現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
明大前に歴史と人間の物語あり ---駅シリーズ第一弾
2008年03月17日 (月) | 編集 |
明大前-1

PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di



 明大前へ行ったのは、ネットの友達に会うためだった。それ以外の理由で明大前に降り立つ理由は、思い当たらない。特に名所があるというわけでもなく、今更明治大学に入学し直す予定ももちろんないから。
 でもせっかく縁あって降り立った駅だし、これをネタにしない手はない。今日は明大前について少し書きたいと思う。
 地名では世田谷区松原と呼ばれるこの街は、かつては甲州街道沿いの宿場町としてそれなりの賑わいを見せていたようだ。
 時代が進み、戦前は住宅地として発展するも、昭和20年4月の東京大空襲で焼かれ、一面焼け野原となってしまう。
 終戦後は再び住宅地として復興していき、大きな転機となったのは東京オリンピックだった。昭和30年代の終わりから40年代初めにかけて、街は大きく様変わりする。駅舎は新しく生まれ変わり、甲州街道も倍の広さに拡張された。マラソンではそこをランナーたちが走っている。
 現在の明大前は、古さの残る住宅地という印象を受けた。学校といっても明治大学の他数校があるだけなので、学生街という感じはない。明治大学にしても、和泉校舎は文系の1、2年だけのようだから、学生の数もさほど多くない。その分うるさくないといえばそうだし、賑やかさが足りないといえばいえるかもしれない。新宿や渋谷まで電車一本10分以内という好立地条件のわりには静かな街のようだ。少なくとも、下北沢や吉祥寺のようではない。
 地味なのは京王電鉄だからという話もある。ここが東急の街だったら、もっと華やかになっていただろうか。電車ということでは、昔ここにもう一つの山手線が通るはずだったというのは、鉄の人たちの間では有名な話だ。それを通すための施設の一部が残っていて、わざわざそれを見に来る人も多いという。
 京王線の駅が初めてできたのは、大正2年(1319年)のことで、そのときの駅名は「火薬庫前駅」だった。江戸時代、この地に幕府の武器弾薬を格納する焔硝蔵(えんしょうぐら)があって、明治になってもそのまま陸軍が火薬庫として使っていたので、その名前になった。あたりは見渡す限り畑でそれ以外に目印となるものがなかったのだ。
 4年後、駅名は地名の松原となり、火薬庫はやがてつぶされ、その跡地に明治大学予科が移転してきたことを機に(昭和9年(1934年))、現在の明大前と再び改名されたのだった。
 明治大学の西側は築地本願寺別院の墓地和田堀廟所(びょうしょ)があり、樋口一葉や海音寺潮五郎、佐藤栄作などの墓がある。
 一方の井の頭線の開通は昭和8年(1933年)で、当初は違う鉄道会社だった。駅名は最初「西松原駅」だったのが、京王線にあわせて昭和10年(1935年)に明大前とした。
 こちらの電車に乗っていくと、太宰治が住んでいた三鷹や井の頭公園、吉祥寺へ行く。お彼岸巡りをしたのは、ちょうど去年の今頃のことだった。そのときの様子は去年のブログに書いた。

明大前-2

 友達とは一度メーリングリストのオフ会で会って以来、8年ぶりくらいの再会となった。ネット上でそれくらい続く関係というのもあまりない。
 カフェでごちそうになり、そのまま夕飯までごちそうになってしまった。
 明大前と再会とくれば、水上勉の再会話を思い出す。
 昭和15年、21歳のときに福井から東京に上京した水上勉は、昭和16年、22歳のときに同姓相手との間に長男をもうける。しかし、戦争と生活苦のために明大前の靴屋の養子に出さざるをえなかった。
 昭和18年正式な結婚をするも、売れない作家の水上勉は奥さんに食べさせてもらうような生活だった。戦争は激しさを増し、暮らしはますます厳しくなる。
 昭和20年、東京空襲で明大前が焼けたため、長男は助からなかっただろうとあきらめていた。
 妻との間に長女が生まれる。
 昭和24年、奥さんは娘を置いて、明大前にあった印刷屋の長男と駆け落ち。日本橋白木屋にあった勤め先のダンスホールで知り合った男だった。
 何ヶ月経っても帰ってこない妻を捜して、水上勉は人づてに聞いた話を頼りに3歳の娘を連れて明大前の街をさまよい歩くことになる。戦後まもなくの明大前は今以上にごちゃごちゃした街だったようだ。
 なんとか印刷屋を見つけて男に対面したものの、とうとう妻に会うことはできず、やがて協議離婚となる。
 昭和52年、死んだと思っていた長男と34年ぶりの再会を果たすこととなり、それは新聞にも大きく取り上げられた。長男の窪島誠一郎は、美術評論家となっていた。

