醒ヶ井から垂井までの思い出編でシリーズ完結 〜滋賀岐阜歴史編18

滋賀岐阜-1

Canon EOS 20D+Canon EF-S 17-85mm f4-5.6 IS



 東海道本線沿い滋賀・岐阜歴史巡りシリーズは、18回目にしてようやく最終回となった。4ヶ所行って、1ヶ所につき3回、合計12回プラスアルファくらいで終わらせるつもりだったのに、予定よりも長くなったのは、へとへとになるまで歩き疲れた分を少しでも取り戻そうという貧乏性ゆえか。
 今日は本編では入りきらなかった写真を拾って、回った順番に振り返る旅の思い出編ということにした。時間の経過を追って写真を並べてみると、朝の光から午後、夕方、夜へと移り変わっていくのが分かるはずだ。私自身の記憶を整理するためという意味合いも強い。

 始まりは朝8時半の醒ヶ井から。日差しが強く、暑い一日になりそうだった。前日の天気予報では曇りがちというようなことを言っていて、油断して日焼け止めを塗っていかなかったら、最終的には黒こげになった。今両腕の皮がめくれてボロボロになっている。夏休み明けの小学生みたいだ。
 地蔵川の涼やかな流れは、今思い出しても気持ちがいい。お目当ての梅花藻にはちょっと遅すぎたものの、出遅れた分ゆっくり散策することができてよかった。シーズン中に大勢の人で賑わっている様子はあまり想像がつかない。
 醒ヶ井自体、何十年ぶりという懐かしさもあって、それも嬉しいことだった。しかし、小さい頃の風景の記憶というのはなかなか残っていないものだ。駅周辺の風景も、あの頃とは大きく変わっていたのだろうけど。

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 醒ヶ井の名前の由来が、ヤマトタケルの伊吹山征伐に関係があるという話は知らなかった。ヤマトタケルゆかりの地にはちょくちょくぶつかっていて、そのたびに勉強して書いたりもしていたのだけど、その場所に行って初めて知ることが多い。やはりフィールドワークは大切だ。それはこのあとの関ヶ原でも実感することになる。
 伊吹山も一度は行ってみないといけない山だ。ニッコウキスゲの時期にいつも行きたいと思いつつ、なかなか行けないでいる。来年は思い切って行ってみたい。

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 柏原駅は、とてものどかだった。柏原ではよく歩いた。昼前後のこの歩きで、早くもデッドラインを超えて、結局最後までそのダメージが抜けないまま疲労が蓄積していったのだった。ここでの歩きをもう少しショートカットしておけば、大垣まで行けたかもしれないと思うと、ちょっと失敗したか。ただ、大垣は中途半端に行くよりもじっくり時間を取って回るべきところとすれば、あれはあれでよかったのだろう。柏原へは二度行くことはないだろうから。
 京極家ゆかりの徳源院へ行けなかったことだけは心残りだった。少し無理して成菩提院まで行ったのは正解だった。あそこはいいお寺だったから、これから行く人はぜひ足を伸ばして欲しい。

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 振り返ってみると、今回行った中では柏原が一番中山道の宿場の面影を残す場所だった。知名度はさほど高くないようだけど、ここは寄っておいて損はない。街道沿いが商店街になってしまうと、宿場町の風情は消えてしまう。垂井がそうだった。柏原のように、住宅地になると変化がゆるやかになって昔の風景を保つことになる。
 一つ注意点は、月曜日は避けるべきということだ。どこへ行っても月曜定休のところがあった。醒ヶ井では郵便局がそうだったし、柏原では喫茶と歴史館になっている松浦家に入れなかったのは残念だった。関ヶ原の歴史資料館も月曜定休だったし。

