 PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4
河口湖商店街がある河口湖通りは、昭和の海水浴場入り口のようだった。歓迎と書かれているわりには歓迎ムードがない。案内が少なく、歩道も狭い。河口湖散策には詳しい地図持参で行った方がいい。略地図しか持たなかった私たちは、このあと何度も迷うことになる。駅からロープウェイ乗り場へ行くのさえ迷いそうだった。
 10分ほどでロープウェイの入り口に到着した。遊覧船乗り場の右を少し進んだところだ。 まだソメイヨシノの花がわずかに残っていた。ここでもまた季節が戻った感覚を味わうことになる。この日は暑くて、日焼けして帰ってくることになるのだけど、名古屋や東京とは気候がずいぶん違うようだ。今年は全国的に桜が早かったから、年によってはゴールデンウィークに行けば桜の終盤が見られるんじゃないだろうか。
昔話「かちかちやま」に関してはどの程度一般的に認知されているのだろう。私はぼんやり知っていた程度で、帰ってきてから勉強してなるほどそんな話だったんだとあらためて知ることとなった。 昔あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは畑で作物を作り、おばあさんは家で家事をしています。そこへいたずらタヌキが毎日やってきて、おじいさんをからかう歌を歌ったり、まいた種を食べたりといたずらのし放題。おじいさんはいい加減腹を立てて、あるとき罠を仕掛けてタヌキを捕まえました。それをヒモで縛って家に連れ帰り、ばあさんに、こいつは狸汁にして食ってしまおうと言います。 じいさんはもう一度畑仕事に戻っていき、家にはばあさんとタヌキだけになります。いよいよ料理されてしまいそうになったタヌキは、ばあさんに一人で作るのは大変だから自分も手伝おうと言葉巧みにだまし、気のいいばあさんはそれを信じて縄を解いたら、なんとタヌキが襲いかかってきてばあさんを殴り殺してしまいました。しかも、そのばあさんの肉を使って狸汁ならぬ婆汁を作り、ばあさんに化けてじいさんの帰りを待ったのでした。 何も知らないじいさんが家に帰ってきて、出された料理を食べました。ちょっとこの肉は固いななどと言いながら。そうしてタヌキは元の姿に戻って、じいさんはびっくり仰天。おまえの食べたのはばあさんだと捨て台詞を残してタヌキは逃げ去っていったのでした。 ここまでが物語の前半部分で、話には続きがある。もともとは二つの独立した話がのちにひとつになって「かちかちやま」が生まれたと言われている。 じいさんばあさんと仲良しだったウサギがこの話を聞きつけます。がっくりしてしまったじいさんに代わって自分がカタキを討つ言い出しました。ウサギはタヌキのところへ出向いて、うまい金儲けの話があると誘います。そのためにまず山へ行って柴刈りをしようということになり、欲深タヌキはまんまと話に乗せられました。 刈った柴を背負ったタヌキの後ろをウサギが歩きます。ウサギはタヌキに近づき、火打ち石で柴に火をつけようとしました。するとタヌキが言います。今のカチカチという音はなんだい。それは、カチカチ山のカチカチ鳥が鳴いている声だとウサギは答えました。そしてもう一度カチカチ。火がついた柴を背負ったタヌキは再び訊ねます。このボウボウという音はなんだろう。それは向こうの山がボウボウ山だからボウボウというのさ。 そんなやりとりの間にも火は燃え広がり、タヌキは大やけどを負いながら山を転げ落ちるように斜面を駆けて下の湖に飛び込んだのでした。 このカチカチという火打ち石の音がこの物語のタイトルとなり、天上山がその山で、湖が河口湖だということになっている。 ウサギは再びタヌキのもとを訪ねます。やけどの薬といって芥子を渡し、それを塗ったタヌキは激痛にのたうち回ったのでした。 ここまでされてまだウサギのことを疑わないタヌキもどうかと思うのだけど、次にタヌキはウサギに漁に出ようと誘われてそれに乗ってしまう。 自分は木の舟に乗ったウサギは、タヌキに泥で作った舟の作り方を教えたのです。そして2匹は湖に魚を捕るためにこぎ出します。やがて泥の舟は崩れ始め、タヌキは水に落ち、必死にもがいているところをウサギが櫓でさんざんに殴って溺死させ、ついにはじいさんのカタキを討ったのでありました。 これが、オリジナルの「かちかちやま」の話だ。童話や昔話は残酷なものが多いけど、ここまでのものはあまりない。なので、子供向けの絵本などでは話はぐっとソフトなものに変えられている。
 ロープウェイは往復700円で、休日は5-10分間隔、平日は10-20分間隔で運転されいる。時刻表はない。なんとなくほどよく人がたまったところで出発という感じだった。ゴンドラが2台で、それが行ったり来たりしている。 風が強い日は運休だ。
 標高1104メートルの頂上まで3分で一気に上がる。意外とスピードが出る。5分くらいかけてゆっくりいってもいいんじゃないか。せっかくこんないい景色なんだから。 遊歩道も整備されているので、歩いて登ることもできる。でも斜面は急だし、歩いたらけっこうかかりそうだ。
 上の天上山富士見駅からのパノラマ風景。遅咲きの桜も彩りを添える。 この日はもやっていて見晴らしが悪かったのが残念だった。空気が澄んだ日はもっと遠くまでくっきり見渡せるはずだ。
 肝心要の富士山はこの通り。雲に覆われて山頂どころか裾野がぼんやり見えるだけだった。本来ならここから正面に雄大な姿を現すはずなのに。 あー、見えないねぇという声があちこちから聞こえた。確かに見えない。有料の双眼鏡をのぞいても見えなかっただろう。 富士山が見えない日はロープウェイの代金は半額にしてくれないと。露天風呂が売り物の旅館で露天風呂が壊れていて入れないようなものだから。
