 OLYMPUS E-1+Super Takumar 200mm(f3.5), f5.6,1/16s(絞り優先)
うちの近所でもあちこちで田植え風景を見るようになった。もうそんな季節なんだ。小堤西池でも本格的に始まったようだ。毎日、何も思わずに白いご飯を食べているけど、自分の知らないところで農家の人が苦労して米を作っている。一年がかりで。そのことを初夏の田植えと収穫の秋に思い出す。本当はもっと思い出さないといけないのだけど、せめて年に2回は感謝の気持ちを持とう。 今はもう、腰を曲げて苗を手で植えている光景は見られなくなった。腰が曲がっているおばあさんも見かけない。機械は偉大だ。 農家さんにとっては忙しい今の時期、のんきにカキツバタを見に来てる人たちを横目で見て、チッとか思ってるだろうか。うちの田んぼに入るなよな、とかは思っていそうだ。
 今年の春はとても雨が少なかった。名古屋地方の4月の降水量は例年の10パーセントとか20パーセントとか言っていた。その影響もあってか、小堤西池は一部でカラカラに干からび状態となっていた。今は少し水が戻ったようだけど、それでもまだ地面のひび割れが消えずにはっきり残っている。 結局のところ今年のカキツバタの数はどうだったのだろう。3年連続で見た限りではけっこう多いような気がしたけど、見てる時期がずれてるからはっきりしたことは分からない。激減ということはないと思うけど。 なんでもずっと中心になって保存活動をしていた人が病気になったとかで、そのこともいくらか影響が出ていたのかもしれない。来年までには元気になってカキツバタも少しでも昔のように戻って欲しい。1000年以上も前からずっとこの場所で咲き続けているカキツバタだから、次の1000年も残していこう。
 5月の空には白い飛行機雲がよく似合う。 空を見上げながら頭の中を流れるのは、荒井由美の「ひこうき雲」。ゆらゆらかげろうがあの子を包むと歌っているから、あれは夏の歌だ。 荒井由美って誰? などととぼけた質問をしてはいけない。
 そうこうしてるうちに日は傾いて、あたりは夕暮れ色に染まり始めた。ドラマチックな時間の始まりだ。 水が張られた田んぼも空の赤を映して空より赤い。 散歩のおじさんも、ただの通行人からドラマの脇役くらいにまで格上げされる。
 雑草も赤く染まる。これはスイバだったかな。ギシギシだと思っていたら、スイバとギシギシは違うんだそうだ。でも、スイバはタデ科ギシギシ属だったりするからややこしい。 酢葉と表記するように、食べると酸っぱいらしい。昔の人はつくづくチャレンジャーだった。なんでもとりあえずかじってみたらしい。今どきは子供でも草をかじったりはしない。分からないものがあるととりあえずかじったり匂いをかいだりというのは、動物としての本能かもしれないけれど。
 夕焼け空の一部を切り取ってみると、きれいというより不吉な感じに見えたりもする。きれいと不気味や毒々しさは紙一重のところがある。程度の問題で、行き過ぎると下品になるものがぎりぎりで踏みとどまると魅力的に見えたりもする。腐りかけの果物が一番甘いみたいに。
 いよいよ日没が近づいて、空と水は赤みを増していく。ここで一日が終わりの人もいれば、ここから一日が始まる人もいる。日の出と共に起きて日の入りと共に眠りにつく生き方が理想的なのかもしれないけど、なかなかそうもいかない。深夜を生きる人間も少しは必要だ。 太陽の光は、朝と昼と夕方とではまったく違う色になって、それぞれの光の中で同じものも違って見える。光は平凡な光景を非凡に見せる。普通の人間がスポットライトの下で輝くように。
 小堤西池のカキツバタシーズンも終わりが近づいた。ピーク時には入口に誘導係件警備の人が立ち、テントを張った仮設本部には係の人が詰めている。この日はどちらにも人の姿はなかった。訪れる人もまばらで、祭りの後のような空気感に支配されていた。夕陽に照らされる机と折りたたみ椅子は、誰もいなくなった夕方の教室のように少しセンチメンタルだ。 毎年時期をはずしているとはいえ、3年連続でカキツバタを見に行けたことは嬉しかった。なんというか、それだけ自分自身平和ということでもあり、興味が続いていることでもあるから。写真を撮ることにも飽きてない。 一年なんてあっという間というけれど、実際そんなに短い時間ではない。その間に良くも悪くも大きく変わってしまうこともあるし、来年の同じ時期まで無事に生きられる保障はどこにもない。また来年なんて約束を軽々しく口にするべきではないのかもしれない。 けど、やっぱりまた次の年もと思ってしまう。もう一度同じ季節に戻ってきたいと思わせてくれるのは、その時期にしか咲かない花たちだ。何度見てもまた桜を見たいし、藤やカキツバタやバラにも再会したい。だから生きていようと思う。 小堤西池のカキツバタたち、来年もまた会いに行きます。来年こそぴったりのタイミングで私を呼んでおくれよ。去年もそうお願いしたんだけどな。
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