現身日和【うつせみびより】
この世界にはたくさんの美しいものや面白いものがあることを知るための毎日であれば、それは楽しくて幸せなこと。
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春日大社と鹿と奈良の関係が腑に落ちた <奈良シリーズ第四回>
2007年11月30日 (金) | 編集 |
春日大社-1

PENTAX K100D+SIGMA 17-35mm f2.8-4



 今日は奈良を代表する寺社の一つ、春日大社(かすがたいしゃ)について勉強しつつ書いていきたいと思う。
 奈良観光でははずせない有名スポットでありながら、春日大社そのものについては意外と知らない人が多いんじゃないだろうか。いつ誰が造ったのかとか、祀られている神様はどんな神なのかとか、どこからどこまでが春日大社なのかもはっきりしない。私自身も、御利益がなんなのかも知らずにお参りだけしてきたのだった。
 帰ってきてから調べたところによると、やはり創建は平城京ができたときだった。
 聖徳太子が活躍したのが飛鳥時代で、その時代の最後に造られたのが藤原京だった。710年、平城京遷都。ここに奈良時代が始まる。細かいことをいえば、この前後で何度か都は移っている。それだけ国が不安定だった証拠だ。
 784年に長岡京遷都、10年後にはなくようぐいすでおなじみの平安京へと都が移っている。
 そんな時代背景の中、春日大社が創建されたのは768年だった。もともとは710年の平城京遷都の際に、藤原鎌足の子である藤原不比等(天智天皇の子という説もあり)が、藤原氏の氏神である武甕槌命(タケミカヅチノミコト)を春日の御蓋山に祀って春日神としたのが始まりとされている。
 現在のように本格的な社殿ができたのが768年で、藤原永手が茨城県の鹿島神宮から武甕槌命(タケミカヅチノミコト)、千葉県香取神宮から経津主命(フツヌシノミコト)、大阪府枚岡神社から天児屋根命(アメノコヤネノミコト)と比売神(ヒメガミ)の4神を春日の地に迎えて祀った。もともとは藤原氏の氏神を祀る神社だったのだ。
 それ以前にもこの地で神を祀っていたという記録もあって、はっきりしたことは分かっていないようだ。
 平安時代に入ってからは藤原氏の興隆と共に栄え、造営が繰り返され、現在のような規模になった。神仏習合の流れもあってしだいに興福寺とも合体するようになり、一時は興福寺が春日大社の実権を握っていた時期もあったようだ。
 皇族や貴族の春日詣も盛んとなり、天皇もたびたびここを訪れ、寺社としての格も上がっていった。
 中世以降は、武家や庶民にまで信仰が広がって、日本全国で春日神社が建てられるようになる。現在でも1,000社ほどがあるという。

 とまあ、こんな歴史があったわけだ。ここまでで一つ分かったことは、どうして奈良に鹿かということだ。鹿島神宮の神の使者といえば鹿で(鹿島アントラーズを思い出す)、そこから神様を呼んだとき、向こうの神が白い鹿に乗ってたくさんの鹿を引き連れて1年がかりで奈良の春日までやって来たという伝説があって、そこから春日大社といえば鹿ということになったようだ。
 実際、平安時代からこの場所にはたくさんの野生の鹿がいたようで、平安貴族は鹿を見ると神の使いということで鹿に向かっておじぎをしたんだそうだ。それをマネて鹿もおじぎをするようになったのだとか。彼らは鹿せんべい欲しさにおじぎの芸をしているわけではないのだ(たぶん)。現実に、おじぎをする鹿は日本でも世界でも例を見ないというから、まんざら作り話でもないかもしれない。
 かなり前置きが長くなったけど、そろそろ本殿に向かって進むことにしよう。上の写真は二の鳥居だ。入り口にあるはずの一の鳥居は修理中とかで取っ払われてなくなっていた。ちょっとびっくり。

春日大社-2

 手水舎では大きな鹿が口にくわえた筒から水を出している。趣向は面白いけど、水が飛び散る。手を洗うときデジを濡らさないように気をつけないといけない。
 参道の両脇にはいろいろな形をした石灯籠がずらりと並んでいる。これはとても春日大社らしい光景で好きだ。
 ひとけのない静かな参道もいいけど、この日のように人が多くて賑やかなのも悪くない。春日大社はけっこうな人気だった。

春日大社-3

 長い参道を10分ほど歩いただろうか。ようやく本殿前の南門の下までやってきた。この先撮影禁止なんてのがないのがいい。そういえば、奈良では撮影禁止の場所はなかった。宝物庫などはダメなんだろうけど。
 奈良の寺社は意外と明るい。陽気な気に満ちている土地だ。怨霊が跋扈していたという平安京とは違い、奈良にはそういう暗さがあまりない。春日大社も、神域というよりも親しみやすい神社の雰囲気だった。

