 OLYMPUS E-1+Super Takumar 300mm(f4), f5.6, 1/125s(絞り優先)
二度あることは三度ある、三度あることは何度でもある。今回で四度目となった藤前干潟行きでついに私は干潮の干潟を目にすることになった。三度あることでも四度はないこともある。ツレを連れて行ったことで相性が変わったのだろうか。 遠くに見える干潟と、カモと思われる水鳥たちの群れ。おお、いるいる、たくさーんいる。陸地には上がってないものの、水際に固まっている。これなら接近遭遇する大チャンスかもしれない。はやる気持ちを抑えつつ、まずは遠くから観察だ。私は望遠レンズで、ツレは双眼鏡で。 けどこの場所からではまだ遠すぎて鳥の正体が確認できない。E-1に付けた300mmレンズで600mm換算になっているのにこの小ささ。夕暮れどきが近づいてシルエットになっていることも判別を難しくさせている。 よし、そろそろ近づいてみるか。
 しかし、ここの野鳥たちは驚くほど警戒心が強い。こんなへんぴな場所までやってくる物好きな人間が少ないせいで、人にまったく慣れていない。500メートルくらいに近づいたところから早くも我々の気配を感じでそそくさと逃げ始めた。さりげなく沖へ向かって泳いでいく。ええー、そんなぁ、つれないなぁ。待っておくれよー、という我々の願いも虚しく、一度できた逃げの流れをとめるすべはなかった。 写真を撮った位置は鳥たちから300メートルくらいの地点だったろうか。もう半分くらいは逃げていていなくなった状態だ。草の茂みに隠れるようにして撮ったのに。ここからもう少し近づいたところで一斉に飛び立ってしまった。なんてめざとい奴ら。結局、何がいたのか、顔ぶれさえ確認できなかった。東京のカモたちとは大違いだ。東京カモは1メートルまで近づいても逃げないのに。 おそらくオナガガモあたりを中心に、ヒドリガモやマガモ、コガモ、ホシハジロあたりで構成されたメンバーだったのだと思う。スズガモもいただろうか。カワウやバンなんかも混じっていたかもしれない。 それにしてももう少し近くから見たかった。せっかく干潟が出現してる時間帯だったから、陸地でエサをとっているところなんかも写真に撮りたかったのに、残念だ。
 工業地帯に飛び立つカモたち。これでも正体ははっきりしない。たぶんカモには違いないと思うのだけど。 別の場所でもっと白っぽくて小さい鳥が群れで水面近くを高速で飛んでいた。あれは見たことがない飛び方だから、私の知らないやつらだったんだろう。ハマシギとかそのあたりだったんだろうか。 この時期に見られるものとしては、お馴染みのサギやユリカモメの他に、シロチドリやセイタカシギなどがいるはずだ。干潟の一番の見どころは秋と春の渡りの季節で、冬はそれほど面白い時期ではない。カモがいる場所まで遠すぎるということもあって。
日本における干潟の役割は、南半球と北の繁殖地とをつなぐ中継地点としての存在意義だ。シベリアやアラスカなどで生まれたチドリやシギたちは、寒い冬の間を暖かい南半球で過ごすために片道1万キロの旅に出る。その長旅の中間地点として、どうしてもエサ場が必要になる。栄養補給と休息なしには体力の限界を超えてしまう。 干潟とは、川から運ばれた土砂が堆積してできる砂泥地のことをいう。この中にはたくさんのバクテリアがいて海に流れる有機物を分解して生き物のエサとなり、それを食べる貝やエビやゴカイ、小魚などを育て、その魚介類を食べる野鳥がいるというサイクルが成立している。 更に、太陽と月の引力によって潮が満ち引きして、干潮時には干潟が顔を出し、水鳥たちにとってかっこうのエサ場になるというわけだ。 ここでたっぷりと栄養補給をしたシギやチドリたちは冬を過ごすために南半球へ旅立ち、また春になると繁殖のためにシベリアやアラスカへ行く途中で日本の干潟に寄っていく。 