明大前-3

 昭和の香り漂う、すずらん通り商店街を少し歩いたところにある「ホルモン本舗じゅうじゅうぼうぼう 明大前店」という店に入った。焼き肉なんてすごく久しぶりだ。学生時代に行ったきりかもしれない。
 ホルモン本舗だけに知ってる肉がない。これはひるんだ。ただでさえ焼き肉の知識がないところへもってきて、ガツ刺や白センマイ刺なんていわれてもどこのことやらさっぱり分からない。適当なものを注文したら、それでえらく苦労することになったのだけど、それもまた思い出となった。
 ここから得られた教訓は、焼き肉屋では知ってる名前の肉を注文しろということだ。カルビやキモは美味しかった。

明大前-4

 店内に飾られていたブリキの置物などを撮ってみる。特に深い意味はない。
 今回は駅前とか駅舎とか、撮るべきところを撮ってなかったのが悔やまれる。時間があまりなくて夜にかけてだったということもあって、明治大学も見られなかった。次回があれば、和田堀廟所などもあわせて見て回りたいと思う。

明大前-5

「ホルモン本舗じゅうじゅうぼうぼう 」のキャッチコピーは「平凡な焼肉に飽きてしまった貴方!満足すること受け合いです。」だそうだ。確かに平凡な焼き肉屋ではなかった。私たちは一番奥の座席に座ったので、近くの方は一度行ってみてください。おおー、ここがオオタたちが座った席なんだぁという感慨はあまりないと思うけど。
 すずらん通り商店街には昔、オウム真理教の店などがあったそうだけど、さすがに今はもうないだろう。
 商店街ではないけど、中田兄弟とかいう有名なラーメン屋があるそうだ。「山猫珈琲店」のコーヒーが美味しいらしい。
 桜の季節は、その時期だけ開放される和田掘給水所がある。都内で二番目に古い給水所なので、見る価値ありだ。

 人に歴史があるように、街にも歴史があり、人と街の関わりがある。田舎の無名のローカル駅にもたくさんのドラマがある。
 駅シリーズというのは面白そうだ。東京なら無数に駅があるから、駅の写真も撮っておけば、それがネタになる。山手線全部の駅に降りて、各駅について書くなんてのも楽しそうだ。たぶん、鉄の人の中にはそういう駅の人もいるのだろう。
 また駅シリーズ第二弾でお会いしましょう。次は〜、下北沢〜、下北沢の予定です。


知ってるつもりで知らない料理を作って食べて解き明かすサンデー
2008年03月17日 (月) | 編集 |
知ってるつもりサンデー

Canon EOS 20D+EF 50mm f1.8 II



 ミネストローネって、なんだろう?
 今日のサンデー料理はそこから出発した。
 料理名は耳にしたことがあるけど食べたことがない料理や、食べたことはあるけどその料理の定義を訊かれると答えられないものはたくさんある。トム・ヤム・クンとか、ボルシチとか、チンジャオロースとか、いきなり今から作って欲しいと言われても困る。トルティーヤってなんだっけみたいなことも多い。
 ミネストローネも、たぶん赤い色をした野菜スープだろうというところまではイメージできたのだけど、それ以上のことを知らなかったし考えたこともなかった。店で食べたことはないし、家で出てきた記憶もない。
 こういう知ってるようで知らない料理というのは、一度自分で作ってみるのが一番手っ取り早い。そうすれば一気に顔見知りになれるから。
 同じように知ってるつもり料理2品とあわせて今日も3品作った。あとの2つは、ナゲットとつみれだ。どちらも分かるようで分かっていない。チキンナゲットというのはよく聞くし食べたこともあるけど、チキンじゃなければナゲットじゃないのかとか、つみれとつくねはどう違うのだろうとか、曖昧な点が多い。このあたりもあわせて明白にするというのが、今日のサンデー料理のテーマだった。