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 初めて訪れた関ヶ原は、いろんな意味で印象深いものとなった。ここくらい、行っておいてよかったと思える場所はあまりなかったようにも思う。何があったとかどうということではなく、その地に自分が立ってみて、初めて納得する部分や、腑に落ちることがたくさんあって、非常に気持ちがすっきりしたのだった。それまで自分の中にあった関ヶ原に対するわだかまりというかモヤモヤ感がスッと消えて、晴れやかな気分になった。
 私のように関ヶ原という場所が気になっている人は、ぜひ一度訪れてみるといいと思う。おどろおどろしい空気に満たされているとかは全然ないから安心していい。行けばきっと納得するはずだ。言葉では上手く説明できない。
 それにしても、関ヶ原の田んぼ風景と、安土城下で見た田んぼ風景は、どちらも感慨深いものがあった。こんなにも何もない平和な光景になってしまうものだろうかと、唖然とするような思いも抱いた。兵どもが夢の跡というのは本当にそうだ。

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 ああ、思い出のウォーランド。
 どんなにしょぼい施設だとしても、私はウォーランドへ行ったことは後悔していない。ウォーランドへ行った者だけがウォーランドを語る資格を得るのだから。
 しかし、なんだかもったいなくもあった。もっと本格的に作れば、関ヶ原の戦場気分を味わえたんじゃないのかと。人形を見せるというのではなく、自分が武将像たちと共に同じ視点に立ったとき、戦場というのはどういうものだったのかという演出で作るべきだった。
 開発費がどれくらいかかるのか分からないけど、バーチャル関ヶ原の装置を作って、関ヶ原の戦いを疑似体験できるような施設ができればいいと思う。ゲーセンのコックピットのようなものでいい。リアルすぎても怖いけど、関ヶ原の戦い疑似体験というのは、関ヶ原観光の目玉になり得る。

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 垂井は昨日まで書いていたから、まだ記憶に新しい。全部同じ日に回ったのに、前半部分は遠い思い出になって、後半は最近の出来事に思えるのは錯覚だ。
 垂井も思いがけずよかった。ここはなんといっても南宮大社だ。あそこまで行くと行かないとでは印象が全然違ってくる。
 町並は、中山道の宿場町というよりも昭和の名残という点でよかった。
 ここもしっかり歩いたから思い残すことはない。季節を選べるなら、祭りがあって、相川に鯉のぼりが泳ぐゴールデンウィークがいいんじゃないか。

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 ここからは垂井の番外編となる。
 南宮大社の摂社は外にもいくつかあって、その一つが 吉葛神社(よさつらじんじゃ)だ。
 祭神は、天吉葛神(アメノヨサヅラノカミ)らしいけど、あまり有名ではない。調べると、南宮大社と広島呉市の亀山神社くらいでしか祀られていない。
 与曽豆羅ともいい、イザナミがヒノカグツチを産んで火傷に苦しんでいるときに、天吉葛神も産んだという。
 やはり金属関連の神様のようだ。

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 昨日ちゃんと載せられなかったので、今日は正面から撮ったものを載せる。舞殿(まいどの)。高舞殿が正式名か。ぶでん、とも読む。
 神楽殿(かぐらでん)と舞殿との違いはよく分からない。同じものとして使う場合も多いけど、厳密には違うもののようにも思う。何かはっきりとした定義があるのだろうか。

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 南宮大社で日没が近づく。西日を浴びてシルエットになった楼門も美しい。

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 南宮大社から南へ少し歩いたところに小さな神社があった。なんという神社か、額を見るのを忘れてしまった。これも何かの縁と、寄っておいた。
 日没が近づいてこんなところをふらついていたから道に迷うのだ。このあとどちらの方向に進んでいいのか分からなくなって、たまたま通りかかった地元の人に駅の方角を教えてもらった。えぇー、歩くと30分以上かかりますよと驚かれてしまった。いや、すでにもう10時間歩いているんですとは言わないでおいた。

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 神社の隣に正行院というのがあったので、外から挨拶だけしておいた。惜しい、漢字一字違いの同じ名前だ。たぶん、読み方は違うだろうけど。

