 PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 / smc Takumar 135mm f2.5 / Takumar 300mm f4
二度あることは三度ある。三度目の正直。仏の顔も三度まで。四度目という言葉が入ったことわざは知らないから、なんと言っていいか変わらない。仏の顔も四度目には鬼となるのか。 小堤西池へカキツバタを見に行くのは、今年で四年連続四回目となる。2005年は5月の10日に行って、勇み足。まだ二分咲きだった。2006年は満を持したつもりの29日で大遅刻。去年はジャストミートのはずの23日でも時すでに遅し。七分枯れだった。 今年は毎日情報を確認して、今度こそはずさないぞと身構えていた。実は昨日行くつもりが、直前になって体調不良に陥り、今日にずれ込んだ。一日くらい大丈夫だろうと思ったら甘かった。まさか、その一日が致命的だとは思いもよらなかった。 現地に着いて、今年もまた茫然自失。完全に遅れた。認めたくないけど認めざるを得ない遅参。咲いている花の8割くらいが枯れ始めているではないか。ピークは昨日かおとといだったらしい。まいったねこりゃと思ったのも、四年連続四回目のことになる。 訪れている人がほとんどいなくて、手前に咲いているキショウブが枯れ果てる寸前だったのを見たとき、すでにしまったという予感がした。テントにはボランティア係員の姿もない。祭りのあとのけだるい空気感が漂っていた。ピークを過ぎた花名所はどこもこんな雰囲気だ。
 小堤西池全体の様子はこんな感じになっている。群落地といっても自然に咲いているところなので、辺り一面カキツバタがびっしり咲いているというわけではない。良く言えば素朴、悪く言えば寂しい。天然記念物の群落地と聞いて期待に胸を膨らませていくと、ちょっとがっかりしてしまう。昭和50年代までは紫に染まるほど咲いていたそうだけど、往時の姿はもうない。昭和の終わりに激減して、その後地元の人たちの活動によって近年また少しずつ数を増やしてきたという、。 ここは灌漑用の溜池(約2万平方メートル)で、昔からカキツバタの自生地として知られていた。少し南に行った知立市もカキツバタが有名なところで、『伊勢物語』で在原業平がかきつばたの歌を詠んだことでも知られている。それは平安時代の初期だから、少なくとも千年以上前から咲いていたということになる。 京都市の大田の沢、鳥取県岩美町の唐川と並んで日本三大カキツバタ自生地とされていて、中でも最も規模が大きいのがここ刈谷市の小堤西池だ。昭和13年に国の天然記念物に指定された。 天然記念物だけに、下手に手を加えられない難しさがある。観光名所にしようと思えば、人の手でもっとカキツバタも植えて、肥料もやればずっと見栄えはよくなる。けど、それはできない。知立にある無量寿寺のカキツバタは大切に手入れされたカキツバタだから、両方を見比べると違いがよく分かる。それぞれのよさがある。
 カメラのお仲間も少なかった。ここはいつ行ってもそんなにたくさんの人と出会ったことはないのだけど、ピーク時の午前中などはもっと大勢の人が訪れているのだろう。 この場所は、望遠レンズを持っていかないとどうしようもないところだ。カキツバタまでが遠すぎて、標準ズームやマクロでは全然届かない。300mmレンズでデジタルの1.5倍換算450mmでもまだ足りない。花撮りなのに、鳥撮り用の400mmが必要なところはここくらいじゃないか。 近くに咲いているものはマクロレンズでも届くけど、活躍の場は少ない。近距離は明るい中望遠レンズがベストだろうと思う。
 しばらく撮っていたら、ようやく見物人たちがやって来た。でも犬の散歩の途中といった感じだから、地元の人がついでに見に来ただけだろう。日本三大自生でありながら、全国的な知名度は低そうだ。刈谷市は愛知県の中でも地味な存在だから、名古屋人でもどこにあるのかよく分かってない人が多いんじゃないか。 ここのことは、中日新聞に載ると、翌日からどっと人が押し寄せる。そういう日に行き会わせると、あらためて中日新聞が地元民に与える影響力の強さを思い知ることになる。