 まずはミネストローネから明らかにしていこう。一番奥の赤いスープがそれだ。
 調べてみると、まずイタリア料理だということが判明した。つづりはminestroneだから、ミッネスットローネって感じだろうか。英語読みすれば、マインストローンだ。英語圏で実際にそう呼ばれているかどうかまでは調べがつかなかった。でも、バッハがバックになってしまうのが英語だから、それはありえる。エドベリだってエドバーグだった。
 それはともかく、意味は具だくさんだそうだ。必ずしもトマトスープと決められているのではないようだ。でもやはりトマトソースが基本で、野菜はそれぞれの家庭や店によって違うらしい。要するに、イタリアの野菜スープは全部ミネストローネと言ってしまってもいいのかもしれない。乱暴に決めつけてしまうなら、ミネストローネは日本で言うところの味噌汁みたいなものだろうか。中身は野菜類なら何でもいいのだ、きっと。ロシアのボルシチよりも定義は曖昧と言える。
 イタリアでよく使われる材料としては、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、セロリなどで、パスタにしたり米を入れたりもするという。イタリア人は基本的に性格が大らかだから(大ざっぱともいう)、細かいことは気にしない。美味しくて楽しければそれでサイコーなのだ。オー、ミネストローネ、ブォーノ! それで万事オーケイ。私たちもイタリア料理を作ったり食べたりするときは、イタリア人のようになればいい。
 作り方もいたって単純だ。用意した野菜を適当な大きさに切って、ニンニク、タマネギを炒めたら、あとは野菜を放り込んで白ワインで炒めて、水を加えて、切ったトマト、ケチャップ、コンソメ、塩、コショウ、砂糖などで味付けして煮込んでいくだけだ。
 でもこれが美味しいから侮れない。野菜の旨みがたっぷり出て、トマトの酸味とケチャップ、砂糖の甘みが味を引き立てる。シチューとはまた別のスープだし、洋食にあるようでないのがミネストローネという料理だ。トマトを使ったイタリアの家庭スープ料理と思っておけば間違いない。
 よし、これで一つ謎は解けた。次にいってみよう。

 次はナゲット問題を考えたい。
 チキンナゲットといえば鶏肉を使ったものだということは分かるけど、ポークナゲットやフィッシュナゲットのような使い方をするかというととたんに怪しくなる。実際にレシピの料理名としては使われているものの、それが正しい使用方法なのかどうかはっきりしない。何にでも頭につければナゲットとして成立するのか。豆腐ナゲットとか、エビナゲットとか、カニナゲットとかはあまり聞いたことがないけど。
 nuggetを辞書で調べてみると、「1.貴金属のかたまり。特に、天然の金塊。 2.鶏肉や豚肉などの小さなかたまりを揚げたもの」と出てくる。これが本当だとすると、少なくとも肉を使って揚げないとナゲットにはならないということになる。焼いたものはもはやナゲットではないのか? そもそもナゲットってどこの国の料理なんだ。やっぱりアメリカか? ウィスコンシン州のJ・J・K・ブースという人が考案したという説があるようだけど、肉のかたまりを揚げた料理なんて、考案するも何も大昔からあったに違いない。
 ナゲット問題は意外と手強い。どこまでをナゲットとして認めるかという線引きが難しい。焼きではなく揚げは絶対条件なんだろうか。簡単には解決しそうにないから、今日のところは保留ということにしたい。
 たぶん、私が今回作ったのはナゲットとは違うものなのだろうと思う。でも、そうなると呼び名が分からないから、とりあえずナゲットの仲間に入れてもらうことにしよう。
 使ったのは、白身魚と木綿豆腐だ。刻んだタマネギ、卵、コンソメの素、塩、コショウ、カタクリ粉、パン粉を混ぜ合わせて油で揚げた。見た目はけっこうナゲットっぽい。食感はチキンなどよりはずっと柔らかいから、私の好みだ。味も美味しかった。
 ソースは、マヨネーズにしょう油、カラシ、コンソメ、塩、コショウ、カレー粉を混ぜたものをひと煮立ちさせたのをかける。

