作り道の坂本町並み断片風景 <大津巡り21回>

PENTAX K10D+DA 16-45mm f4
坂本町並み散策3回目は、「作り道」周辺の風景紹介となる。
日吉大社へ行くとき、坂本の町を見てみたいと思って、坂本駅ではなく一つ手前の松ノ馬場駅で降りて歩いた。写真はそのときのものだ。
時間と歩く方向が前後するけど、とりあえず先にこちらの写真を出しておく。
駅を出て、北西方向へと進むと、早くも古い家並みが登場して出迎えてくれた。これはよさそうだとすぐに分かった。
古いといっても、昭和初期くらいのものだろうか。中には明治期のものもあるのかもしれない。
写真からも上り坂が始まっていることが分かる。

棟続きになっているように見えるこの家は、一軒なのか、数軒がくっついて並んでいるのか。
昔は長屋というものがけっこう残っていた。昭和50年代以降は急速に姿を消すことになったけど、このへんはその名残だろうか。

のっぽの桜が、大変な状況の中で頑張って生きている。
横に枝を広げられないから、真っ直ぐに伸びている。それでも電線に絡みそうになっていて、大丈夫なのかと思わせる。

曲がり角に、白い土蔵の建物があって、松井歯科医院という看板がついている。この中で治療が行われているのだろうか。
このへんまで歩いてくると、遠くの琵琶湖がかなり下の方に見える。

毘沙門堂という小さな堂が建っている。
坂本は寺社町で、神や仏だらけだ。これだけたくさんに守られていたら大丈夫だろうという安心感がある。

作り道に入ったところだと思うけど、どうだったろう。
作り道の名前の由来はよく分からない。日吉大社や延暦寺の参道として発展していた道で、造り酒屋や醤油屋、菓子屋などの製造関係の商店が並んでいたから地元でそう呼ばれるようになったのではないかという説があるらしい。
旅人のための旅籠も並んでいたというけど、今はもうそういう家は残っていない。古い家屋と、新しい家屋が混在して建ち並んでいる。

これは面白いと思った。石垣をくり抜いて、中に祠を埋め込んでいる。いいアイディアだ。発想の転換が賢いと感心した。

写真の並び順がおかしい。どういう順番で写したんだか、思い出せない。
これも坂本のどこかで撮ったような気がするのだけど、もしかしたら違っているかもしれない。

町屋風の建物。何かの商売屋さんをしていたところだろうか。二階に窓がないから、旅籠ではなさそうだ。
この通りは純然たる観光地ではないから、説明板のようなものは立っていない。

古い家が残る町並みとしてはお馴染みの感じだ。
戦後、大きく様変わりしたあと、少しずつ姿を変えてきたのだろう。こういう町並みも、変わらないようでいて、10年、20年経つとけっこう変化がある。30年後などに再訪すると、昔の面影がまったくなくなっているなんてこともあり得る。

この通りにもいくつか神社があった。
地図で見ると、福成神社と、徳永神社というのがある。そのどちらかか、別のものか。

これも何神社か確認していない。
看板の文字は榊宮社か。

古いマンダムの看板がかかっていたから、化粧品屋さんか、薬屋さんか。
そういえば、現役の商店はほとんどなかった。周囲にはコンビニも、スーパーもなさそうだ。住民の人たちは日常の買い物をどこでしてるのだろう。

毘沙門天の字を見て上杉謙信を思い出しつつ、このへんも素通り。

こんな調子で、結局、行きも帰りも松ノ馬場駅と日吉大社を往復することになった。それなりに距離があるから、往復はオススメしないけど、片道は歩いてみるといいと思う。なかなか魅力的な町並みだった。
坂本散策編もこれで終わり、残すは三尾神社と番外編だけとなった。
シリーズは20回を超えたし、行ってきてからひと月半経ったから、そろそろ終わりにしてもいい。あと2回か、3回か。
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