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 南宮大社から東へ500メートルほどのところに、美濃国二宮の大領神社というのがあることを事前に知っていたので、最後の目的地をここにした。
 着いてみると、二宮とは思えないほど静かで寂しい神社だった。飾り気がないというか、南宮大社の華やかさを見たあとだけに、よけい寂れてしまっているように感じられた。
 美濃の二宮というと、岐阜県養老町にある伊富岐神社もそう名乗っていて、どちらが本当なのかよく分からない。伊富岐神社の方はなかなか立派な神社のようだ。
 大領神社は延喜式にも載っていて、かつての社格は郷社だったというから、歴史のある神社であることは間違いない。ここも関ヶ原の戦いで燃え落ちてしまったというから、焼ける前はもっと大きな神社だったのかもしれない。南宮大社より少し前の1636年に再建されている。
 祭神の宮勝木實(ミヤノスグリノコノミ)は、南宮大社の祀職で、壬申の乱のとき、大海人皇子の命を受けて、不破の関付近の不破道に出陣して功績を挙げ、天武天皇即位ののち功績が認められて不破郡の大領になった人物だ。死後に宮勝木實を祀るために建てたのが、この大領神社とのことだ。
 この神社あたりに安国寺恵瓊や長束正家が陣を置いていたという。
 合戦場から遠く離れた大領神社や南宮大社が焼けたのは、追撃戦のときだろうか。勝敗が決まったところでピタリと戦が終わるわけではなく、逃げる西軍と追う東軍というのがあちこちで展開されただろうから、そのときに巻き込まれて焼けたものや壊されたものも多かったはずだ。焼ける前の南宮大社を見たかった。

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 駅へ向かってトボトボ歩いている途中、とうとう日没となった。だんだん暗くなってきて、駅までの距離がまるで分からないので不安になる。歩いている方角が合っているのかどうかさえも確信が持てずにいた。新幹線と東海道本線と道路が斜めに交わっていて方向感覚が掴みづらい街だ。線路を二本超えればいいだろうと適当に歩いていると、思いがけず左や右にずれてしまう。

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 少し立ち止まって休みながら、最後に新幹線を撮ろうと10分くらい待った。やっと撮れたと思ったら、暗すぎて光の線になってしまった。
 このあと急激に暗くなって、もはや何も撮れなくなった。

 これで滋賀・岐阜歴史巡りシリーズは完結となった。書きたいことは全部書いたし、載せたい写真も載せた。もう充分だ。
 明日からは花鳥園シリーズが始まる。実は先週の金曜日、今年3度目の花鳥園行きをしてきた。またたくさん写真を撮ったから、明日から何回かに渡って紹介していこうと思っている。その他、途中になっているネタもある。そのあたりも織り交ぜつつ、一度在庫を全部整理したい。それが片付いた頃に、また電車の旅に出よう。次回は三重県歴史巡りを予定している。
 滋賀・岐阜歴史巡りに最後までおつき合いいただきありがとうございました。
Genre : 写真 旅の写真
 
Comment
 
 
2008.09.19 Fri 22:45 mimi  #GCA3nAmE
こんばんは☆
そしてお疲れ様でした(^^
一日の行脚をこれだけの長編に仕上げたのは初めてなのではないでしょうか…
全文読破はしていませんが歴史に疎いオイラもちょっと賢くなったような気がします♪
前回は関ヶ原からを残しての帰宅となったので次に再スタートする時にまたこのブログを読み返してから訪れてみようかと思っています。
またまた花鳥園へこっちょり行っていましたかw
今度はどんなアプローチで楽しんだのでしょうね。。
そして持っていったカメラも気になったり♪
花鳥園シリーズも楽しみにしていますが、また行きたくなるような魅力的な構成はやめて下さいね(笑)
超長編乙です☆  [URL][Edit]
2008.09.20 Sat 04:15 オオタ  #dcJU4M0Q
★mimiさん

 こんにちは。

 確かに長かった。
 こう長いと、一日の出来事とは思えないですね。
 欲張って詰め込みすぎ。(^^;
 でも、次の計画を立てるときには、また懲りずにこういうスケジュールになってしまうのです。
 のんびりってのができない。
 しかし、今回はニアミスでしたねぇ(笑)。

 今回の花鳥園は、ソフトフォーカスレンズ特集でした。
 mimiさんもきっと欲しくなってしまうことでしょう。はは。
 PENTAXは、85mmと28mmが出てますよね。
 マニュアルレンズもあったかもしれない。
ぎゅうぎゅう詰め  [URL][Edit]






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