 山頂に行ったからといって何か面白いものがあるわけではない。ちょっとした展望台があるくらいだ。以前はここにレストランがあって、それが閉鎖されて廃墟のようになっていたそうだ。それを取り壊して展望台を作ったらしい。 カチカチ山の話にちなんで、ウサギやタヌキの人形があちこちに置かれている。縛られて吊されたタヌキ、火がついた柴を嬉しそうに背負うタヌキ、やけどに芥子を塗り込むウサギなど。オブジェでは仲良くじゃれているみたいだけど、決してそんな間柄ではない。 地味にスーパーボール釣りの露店があった。おじさんが奥さんにあれをやるから200円くれと言って速攻で却下されていた。 何もなくても富士山さえあれば言うことはない。けど、それがないものだから、みんななんとなく手持ちぶさたでぼんやりと過ごしていた。 鯉のぼりが力なく風にたなびいている。
 これが展望台からの眺めだ。本来なら正面中央のやや右寄りに富士山が見える。この写真では左右の稜線もぼんやりとしか確認できない。裾野に広がる青木ヶ原の樹海の森もかすんでいた。晴れた日には彼方に連なる南アルプスも見られることだろう。 この日よく見えたのは、眼下の富士急ハイランドくらいだった。
 天上の鐘というのが2006年に作られた。みんな当然、記念に鳴らしていく。連打する子供や、通りすがりに行きがけの駄賃のように鳴らすおばちゃんもあり。私たちもやっぱり鳴らしておいた。思った以上に音が大きくて驚く。 写真の向かって左側から撮ると、ちょうどハートの中に富士山を入れて撮ることができるようになっている。富士山が見えていたらみんな順番に記念撮影をしたことだろう。
 ツレ作、大人のビターチョコケーキで早めのランチにする。こんなところで弁当広げてるのは私たちくらいかと思ったら、もうひと組お仲間がいておにぎりを頬ばっていた。天気もいいし、座るところもあるし、ランチスポットにはいい場所だ。 富士山さえ見えていたらねと何度口にしたことか。 その後、なんとか雲が途切れないかと粘ったものの、事態は好転する様子がないので、あきらめて降りることにした。
 太宰治の文学碑があるというのでどこにあるのか訊ねたら、ハイキングコースを20分くらい歩いたところだという。時間がなくて往復40分もここで使うわけにはいかず、断念した。 展望台には説明板があって、カチカチ山と太宰治の作品についての簡単な解説が書かれていた。 太宰治が心機一転、再起を図るために山梨を訪れたのは29歳のときだった。その体験をもとに書かれたのが『富嶽百景』であり、有名な「富士には月見草がよく似合ふ」という言葉はその中に出てくる。 『カチカチ山』が書かれたのはだいぶあとのことで、太宰治36歳のときだった。戦時中、防空壕の中で幼い娘にいろいろな昔話を話して聞かせていたら、自分でも書きたくなったのだ。「かちかちやま」を読でやったらタヌキがかわいそうと言った娘の言葉もきっかけになったのかもしれない。 『カチカチ山』は、昔話を題材にして太宰流のアレンジを加えた『御伽草子』という作品の中の一遍として書かれたもので、他には『瘤取り』、『浦島さん』、『舌切雀』がある。太宰治というとすぐに『人間失格』と思われてしまうけど、『御伽草子』などを読んでみるとイメージは大きく変わるはずだ。個人的には『津軽』が最高傑作だと思っている。
太宰版『カチカチ山』は、ウサギを16歳の美人の処女、タヌキを醜い37歳の男に置き換えて、この話を現代版の恋愛小説仕立てにしている。 純情な男は少女に夢を抱いて追いかけ回し、純真ゆえに残酷な少女は冷たく拒絶し、最後に男は少女によって殺されてしまう。「惚れたが悪いか」という言葉を残して。 詳しくあらすじを説明してると長くなってしまうので、興味のある方は太宰作品を読んでみてください。とっても面白いから。 「古来、世界中の文芸の哀話の主題は、一にここにかかつていると言つても過言ではあるまい。女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでいるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかつてあがいている。作者の、それこそ三十何年来の、頗る不振の経歴に徴して見ても、それは明々白々であつた。おそらくは、また、君に於いても。攻略。」 あらためて太宰治の作品を読んでみると、稀代の名文家だなと、うなってしまう。独特のうねるリズムに読者は引き込まれ、緩急自在の文章に酔うことになる。逆に生理的に太宰治が苦手という人の気持ちも分かる。
 河口湖の天上山は、太宰治の『カチカチ山』で有名になったところだ。それまでも昔話「かちかちやま」の舞台だと言われていたところだったようだけど、太宰版『カチカチ山』で一気に知名度が上がった。その割には簡単な説明板くらいしかなくて、ちょっと寂しい。太宰詣では、ここから少し離れた天下茶屋の方に行くのだろう。あちらは資料館になっている。
奥さんや彼女とカチカチ山へ登るときは、背中の方でカチカチと音がしないか気をつけないといけない。ここはそんな教訓を含んだ場所でもあったのだ。 目の前には日本一のお山の富士山がでんと構え、その足下には青木ヶ原の樹海が大勢の命を飲み込んで静かに広がっている。大爆発の予感を密かにはらませながら。
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