかレンズのクセなのか分からない。αシステムを一から揃えるのは大変だけど、まずは広角ズームと、明るい標準の単焦点が欲しい。α-7についての評価はそれからだろう。
 100-300mm APOはなかなかいいレンズだと思う。ズームだし、F値が暗いからキレはさほどでもないものの、普通の望遠ズームより写りはいい。そこそこ軽量コンパクトだし、持ち歩くにも向いている。
 なにはともあれ、もう少しこいつを使い込んでみよう。望遠レンズが活躍する場所といえば、あそこだ。


井田八幡宮へ行って八幡のことを知る ---尾張旭神社巡り第三弾
2008年03月20日 (木) | 編集 |
井田八幡-1

Canon EOS 20D+EF-S 17-85mm f4-5.6 IS / EF 50mm f1.8 II



 尾張旭市の神社制覇宣言から早くも1年近くの月日が流れた。ふいに思いついて始めたのが去年の4月のことで、渋川神社からそれは始まった。そして今日までに回ったのは実に3ヶ所(一之御前神社と直會神社)。あまりののんびりペースに、自分でもびっくり。この企画自体を忘れてしまわないうちにやり遂げておかなくてはならない。ちょっとだけ先を急ごう。
 そんなわけで、今日は尾張旭の神社巡り第三弾をお届けしたい。
 行ってきたのは井田町にある井田八幡神社だ。
 場所は、三郷の交差点を南に入って、イトーヨーカドーを右に見ながら通り越し、三郷南交差点を過ぎて少し行った左側だ。そこそこ敷地も広いし通りに面しているから、近くまで行けば分かると思う。
 例によって、知識や情報はすべて返ってきてからの復習で得たものだ。予備知識がないまま行くから、よく大事なものを見逃す。今回もまたそうだった。
 この神社に関しては、情報も少なく、これといった見所もないので、あまり書くことはない。神社にある陶製の狛犬が尾張旭市指定文化財になっているということくらいだろう。1300年代に、この地の城主だった浅井氏が創建したとされている。これが説明のすべてといってもいい。でも、それだけではあまりにも愛想がない。だから今日は八幡社や八幡信仰について書きたいと思う。

井田八幡-2

 八幡宮といえば、鎌倉の鶴岡八幡宮が思い浮かぶ。神の使いは鳩だ。ここの八の字もちょっと鳩っぽいけど微妙なところだ。

井田八幡-3

 さて、八幡について書こうと決めたものの、どこからどう書いていいものかと迷う。
 表向きの説明としては、総本社は大分県宇佐市の宇佐八幡宮(宇佐神宮)で、祭神は応神天皇(誉田天皇)、神功皇后、比売神の八幡三神で(応神天皇の父・仲哀天皇も一緒に祀るところもあり)、全国でその数1万とも2万ともいわれ、稲荷社に次いで2番目に多い神社ということになる。
 三大八幡となると、宇佐神宮(大分県宇佐市)、石清水八幡宮(京都府八幡市)と、鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)または筥崎宮(福岡県福岡市)というのが一般的だ。他にも自称というのはありそうだけど。
 名古屋では、城山八幡宮(千種区)や若宮八幡社(中区)が有名だ。
 何しろ数が多いから、意識しないままそういえば近所にあるなという人も多いと思う。
 しかし、これの出自に興味を持って調べてみようという人はさほど多くないだろう。八幡の神様が誰であろうとそんなことは普通の人には関係のないことだ。
 いきなり結論めいたことをいってしまうと、これは渡来人(主に中国や朝鮮半島から日本に来た人々)がもたらした信仰を日本が取り込んで発展させていった神様だ。
 宇佐八幡宮の元宮が福岡県築上郡にある。矢幡八幡宮という神社で(現在の金富神社)、当時八幡は「ヤハタ」と呼ばれていた。ハチマンという読みになったのは、神仏習合したのちのことだ。宇佐八幡宮となったのは、京都に石清水八幡宮ができてのちのことで(859年)、それまでは単に八幡だった。
 ヤハタの八は数が多いという意味で(八百万の神のように)、「ハタ」は神が降りてきたときの拠り所となる幡を意味するとされる。たくさんの旗を立てて信仰するというスタイルは朝鮮半島にあったものだ。源氏の赤旗、平家の白旗や、戦国時代の旗なども単なる目印というだけではなく、このあたりからも来ているようだ。
 宇佐地方は、新羅・加羅から渡来した秦氏が支配する国だった。5世紀頃のことだ。朝鮮半島からもたらされた信仰が土地で根を下ろし、日本の古くからの信仰と結びついて、八幡信仰が確立されていくことになる。

