現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
オオカミ好き告白と今はなきニホンオオカミの話
2007年04月22日 (日) | 編集 |
シンリンオオカミ-1

Canon EOS Kiss Digital N+EF55-200mm(f4.5-5.6 II), f5.6, 1/50s(絞り優先)



 誰も知らないと思うけど、実は私はオオカミ好きの男である。まだ誰にも言ったことがないから、知らなくても無理はない。がっかりしたりびっくりしたりすることはない。犬に対してはさほど思い入れがない私が、何故か子供の頃からオオカミは好きだった。どれくらい好きかというと、三度の飯のうちの一食はオオカミ観察に替えてもいいくらいといえば大げさだけど、それに肉薄して10日後退したくらい好きなのは間違いない。オオカミを見ると、うぉー、オオカミだぁー、とちょっと興奮する。オオカミが来たぞーと思わず言ってしまいそうにもなる。「サーキットの狼」世代というのも少しは関係しているかもしれないけど、オオカミ少年と呼ばれたことはない。
 東山動物園のシンリンオオカミコーナーは、動物園の一番奥まった薄暗い場所にあるので、いつ行っても人がいない。オオカミの檻の前で家族連れが楽しそうに談笑してる姿も見たことがないし、白レンズの人もここにはいない。みんなオオカミがあんまり好きじゃないんだろうか。私一人が静かに興奮して写真を撮りまくりで借り切り状態。写真を撮る足場が悪いので、遠く離れた斜面から望遠で真剣に狙う様子は、何事かと人々を振り向かせるくらいのパワーがあった。そんなことかまっちゃいられねぇ、オレはオオカミを撮るんだぁー、スクープを前にした報道カメラマン並みに気合いが入る私であった。
 それにしてもここのオオカミは撮りづらい。けっこう粘ったわりにはいい写真は撮れずじまいで閉園時間になってしまった。残念すぎるぞ。オオカミの足取りは意外に素早くて追い切れなかった。次こそはもっとカッチョいいオオカミの写真を撮りたいものだ。

 オオカミというとなんとなく寒いところにいるイメージがあるかもしれないけど、実際は適応能力が高い動物で、東南アジアの熱帯雨林とヨーロッパの一部をのぞいたユーラシア大陸全域と、北アメリカ大陸に広く生息している。あるいは、していたと言った方がいい。北極圏にも、アフリカにもすんでいた。
 しかし、唯一と言っていい敵の人間によって19世紀から20世紀にかけて激減してしまった。日本のように絶滅したところも多い。アメリカも、100年前までは10万頭以上いたものが20世紀になって絶滅寸前にまでなっている。その要因となったのは、オオカミに対する間違った知識やイメージで、害もないのに多くを狩ってしまったことにある。言うまでもなく、オオカミは人を襲ったりはしないし、家畜を襲うといっても絶滅まで追い込まれるほど悪いことをしたわけではない。むしろオオカミの激減によって鹿などの草食動物が異常繁殖して、農作物を荒らしたり、森林の生態系を壊したりという弊害が出てしまっている。アメリカでは、イエローストーン国立公園に絶滅したオオカミを再び放して生態系を回復させている。日本でも同様の試みをしようという動きがあったようだけど、実現には至っていない。
 現在、世界で野生のオオカミが生息しているのは、カナダ、アラスカとヨーロッパと中国の一部だけになった。日本では、1910年(明治43年)に福井城址で捕獲されたのを最後にニホンオオカミは見つかっていない。50年間生存が確認されてない生き物は絶滅という扱いになる。北海道にいたエゾオオカミは、明治に入って入植者によって駆除されのと大雪によるエゾジカ激減が重なって、1900年頃絶滅に至った。ただ、近年になっても紀伊半島の山奥などで見たという目撃談もあることから、わずかながら生存の可能性はあるようだ。少し前も九州でそれらしい写真が撮られて話題になった。あれは結局どうだったのだろう。
 100年ほど前まではありふれた野生動物だったオオカミがまさか絶滅するとは思ってなかったようで、詳しい生態調査もされてなければ標本すらわずかにしか残っていない。1892年まで上野動物園でニホンオオカミを飼育していたという記録があるものの、写真さえ残っていない。江戸時代にシーボルトが日本から持っていってオランダのライデン王立博物館に保存されていたはく製が、この前の愛知万博にやって来ていたそうだ。知らなかった。知っていれば見に行ったのに。
 今は普通に目にしている生き物の中のいくつかは、確実に100年後とかには絶滅している。身近な動物でも今のうちに触れ合っておいた方がよさそうだ。