 3つめが一番スタンダードから外れていると思われる、つくねだ。見た目はミニハンバーグっぽいけど、つくねのつもりで作っている。
 つくねというのもよく分からない料理だ。漢字では「捏ね」と表記する。もともとは、「こねる」の文語形で、「捏ぬ(こぬ)」という使い方をした言葉のようだ。
 これは思ったよりも守備範囲が広くて、肉でも魚でも刻んでこねればつくねになるみたいで、煮ても焼いても揚げてもつくねであることに変わりがないという。ここまで定義の幅が広い料理はそう多くないんじゃないか。形態も団子状であろうが棒状であろうが他の形であろうが、つくねはつくねのようだ。
 一般的には肉のミンチに卵などのつなぎを混ぜ合わせて焼くか煮るのをつくねと呼んでいる。
 魚を使った場合は、つみれとされることが多いようだ。ただし、つみれという場合は、魚のすり身につなぎを加えて団子状にして、それをお湯で茹でたものというのがその定義となるので、とたんに幅が狭くなる。つみれを漢字では、摘入とか抓入と書く。
 ということを踏まえた上で私の作った料理を見ると、一応つみれと呼んでいいんじゃないかと思う。食材はエビとナスを使っているけど、料理方法としてはつみれだ。
 ナスは一度下茹でをしてアクを取って細かくみじん切り、エビは背わたを取ってから塩水にさらして細かく切る。これにとろけるチーズ、長ネギ、カタクリ粉、パン粉、卵、塩、コショウを混ぜてタネを作って、スプーンですくってフライパンで焼く。
 しょう油、酢、みりん、酒、砂糖、一味、塩、コショウ、水溶カタクリ粉で作ったたれを塗って、照り焼きにすれば完成だ。青のりも振りかけてみた。

 振り返ってみると、イタリア、アメリカ、日本それぞれの知ってるつもり料理の曖昧さをほぼ解き明かした。アメリカの代わりにドイツ料理を持ってくれば、日独伊三国同盟料理になった。今度やってみよう。連合国料理とかもできそうだ。
 思った通り、一度作ってしまえばもう顔なじみの友達同然だ。明日からはもう、ミネストローネって何だろうという問いかけにもすぐに答えることができる。ナゲットの曖昧さは残ったものの、つくねの心の広さを知ったのも収穫だった。
 知ってるつもり料理というのはけっこう面白い。これは第二弾もありそうだ。また何か思いつくものが3つ揃ったらやってみよう。

おでん缶

 昨日、初めておでん缶なるものを食べてみたので、ついでに紹介しておこう。
 秋葉原でオタクたちが食べているということで有名になったおでん缶が、実は名古屋発祥だということを知っているだろうか。名古屋市中区にある天狗缶詰株式会社というところで作っている。商品名は「こてんぐ」。
 私が見たのは2種類で、共通なのは、さつまあげ、ちくわ、こんにゃく、大根、うずら卵、昆布、結びこんにゃくで、つみれ入りと牛すじ入りで差別化が図られている。
 値段は300円。缶は小さめながら、中身を開けてみると意外と量がある。
 名古屋で作られているだけあって、味付けは濃いめだ。寒い日に外で食べることを想定しているだろうから、しっかりした味付けになっているというのもあるだろう。寒風の中で薄味のおでんでは気力が萎える。
 味は普通に美味しい。決して馬鹿にしたものではない。コンビニのおでんを食べたことがないからはっきりしたことは言えないけど、あれと同じくらいだろう。
 外でどうやって食べるんだと疑問に思った人もいるかもしれない。それは、こんにゃくに串が刺してあって、その串で他の具も刺して食べることができるから心配ない。ダイレクトに缶からおでんを飲むなんてことをしたら、ひょうきん族の鶴太郎のようになってしまう。
 300円というのはちょっと微妙な金額ではあるけど、話のネタとしては充分面白いから元は取れる。常飲するにはちょっと高いか。
 私は岩屋堂の奥で初めて見つけたのだけど、印場駅にも置いてあった。大須にもあるらしいし、探せば名古屋の至る所にあるのかもしれない。見つけたらぜひ一度食べてみてください。電車の中でおもむろにおでん缶を取り出して、缶を開けておでんを食べ始めたら、車内中の話題独占間違いなしです。




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