 秦氏などの渡来人は、信仰だけでなく進んだ知識や技術なども日本にもたらすことになる。
 八幡信仰はシャーマニズムの色合いが濃く、当時のシャーマンは火を扱う専門家でもあった。同時に鍛冶や鋳造の専門家でもあり、そのことがのちに日本との関わりを深くさせる要因となる。
 砂鉄と溶かして鉄を作り、銅から鏡などを作った。「鹿男」で有名になった三角縁神獣鏡も、卑弥呼が魏から送られたものだけでなく、日本国内でも作られていたという話もある。宇佐市の古墳からもそれが見つかっている。
 そんな流れの中、東大寺の大仏が一つの大きな転機となる。大仏作りは制作開始から10年の歳月を要すことになるのだけど、大仏の鋳造に7度失敗して8度目にようやく成功を収めたという経緯がある。日本国内の知識や技術だけではどうにもならないとなって、聖武天皇は宇佐に使いを送って助けを求めた。宇佐八幡宮に祈願したということになっているけど、実際は渡来人に銅や技術の提供を頼んだのだろう。よほどの理由がない限り、都のある奈良からわざわざ九州まで祈願しに行ったりはしない。
 その成功により、渡来人は朝廷と強く結びつくことになる。早速東大寺に手向山八幡宮が建てられ、神様であった八幡は八幡大菩薩という仏様にもなった。これが日本における神仏習合の始まりとされている。
 八幡には神宮の称号が贈られ、外来神が伊勢神宮に次いでいきなり国家第二位の神社になった。これを機に、八幡神社は日本全国へと広がっていくことになる。
 道鏡が天皇になろうとして八幡神の託宣を利用しようとした事件などでも八幡宮は登場するし、源氏と八幡との関わりも強い。源頼朝は鎌倉に幕府を開いたとき真っ先に取りかかったのが鶴岡八幡宮を建てることだった。鎌倉以降、武将の守護神としての意味合いも強めていくことになる。第二次大戦の特攻隊員の信仰心にまでつながっていく。
 京都の石清水八幡宮は多くの荘園を持っていたため、それらの土地にも八幡神信仰は広まっていった。
 ついでに書けば、稲荷神社も、もともとは秦氏が京都の伏見で始めたもので、のちに現世利益と結びついて信仰者を増やしたという歴史がある。そうみると、今の日本の神社の半分以上は朝鮮から来た神様を祀っているということになる。
 というのはまあ、一説で、歴史というのはもっと多くの複雑な要素が絡んでいるから、単純には語れない。裏日本史としてこんな話もありますよというつもりで今回は紹介してみた。
 でも、因縁というか導きというか、去年から巡っている場所やブログに書いてきたことが思いがけないところでリンクする不思議を感じずにはいられない。八幡宮、鎌倉、江戸、奈良の大仏、故郷の丹生、鹿男、神社仏閣……。バラバラだったものがつながっていく。こうなってくると、やはり次は京都だろう。飛鳥も押さえておきたいところだ。今後の広がりも楽しみにしたい。

井田八幡-4

 BIGで6億円当たったら、巡った尾張旭の各神社に10万円ずつ賽銭するという約束は忘れていない。なかなか当たりそうにないから、まずは安心か。
 とりあえずキャリーオーバー発生中ということで、普通に賽銭を入れて、ちょっとした願い事をしてきた。願いは自分のためのものじゃなく誰かのためのものならしてもいいのだ。私利私欲に走らなければ願いは身勝手なものではなくなる。