 今年は一つ大きな異変が起きていた。池の水がものすごく多かったのだ。去年は水が全然なくて、一部はひからびて地面がむき出しになっていたのに、今年はこれまで見たことがないほど水が入っていた。特に雨が多かったわけでもないから、わざと入れたのだろう。水の量によって咲き具合が変わるのかを確かめる実験的な意味があったのかもしれない。 けど、花の量は去年の比べてやや少ないような印象を受けた。一部ではかたまってよく咲いていたものの、去年の方が花は多かったような気がする。 その年の気温などによっても変わってくるだろうから、何がカキツバタに良くて何が悪いかを決めるのは難しそうだ。年間の平均気温が上昇すれば、当然植物にも影響が出てくるし、個別の問題だけでなく、生態系全体の問題が個々に影響を及ぼすということもある。 見渡す限り一面のカキツバタというのは、21世紀の今はもう、夢物語となってしまった。
 一番奥のあたりは満々と水をたたえて風景が一変していた。四年目にしてこんなのは初めて見た。 ここは高いところから撮りたいといつも思う。上からの俯瞰で撮ると、また違った写真が撮れるのに。簡易なものでいいから、二階建てくらいの展望台を設置してくれないだろうか。カキツバタの時期だけの期間限定でいいから。
 このあたりが一番集まって咲いていたところだ。全体的にしなびてしまっていて、状態のいい花を探しても見つからないくらいだった。 一つ思ったのが、時期的な問題だけでなく、時間の問題というのもあるかもしれないということだ。今日でも、もしかしたら午前中に行っていたらもう少し花の状態はよかったんじゃないだろうか。夕方というのは、カキツバタの花がしぼみ始めてしまう時間帯なのか。 今年は咲き始めが例年に比べて少し早かったそうだ。それでピークが19日と20日になったのだろう。普段の年なら21日というのは致命的な遅れではないはずだ。
 なんとかきれいな状態の花を探して、単独で撮ってみる。これくらいの状態のものは本当に残り少なくて、近くに咲いているものでは数えるほどだった。 カキツバタは枯れ始めるとすぐに花びらがフニャフニャっと縮れたり丸まったりしてしまうので、美しくなくなってしまう。この花も日本人好みの儚さだ。
 カキツバタも品種改良されていろいろな種類が作り出された。野生のものでも色の違いがあって、これなどは赤が強いタイプだ。 小堤西池のカキツバタは全体的に紫色が濃い。環境のせいなのだろうけど、去年特にそう思って、今年もそうだった。2年前、3年前はもう少し青っぽくて淡い感じだったと思う。 無量寿寺のものは、もっと青味が強くて、爽やかな印象を与える。
 状態のいい花を探すのをあきらめて、雰囲気描写に気持ちを切り替えた。カキツバタが咲いているからといって、カキツバタを撮らなければいけないわけではない。カキツバタを添え物として風景写真を撮ってもいい。
 水がたくさん入ったおかげで、風景に変化が出た。写真を撮る分には歓迎だ。 ただ、カキツバタは湿地に咲く花で、本来池の中に咲く花じゃない。だから、こういう光景は、ちょっと不自然にも思う。
 ちょっと大人描写かな。二年前、三年前はこんな写真は撮れなかった。少しは成長してると思う。
 帰り際、名残を惜しむためにもう一度振り向いたら、自転車の人が止まって携帯で写真を撮っていた。それ、いただきです。
四年連続で行くことになるとは自分でも驚きだけど、四年連続で時期を外すというのはもっと驚きだ。まるで成長がない。ここまでくると、カキツバタ遅刻の常習犯だ。小堤西池のカキツバタたちもあきれているだろう。あいつ、今年も遅れやがったかと。今年こそ大丈夫と思ったのに残念だ。 来年、もし行けるようなら、今度は少し早めに行くことにしよう。ジャストポイントを狙っていって一日遅れると、ブログの情報の鮮度を考えても価値が低くなる。今年などは、せっかく紹介して、それを見た人がいたとしても、もう手遅れという状態だ。せめてピークの一日前じゃないと。それはカキツバタに限ったことではない。 でも、これでまた一つ、季節の花をクリアした。次はバラだ。バラは咲いている期間が長いから、そんなに焦ることはない。全部の種類が一度に咲くということもないし、来週のどこかでいいだろう。 再来週はもう6月で、そろそろアジサイが気になってくる頃だ。とにかく季節の花に関しては遅刻厳禁ということで今後ともよろしくお願いしたいのであった。
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