春日大社-4

 色鮮やかな朱塗りの南門。当然のように重要文化財に指定されている。ここは本殿4棟が国宝指定されている他、重要文化財の宝庫となっている。たいての建物は重文指定だ。それでもなんというか京都のように居丈高な感じがしない。私が奈良好きなのは、奈良が威張っていないところだ。京都が必ずしも威張っているというわけではないけれど。
 春日大社ができた当時は、この場所には鳥居が建っていたそうだ。現在の楼門になったのは1179年という。それでも平安末期だから充分古い。

春日大社-5

 春日大社はとてもいい神社だけど、案外フォトジェニックではない。撮りどころがあまりないような印象を受けた。私がうっかり中門を撮り忘れたということもあるのだろうけど、どこを撮れば様子が伝わるのか考えてしまいがちだった。ネットの写真を見ても、春日大社の全容や主要ポイントは見えてこない。ひとつには本殿が隠れて見えないということもあるだろう。
 しょうがないのでこんな石灯籠と紅葉でも撮ってみる。とにかくここは石灯籠がめったやたらに多い(全部で約2,000基だそうだ)。

春日大社-6

 朱塗りの門や廻廊とは打って変わって、神拝所はぐっと地味で質素な造りになっている。本殿もそうだ。こちらの色合いの方が本来の春日大社の色だったのだろう。朱塗りは平安時代になって後付けされた色だ。
 神拝所は幣殿と舞殿が一棟になっている。この奥が本殿で、第一殿から第四殿まで四つの社が横に並んでいる。裏手にまわると屋根の一部がちらりと見える。本殿に入るには申し込みをして特別拝観料を払わなくてはならない。
 本殿は切妻造で、少し変わった春日造と呼ばれる様式になっている。通常の神社建築ではなく、仏教建築の影響を受けているとされている。現在のものは江戸時代(1863年)に建て替えられたものだ。
 ところで春日大社の御利益って何だろうという疑問の答えが見つからなかった。4人も神様がいて、境内には60以上の摂社・末社があるから、何かお願いすれば誰かが聞き届けてくれそうにも思うけど、一番メインとなるものは何になるのだろう。日本で唯一という夫婦大国社は縁結びの神として知られているけど、それがすべてではもちろんない。第一の神であるタケミカヅチは、一般的には戦の神だ。何かの戦いに勝ちたいわけではない。いや、災いと戦うという意味ではタケミカヅチに力を借りるのは筋違いではないか。
 願い事は自己確認ということでは、お参りの対象は誰でもいいといえばいいのかもしれない。

春日大社-7

 これも春日大社では欠かせない釣燈籠だ。直会殿(なおらいでん)にかかる釣燈籠は1千基だそうだ。多くが寄贈なのだという。古くは平安時代の関白藤原頼通の瑠璃燈篭から江戸庶民のものまで、皆様々な願いが祈りを込めて贈られたものだ。
 毎年2月の節分と、お盆8月14、15日には万燈籠が行われ、境内にある1,000の釣燈籠と、2,000の石燈篭が一斉に灯される。その光景はさぞや幽玄だろう。

春日大社-8

 境内にはご神木や巨木がたくさん立っている。古くから神地だっただけに、そのまま切られずに残ったのだろう。ある一定以上の巨木に対して、人は自然と畏敬の念を抱くようにできているらしい。それは信仰心とは関係ない。
 春日神社の裏手には春日山原生林が広がっていて、あちらもかなりすごいらしい。今回は時間がなくて行けなかったけど、紅葉の季節は特に素晴らしいというから、いつか機会があれば歩いてみたい。

春日大社-9

 寺社の境内に鹿がさりげなく溶け込んでいる風景こそ最も奈良らしい。しばらく奈良で過ごしていると、目に映る範囲のいたるところに鹿がいるのが当たり前になってくる。違和感がなくなる。このあたりに住んでいる人は、逆によそへ行って鹿がいないと何か物足りないような思いがするんじゃないだろうか。

 やっぱり春日大社はいいところだ。前回はひっそりした平日の春日大社を見たけど、今回は週末の紅葉シーズンで賑やかな春日大社を見ることができた。だいぶ印象も違った。
 どこがどういいというわけではないのだけど、境内の中にいると安心感があって心穏やかになる。それは奈良そのものが持っている空気感でもあるし、私自身と奈良との相性の良さでもあるのだろう。普通の観光とはちょっと違った感覚がする。
 近しいようで実際はよく知らなかった春日大社についても、今回勉強したことで多少分かるようになった。どうしてここに鹿がいて大事にされているかもようやく腑に落ちた。前回書いた、早起きは三文の得というのが奈良の鹿に由来するという話は半信半疑だけど。
 今後の奈良シリーズは、興福寺、東大寺、その他編へと続いていく予定になっている。今回の奈良行きでは鹿とたわむれることが第一の目的だったので、寺社はあまり回ってない。途中で飛ばしたところもあるから、シリーズとしてはあと3回か4回だろうか。もうしばらくおつき合いください。
 つづく。


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