井田八幡-5

 本殿の横に御嶽神社と彫られた石が建っていた。素朴というか、質素というか。
 木曽の御嶽山で修行した僧たちが広めたもので、平安以前からあった古い信仰のようだ。
 どういう経緯でここに祀られることになったのかはよく分からない。

井田八幡-6

 本殿前にあるが尾張旭市文化財指定の陶製狛犬だろうか。行ったときはそんなこと知らなかったから、近寄って見なかった。写真で見る限り、普通の石像に見える。
 もしかすると大事なものだから中にしまってあるのかもしれない。でも、そんないいものならちゃんと所定の位置につかせて神社を守らないと。それが狛犬の仕事なんだから。
 また近くを通ったときにこれがそうなのか確認してこよう。

井田八幡-7

 本殿がどうなっているのか、ぐるりと一周回ってみた。
 おそらく昭和の建物だろうと思う。歴史的建造物というオーラは放っていない。昭和の日本家屋特有の古び方をしている。

井田八幡-8

 龍の口から水が流れて、手水舎の水がきれいだったのは好感が持てた。こういうローカル神社では、日常的な参拝客が少ないから、手水舎の水を止めているところも少なくない。水道水なら確かにもったないことだけど、こういう部分は神社では大事なところだから、手入れを行き届かせて欲しいと思う。
 えもん掛けに掛けられた手ぬぐいに生活感があった。

井田八幡-9

 この近くに山ノ神神社というのもあって、そっちも一緒に回ろうと思ったのだけど、場所が分からずぐるぐる走っているうちに日没となってしまった。神社のはしごはいけないぞということか、単に私が方向音痴なだけか。
 その少し先にも白山神社があるから、次はそちらも巡る予定でいる。今回の井田八幡宮で4つ制覇した。残りは主だったところで4つだと思う。他にも地図に載ってないような小さなところもあるだろうか。
 去年1年で3つだったから、順調にいけば来年中には終わるだろう。それまでにBIG当たるかな。


名東区三大緑地の一つ猪高緑地は演出下手でいい作品になり損ねている
2008年03月19日 (水) | 編集 |
猪高緑地-1

Canon EOS 20D+EF-S 17-85mm IS / EF 75-300mm f4-5.6 IS / TAMRON 90mm f2.8 SP



 名古屋市東部の名東区には3つの大きな緑地がある。そのうちの2つ、牧野ヶ池緑地と明徳緑地はここにちょくちょく登場しているのに、もう1つの猪高緑地(いたかりょくち)はほとんど出てきていない。ブログを調べてみると、2005年の12月に一度出たのが最初で最後だった。2年以上行っていないというのは自分でも驚いた。
 場所は東名名古屋インターの近くなので、家から車で15分と、牧野ヶ池より近所だ。なのにどうしてそんなに行っていないかといえば理由ははっきりしている、写真の撮りどころが少ないからだ。これまでに4度は行っているけど、いつ行っても収穫が少なくて、そのうち足が遠のいてしまった。
 まず花が少ない。だから虫も集まってこない。池には水草なども豊かではないのか、冬場もカモの飛来数が周りの池に比べて極端に少ない。初夏は多少賑やかになるものの、他の緑地ほどでもなく、それ以外の季節は見所があまりないというのがこれまでの猪高緑地に対する私の印象だった。
 それが今回急に行く気になったのは何故だろうと自分自身に問いかけてみたけど、よく分からなかった。ふいに思いついて、久しぶりに行ってみようかと思っただけだ。本当に何もないのか、もう一度確かめてみたいというのもあった。

 表通りの方の駐車場がよく分からないので、いつも名東プールの裏に車をとめている。駐車スペースが10台分くらいあって、散策コースの入り口だから便利というのもある。名東プール側のスペースにとめると夕方5時で閉められてしまうので注意が必要だ。
 上の写真は、この緑地最大のため池の塚ノ杁池だ。夏から秋にかけては水面が見