 PENTAX K100D+TAMRON SP 17-35mm f2.8-4 Di
奈良シリーズは終わった。でもまた奈良ネタじゃないかと思うかもしれない。本編の最終回が終わればスペシャルがあるのは世の常だ。連ドラでは回想シーンだけでスペシャルにするなんてこともある。本編が終了してスペシャルまでの間が短すぎるけど、そもそも奈良へ行ったのは去年の11月のことだから、本編の終盤3回からスペシャルが始まっているようなものだったのだ。でもそれも今回で終わる。もうネタ切れだ。 番外編は、思い出写真で奈良を振り返ることにする。お蔵入りさせてしまうのは残念な写真を集めたらけっこうあった。あらためて見ていると、懐かしくもあり、またすぐにでも行きたくなる。ドラマ「鹿男」を観たあとだからよけいに思いが強くなった。時間や場所の都合で見に行けなかったところもいろいろある。奈良公園周辺だけでも一日で全部回るのは無理な話だった。 行けなかったところとしてまず思い浮かぶのが、「ならまち」だ。近鉄奈良駅から南に入っていったあたりに、古くても趣のある町並が残っている。時間があれば行きたかったのだけど、今回のコースからは外れていて行けなかった。 寺社がたくさん集まっていた場所で、東大寺や春日大社の門前町としてかつては大いに賑わったところだそうだ。空襲で焼けなかったから、江戸から明治、大正、昭和に至るまでの面影が残っている。 ただ、ここをしっかり回ろうと思えばそれなりに時間がかかるから、有名どころの寺社巡りとの両立は難しくなる。奈良巡り中級者以上向けということになるかもしれない。 もし行けば、写真の撮りどころがたくさんありそうではある。
 興福寺で五重塔を見たあと、春日大社へ向かう途中で鹿の群れに遭遇する。平和そうに見えるこの光景が、私の持参したサツマイモ入り手作り鹿せんべいによって大混乱を来すことになる。思いがけず好評を博してしまい、逃げまどう私とどこまでも追いかける鹿の群れ。鹿に取り囲まれ、角で尻を突き上げられる私。ほとんどカツアゲ同然に鹿は私から鹿せんべいを強奪していったのだった。神の使いのくせに、鹿はとても凶暴な生き物だ。 それにしても、まさか自家製鹿せんべいがあれほど喜ばれるとは思ってなかった。持っていく前は食べなかったらどうしようと不安だったのだけど、あれだけ食べてくれれば本望だ。次はボストンバッグ一杯に詰めて持っていってやろう。
 あきらめることを知らない鹿たちに恐れをなした私は、義経の鵯越の逆落としさながらに崖を下り降りて、鷺池の浮見堂まで逃げた。さすがにここまでは鹿たちも追ってこられまい。 走り回ったもんだから、季節外れの大汗をかく私。上着なんて着ちゃいられない。セーターの袖も半分まくって、この人なんでこんなに汗かいてるんだと、周りの人たちに不審な目で見られてしまうのであった。まさか11月の終わりにハンカチで汗をぬぐうことになるとは。 ここでちょっと一休みする。まだ奈良巡りは始まったばかりだ。
 鷺池から飛火野へ行くときに一つの事故が起きる。道路を渡って、下の芝生広場に降りようと階段状になっている土のところで、落ち葉に乗って滑って激しく転んでしまったのだ。横向きに腰から落ちて、そのまま1メートルほど落下した。 最初はデジが心配だった。体の下になってどこか打ち付けた感じがあったから。それはフードが砕けただけで済んだのだけど、ダメージは体の方にあった。左腕を大きくすりむいて一部が切れて出血。更に骨までちょっといっていた。触ると変な出っ張りができている。腰もおかしい。鹿騒動のあとはこれか。 まあしかし、とりあえず歩いたりするのには支障がなかったので、そのままランチにすることにした。 そういえば、傷の証拠写真を撮っておけばよかった。ちょっとグロテスクすぎてここでは見せられなかったかもしれないけど。 今でも左腕にははっきりと傷跡が残っていて、奈良傷と呼んでいる。骨は自然治癒させた。
 ロマンチックとは言えないランチ風景。下に敷いてるのが新聞紙だ。左の方には血がついたウェットティッシュが写ってるし。 この日はツレがもらったお菓子類でランチとなった。その前の転倒騒ぎでびっくりしてしまって、二人とも昼食どころじゃなかったってのもある。
