 Canon EOS D30+EF75-300mm(f4-5.6), f5.6, 1/60s(絞り優先)
平和公園もそろそろ秋色に染まった頃だろうと、最近買った望遠レンズを付けて行ってみた。鳥も撮れるといいなと期待して。 しかし、紅葉も鳥も不調に終わった。鳥はカラスしか見あたらず、紅葉もパッとしない。ハッとしてグーとはいかなかった。
平和公園というのは、名古屋にある一大墓地公園だ。かなり広い敷地の中にたくさんの墓地が立ち並んでいる。 総面積147ヘクタールと言われてもピンと来ないけど、墓石数が20万近くあるというとそりゃすごいなと思う。愛・地球博の最高入場者数と同じくらいだ。実際見た目もかなりインパクトがある。見渡す限り墓石だらけ。初めて行く人は簡単な説明を聞いただけで目的のお墓に辿り着くのは困難を極めそうだ。途中で力尽きて他の人のお墓にお供え物をあげて帰ってしまうかもしれない。ディズニーランドの駐車場で待ち合わせをするのと同じくらい難しそう。 昔はなんとなく不吉な気がしてなるべく近づかないようにしていたけど、行ってみたらなんてことはない普通の公園だった。暗い雰囲気でもなく、散歩する人、遊ぶ親子、釣り人、学生、その他大勢でにぎわっている。犬の散歩をしてる人も多く、ここでは放し飼いにしてる姿が目立つ。ヒモを放すのを禁止してる公園が多いけど、ここでは大丈夫なようだ。 桜の名所としても有名で、紅葉見物の人もそれなりにいる。 幻に終わった名古屋オリンピックのメイン会場予定地でもあった(いまだに名古屋人は心のどこかでソウルのことを憎たらしく思っている)。
鳥見、鳥撮りの人も多いようで、ネットを検索するとここで撮影されたたくさん野鳥写真を見ることができる。けど、あんなにたくさんどこにいるんだろう? 今日なんかさっぱり姿を見せなかったけど。夕暮れ時はみんなねぐらに帰ってしまったのだろうか。ひょうたん池もさっぱりだったし、猫ヶ洞池はカモさえいなかった。南の雑木林の方にいたんだろうか。次はもっと明るいうちに行きたい。
紅葉はまだこれからなのか、もう終わりかけなのか、ちょっと判断がつかなかった。今年はダメだねという会話が聞こえたから、ホントにダメなまま終わったのかもしれない。秋の前半が暖かすぎた。去年はもっと赤や黄色に染まっていてきれいだった。 写真は桜の名所スポットである「桜の園」と名付けられたところだ。 「桜の園」というと吉田秋生のコミックや中原俊監督の映画を思い出す人が多いだろうか。私はやっぱりなんといってもチェホフの最後の戯曲を思い出す。 ラストで、老僕のフィールスはこんな独り言をつぶやく。 「一生が過ぎてしまった。まるで生きた覚えがないくらいだ」と。 これが44才で死んだチェホフ自身のつぶやきだとは思わないけど、実際最後はこういう心境なのかもしれないと思ったりもする。
たまには墓地へ行くのもいいもんだ。この世界は生きてる人間のものだけじゃなく死んだ人間のものでもあるということを思い出させてくれるから。こんなにも死人だらけなんだと思うと、生きてることのありがたみを再認識する。 季節は秋から冬へ。紅葉は人を少し感傷的にさせるけど、終わりは始まりでもある。冬来たりなば春遠からじ、昔の人も言っている。 木々の紅葉は死ぬためにしてるわけじゃなく、来年の春に新しく生まれるための準備のためにしてるのだ。桜はまた花を咲かせ、新芽を出すために。 来年の春の再会を約束して、平和公園を後にした。

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