シンリンオオカミ-2

 シンリンオオカミの見た目は、犬っぽいというか、そのまま犬だ。こいつに首輪をつけて河原なんかを散歩させていたら、しょぼくれた雑種と思われて素通りされるだろう。シェパードとシベリアンハスキーの血が混じった雑種なんですよ、なんて言ったらそうなんですかとみんな信じるのではないか。ただ、大きさは通常の犬より一回り大きい感じで、それなりの存在感はある。体長は1メートルから1.5メートルくらい、体重は最大80キロくらいで、タイリクオオカミの中では一番大きくて、セントバーナードくらいある。犬とは違うのだよ、犬とは。
 一般的に、オオカミも北へ行くほど大型化する傾向があって、南のアラビアオオカミになるとシンリンオオカミの半分くらいになる。ニホンオオカミはその中間くらいだ。
 毛の色は、灰色、黒、白、ベージュ、茶など個体差がかなり大きい。同じシンリンオオカミでも真っ黒と灰色では違う種類に見える。斑点や縞模様のやつもいるそうだ。
 オオカミは亜種が多くて、分類ははっきり確立されていない。現存だけでも33亜種に分かれている(絶滅を含めると39種類)。ただこれもいまだに流動的なようで、シンリンオオカミもタイリクオオカミの亜種とされたものが、最近では独立種となったとかならないとか。飼い犬の祖先はこのシンリンオオカミだと言われている。
 犬もかつてはオオカミの近似種とされていたのだけど、最近はオオカミの一亜種という考え方が主流になってきた。DNA研究が進んで、私たちの常識もいろいろなところでくつがえされてきている。
 犬とオオカミの一番の違いは、やはり鳴き方だ。犬が吠えるのに対して、オオカミはうなる。エサも肉しか食べない。

 シンリンオオカミは、カナダの森林の中で、パックとよばれる群れで生活している。そこには厳格な順位と鉄の掟があるという。
 アルファオスと呼ばれるリーダーを筆頭に、アルファメス以下、はっきりとした順位が決まっている。たいていの群れは家族が基本となり、数頭から数十頭で縄張りを持っている。
 子供はたいていの場合、アルファオスとアルファメスのみが作り、群れでそれを守る。ペアの絆は固く、死ぬまで続くそうだ。群れにはそれぞれ役割があり、オオカミは仲良しだと言われている。
 狩りも仲間で協力して行い、行動範囲は広い。1日に9時間前後移動して、しばしば50キロから100キロ以上も歩くという。群れ同士がぶつかっても追い払うだけで、無駄な争いはしない。
 狩りの成功確率は10パーセント以下と言われる。何日も食べないこともしばしばだ。能力が低いかといえばそんなことはなく、最高速度は70キロまで出るし、そのまま20分も走り続けることができるという。半分まで速度を落とせば一晩中でも走り続けるそうだ。
 どうしてこんな性格だったものから犬が生まれたのは不思議だ。飼い慣らされるって怖い。
 オオカミはとても社会性の発達した動物で、仲間内で様々な形でコミュニケーションを取っている。離れた位置にいる仲間との確認作業である遠吠えの他、近くの仲間とは短く甲高い声で鳴き交わす。それだけでなく、互いの顔つきや体でも意志を伝え合って読み取っていると言われている。匂いをかぎ合うのもコミュニケーションの一種で、このあたりは犬にも受け継がれている。
 野生では8〜9年くらい、飼育では15年ほど生きるそうだ。

シンリンオオカミ-3

 おいおい、どうした、そんな困ったような顔をして。何か相談か? 悩みがあるなら聞くぞ、と言いたくなるようなオオカミだ。この顔を見る限り、オオカミが悪者だとはとても思えない。一体、いつどういう経緯でオオカミは悪の象徴のようになってしまったんだろう。赤頭巾ちゃんはあるけど、あれだけでここまでイメージダウンするとは思えない。月を見るとオオカミに変身する狼男などは、旧約聖書や古代ギリシャなどで登場しているから相当古くからのイメージだ。人がそこまで恐れなければいけないほどオオカミが悪さをしたとは思えないのだけど。
 日本では大口真神(おおぐちのまがみ)などとして一部で神聖化されていたりするものの、やはり悪のイメージが強い。男はオオカミなのよとピンクレディーも歌っていた。

 それにしても、私の中にすんでいるオオカミはこんなしょんぼりした顔をしていない。もっと凛々しい生き物だ。それは、人が美化して作ったオオカミ像なのかもしれないけど、それでもやっぱりオオカミには気品と孤高の気高さがあるように思う。人に慣れることもなく、新しい時代にも適応せずに滅んだオオカミには、ある種の武士道のようなものも感じたりする。絶滅は必然だった。
 動物園で暮らすオオカミは、私が本当に見たいオオカミの姿ではない。野生のオオカミが見たかった。外国ではなく、この日本の地で。もはやその願いが叶うことはないだろう。群れで暮らすオオカミだから、もしいたらいくら山奥といっても遠吠えが聞こえてくるはずだ。もう、日本には一頭のニホンオオカミも生きていない。私たちは最後の飢えたオオカミの最期を幻として見るだけだ。せめて、記憶にとどめて、ときどき思い出そう。月夜に響く遠吠えを。


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