夏場はコアジサシたちが空を舞い、干潟では留鳥のチドリたちがエサをついばむ。 というわけで、干潟というのは旅鳥たちにとってなくてはならない大切なエサ場なのだ。他に代替地がないという点で森を壊すのとはわけが違う。 藤前干潟は日本に残された数少ない干潟としてとても重要な場所なのだった。それをゴミ処理場にしようと思いつくとはちょっと信じられない。どうしてもここじゃなきゃいけなかったわけでもないだろうに。ただ、ゴミ処理場問題とその後の市民運動のおかげで干潟に対する意識が高まったというのは怪我の功名だった。あの問題が起きなければ、藤前干潟はほとんどの一般人にとって何の意味も持たないところだっただろうから。 かつて日本最大の干潟だった長崎県の諫早干潟(いさはやひがた)は壊滅して、藤前干潟が期せずして日本一の干潟となってしまった。日本一といってもすでに250ヘクタールほどしか残ってない。2002年にラムサール条約に登録されたから当面は大丈夫としても、今後干潟を守っていくのはますます難しくなりそうだ。
 それにしても、相変わらずここはまるで歓迎ムードというものがないところだ。保全が決まってゴミ処理場が作れなくなったとたんに名古屋市は興味を失ったらしい。藤前活動センターの前にわずかに手書きの干潟案内がある程度で、私がいつも行ってる国道23号線そばの干潟には、藤前干潟であることを示す看板ひとつない。周辺にも藤前干潟へと導く道路標識のたぐいは一切なく、地図を頼りに辿り着いてみて、ここが本当にそうなのだろうかと不安に思った人もたくさんいるに違いない。愛想も何もあったもんじゃない。周辺は輸送工場や倉庫街だし。 せっかくラムサール条約にも登録されたんだし、観光地になり得る要素を持った場所なんだか、もう少し大事にしてもいい。説明看板を立てるとか、ちょっとした公園を作ってトイレを用意するとか、駐車場を作るとか、何かはできる。今の状態は自販機ひとつなく、トイレへ行きたくなったら活動センターで借りるか、離れた公園まで行くしかない。観察場所といっても堤防しかなく、鳥のいるところに近づくためには斜めになった堤防沿いを体を斜めにしながら歩いていくしかない。しかも降りられるところまでぐるりと回らないといけないから遠い。野鳥ポイントまで15分はかかる。 日光川の河口ではなく、新川と庄内川河口がある稲永には立派な野鳥観察館があるから、そちらへ行けということか。 公共交通機関で行こうとすれば、あおなみ線の野跡まで行って徒歩10分か、長島行きバスの日光川排水機場前で徒歩20分か、そのあたりになるのだろうか。市バスもあるものの、いずれにしても一度名古屋駅まで行かないとどうしようもない。 学校の野外活動なんかにも使えそうだし、もう少し観光地として整備したらどうだろう。私が行くのが平日ということもあるにしても、ここで他の野鳥観察人に会ったためしがない。そもそも車も人もほとんど通らない。もしかして、休みの日はもっと盛り上がってるんだろうか。
次に行くときは大きく干潮になる時間帯を調べてから行きたい。最大干潮時は見渡す限りが陸地になるという。季節は渡りの春がいいだろう。水辺は風が冷たいから冬場は厳しい。春になれば暖かくて潮風も気持ちがよさそうだ。次こそは、干潟でエサをつつく鳥たちを写真に撮りたい。今度こそほふく前進で近づくぞ。両肘と両膝にサポーターをつけて低速前進だ。通常は迷彩服を着たいところだが、ここはコンクリートと同化するために灰色が望ましい。ねずみ色のトレーナー上下に肘と膝にサポーターを巻いて写真を撮ってる二人組がいたら、小さな声で呼びかけてみてください。
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