 体もデジも大ごとにならかったのは幸いだった。昼前にデジも体もダメになっていたら何をしに奈良まで行ったか分からなくなってしまう。鹿に追いかけられて転んで帰ったなんて笑い話にもならない。 ランチで少し落ち着いたので、奈良巡りを再開することにする。 春日大社でお参りをしたあと、裏を抜けて若草山を右手に見ながらおみやげが建ち並ぶ道を歩いて、東大寺方面に向かった。 若草山も登らなかったのが少し心残りだった。丘を登るのがけっこう大変そうだったし、時間の余裕もそれほどなくなっていたのでやめておいた。あの上まで登れば奈良の町並が一望できることを「鹿男」を観て知った。しまったことをした。あの景色が見られるなら、ちょっと頑張って登っておくべきだった。次に行ったときは必ず登ろう。 上の写真はおみやげ屋さんの一場面。昭和の中の昭和といった風情のおみやげ屋さんで、商売気があまり感じられず、商品は無造作に並んでいる。 鹿皮の財布が2,500円を消して1,500円になっていた。さっきまで鹿にエサをあげてたのに、ここでは皮になってしまっているのは、なんとも切ないものがある。鹿の角グッズもいろんなのが売られていた。中には角そのものというワイルドなおみやげもある。1万円以上してたから貴重なものなんだろう。買ってもまったく使い道がないし、誰かにおみやげとして買っていっても嫌がらせとしか思われないけど。
 大仏殿へ行く前に、正倉院を先に見ることにした。けど、ここで何度か道を間違えてしまう。どこから正倉院に入れるのか分からず、ぐるりと反対方向に無駄歩きをしてしまった。 大仏殿の裏にもたくさん鹿たちがいる。まだ鹿せんべいが残っていたから少しあげたのに、このときは食い付きが悪かった。もう夕方近くになっていたから、観光客にもらってある程度おなかが一杯になっていたのだろう。でも、やるとやっぱり囲まれてしまうので、早々に切り上げて逃げることにした。
 ようやく正倉院の入り口を見つけたときには、無情にも入り口は閉まった後だった。なんてこった。見学は午後3時までだなんて、早すぎないか。 帰ってきてから知ったのだけど、そもそも見学できるのは平日の午後3時までで、土日祝日は閉まっていて見られないのだった。なんて厳しいんだ。学校の教科書で習った有名な校倉造りを我が目で見られると思ったのに、残念。 まあ、裏手の門の隙間から遠巻きに少しだけ見られたのでよしとするか。それも道を間違えたおかげだったし。 見られるといっても、正倉院の中ではなく建物の外からだけだ。基本的に正倉院はいろんなお宝がたくさん眠っているので非公開となっている。
 東大寺前で燃える火と煙。寺でこういう煙を見ると、訳も分からず煙を頭とかにかけてしまいがちだ。絶対間違ってると思うんだけど、ついやってしまうのが人情というもので、それを見た他の人も照れくさそうにマネをする。みんな、これ違うんじゃないかなと内心思っていることだろう。 煙を悪いところにかけると治るってのは、どこの話だっただろう。
 こんな風景を見ると、すごく季節外れに思える。 黄色絨毯の写真を撮りたいってのが奈良へ行く理由の一つだったことも思い出す。結局、紅葉のタイミングには少し早かった。一週間あとがよかったんじゃないだろうか。 一面の黄色い絨毯の中で鹿たちが食べ物を探して頭を垂れているところに西日が斜めに当たっている、というのが私の頭の中にあった撮りたいイメージだった。
 ここのイチョウ絨毯が一番よかった。何枚も写真を撮ったし、以前の奈良シリーズでも載せている。とても印象深いシーンの一つとなった。 ここの写真を見ると、もう一度撮りに行きたくなる。まだ物足りなかった。時間の余裕があったら、ここだけで1時間くらい撮ってみたかったところだ。
 忘れがたいという点では、朱雀門の行き帰りもまた記憶に残った。行くのにも苦労したし、帰りはそれ以上だったから。 何しろ待てども待てどもバスがやってこない。1時間に1本しかないバスが30分も来ないもんだから、途方に暮れてしまった。他にも待ち人がいたから、時間を間違えてるわけでもない。もうしょうがないっていうんでタクシーを呼ぼうとタクシー会社に電話をしたら、30分か40分かかるという。私たちは朱雀門の前で永遠に帰れないのかと思ったほどだ。 あきらめて大通りの向こうまで歩くことにした。そこまで行けばバスの本数がもう少し多くなるはずだから。 10分ほど歩いて次の停留場に着くと、そこでも一人待ちぼうけを食った人がいて、話しかけてきた。バス来ないんだけどと。いやぁ、私たちもあまりにも来ないから歩いてるんですよなんて言ってたら、後ろからバスが来た。何食わぬ顔して。 いろいろあった奈良巡りもようやく終わりが近づいた。行けなかったところややり残したことがいくつかあったものの、もうおなかいっぱいごちそうさまだった。相当歩いたし、走ったし、転がり落ちもして、ヨレヨレだったのだけど、楽しい奈良巡りになった。 やっぱり奈良とは相性の良さを感じる。またきっと行こう。次は別の季節とも思うけど、やっぱり紅葉の奈良に惹かれる部分が大きい。桜なら吉野だし、秋の飛鳥というのも捨てがたい。夏はちょっと歩き回るのは厳しいか。エサがたくさんあるときは鹿も私の鹿せんべいをそんなに喜んでくれないかもしれない。 次に奈良へ行くときは、三角の鹿せんべいを持っていこう。そうしたら鹿が話かけてきてくれるかもしれない。いや、丸ままフチを三角にするのが正解か。それこそ三角縁鹿煎餅鏡だ。
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